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39歳、初産、三つ子を妊娠!「三つ子を無事に産んだ前例がない」とクリニックで言われ、出血におびえる日々…【桑子英里アナ・インタビュー】

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元青森放送(RAB)アナウンサーとして活躍し、現在はフリーアナウンサーとして宮城県を中心に活動している桑子英里アナウンサー。そして、2025年に39歳で三つ子を出産した多胎児ママでもあります。初産、高齢出産、さらには三つ子という不安と喜びを抱えながらの妊娠生活や驚きの出産準備、ひとときの休みもない赤ちゃん3人の育児のスタートなどについて、聞きました。全2回インタビューの前編です。

「子どもは難しいかも」。婦人科系の病気と診断されるも「相談できる人がいなくて…」

妊娠25週。3人の頭がきれいに並んだ、桑子アナお気に入りの超音波写真

0歳児3人を育てながら仕事にも復帰し、パワー全開で毎日奮闘している桑子アナは、現在40歳。子どもが欲しいということで結婚後すぐに妊活を始めたそうですが、なかなか授かれない日々が続いたと言います。

「実は、20代のころから生理不順だったんです。ときには2~3カ月来ないこともあったので、受診したところ『多嚢胞性卵巣症候群(たのうほうせいらんそうしょうこうぐん)』で生理不順になりやすいと診断され、同時に『お子さんを授かるのは難しいかもしれない』と医師に言われました。

ショックでした。それまであまり深く考えてはいなかったけれど、妊娠って、結婚して子どもを授かりたいと望めば、いつでもできるでしょうくらいに思っていたので…。そのタイミングで、すぐ治療を始めていればよかったのかもしれません。

私は早くに母を亡くし、きょうだいは兄2人、友人にはすでに子どもがいて、病気のことはなんだか話しづらくて…。相談できる人がいなかったから、1人で抱え込んでしまい、自分の体のことはほったらかしにしてしまったんです。ちょうど番組を任せてもらえるようになり、仕事が楽しい!というタイミングで、うれしい気持ちが勝ってしまった、というのもありますね。

だから、そのころから『自分は多嚢胞性卵巣症候群なんだ』っていうのはずっと頭の片隅にはあったのですが、病気と正面から向き合ってはいなかったんです」(桑子アナ)

その後、忙しい毎日を送る中で、桑子アナは現在の夫となる男性と出会い、結婚。夫とは、結婚するときに子どもを持つことについて話したと言います。

「結婚するとき、夫には多嚢胞性卵巣症候群のことを伝えて『子どもは授かれないかもしれないけれど、それでもいい?』と聞きました。夫はすごく子ども好きの人なんですが、『それは気にしなくて大丈夫。子どもは授かれたらラッキーだね』って言ってくれて…。だから、結婚してすぐに妊活を始めました。

不妊治療専門の病院に通ってタイミングをとってもなかなか授かれず、人工授精に進んだんですけれど、簡単には授かれないだろうとわかっていながらも、毎回『ダメだった…』『またダメだった…』ってなると、もう本当に気持ちが落ち込むんですよね。

夫は、私の前ではがっかりしたような表情は見せないものの、やっぱり子どもがすごく好きな人だから、残念に思っていたんじゃないかなと思います。友人家族が子どもを連れて遊びに来ると、夫は子どもたちと一緒になってすごく楽しそうに遊ぶんですよ。夫のそういう姿を見ていると、私のほうがつらくなっちゃって…。『この先、どうなっちゃうんだろう…』と思っていました。

妊活を始めて3年たち、いよいよ体外受精をすることに。体外受精って、準備も本当に大変ですよね。私も、注射を何本打ったんだろうって思います。しかも、不妊治療って排卵のタイミングに左右されるから、急に「明日も来て」と言われることもあって、仕事をしながらだと調整がなかなか大変。私も不妊治療をしながら仕事を続けていたのですが、体外受精をする日程のタイミングで、東京で展示会の司会をする仕事が入っていたんです。

ただ、主治医の先生がご理解のある方で『この期間は東京に出張なんです』って話をしたら、『じゃあ1週ずらしてからスタートしたほうがいいね』『出張中に、注射を打たなきゃいけなくなるけど、できそう?』と親身になって調整してくださって、本当に助かりました。

そのときは、泊まりで3日間、東京出張だったんですが、体外受精前の注射は毎日打たなくちゃいけなくて。ホテルに着いたらまず冷蔵庫に注射器を入れて保存して、展示場に行く前に注射を打って、展示場から帰ったらすぐにまた注射を打って…と、仕事のタイミングを計りながら、なんとか予定どおり打つことができて、ホッとしましたね」(桑子アナ)

「なかなかない経験だった」と話す桑子アナ。そして、いよいよ体外受精の日を迎えました。

「体外受精では、卵を2つ戻したんです。採卵した卵はもっとたくさんあったんですが、その中から戻せる卵は2つしかありませんでした。さらに『もう40歳近いし、2つ卵を戻しても1つダメになることもあれば、2つともダメになることもある。だから、2つ戻すのもアリかもしれない。判断はお任せします』と言われました。夫婦で双子になるかもしれないことは覚悟を決めて、2つ戻しました。

そしたら、ありがたいことに1度の体外受精で陽性反応が出たんです!まだまだ安心できないとは思いながらも、すごくうれしかったですね。そこから心拍を確認するために、2週間後に再受診することになって、夫もそのときはエコーを見る部屋に一緒に入りました。

すると、エコーを見ていた先生が急に『ヒンタイかもしれない』ってつぶやいて、もう1人の先生を呼びに行かれたんです。『ヒンタイ』って聞きなれない言葉だし、私はおなかの子に何かあったのかなと思ってすごく不安になり、夫も『えっ?』って不安そうな顔をしていたんですね。

そして、医師2人で診てもらったら、『これは三つ子かもしれないね』って。

その言葉で、不安な気持ちが一気に吹き飛んで『ええっ!』って驚いちゃって、思わず笑ってしまいました。心配事があるのかと思ったら、1人増えた!みたいな感じ(笑)。問題ないなら、よかった!って。だから、三つ子だと初めて知ったときは、とにかく驚きとホッとした気持ちが大きかったですね。ちなみに、三つ子のことを『品胎』と言うんだそうです。

ただ、時間が経つにつれてわれに返り、これからのことを考え始めたら、『三つ子か…』と不安がどんどん大きくなってきました。

実は、うちの兄の子は双子なんです。だから、双子は身近にもいるし、双子育児のたいへんさもかわいさもある程度想像はついていて、覚悟もできると思ったんですが、いや、まさか三つ子とは…。三つ子ちゃんって見たことなかったし、喜びも大きいけれど、育児や生活はどうなるんだろうって不安が大きかったですね。

夫はもうとにかくすごく喜んでくれて。妊娠を伝えたときもそうでしたけど、三つ子だとわかったら『もうやるしかない』って覚悟を決めたみたいで、すぐに筋トレを始めていました(笑)。私より8歳年上なのですが、まだまだ体力、必要ですからね。

父にもすぐに報告しました。三つ子だと話したら『ええっ!』って。兄の子で双子を見ているけれど『3人だと、どうなるかね…』と父も笑っていました。まだ妊娠がわかったばかりでしたが、無事に出産を迎えられたら、確実に手がたりなくなるので、『生まれたら、手伝いに来てね』とお願いしました。実際、産後すぐだけでなく、今も定期的に手伝いに来てくれています」(桑子アナ)

妊娠判明前も判明後も繰り返し出血。「トイレに入るのが怖い」

NICUにて。長男を初めて抱っこできたのは、生後1カ月になるころだった

こうして、同時に3つの宝物をおなかに宿した桑子アナ。ただでさえ、初産×39歳での高齢出産というリスクを抱える中、さらに多胎児妊娠ということで、心配なことも多々あったのではと感じますが…。

「三つ子だと判明したあと先生からの説明で、1人か2人、もしくは3人とも流産してしまう恐れがあること、通っていたクリニックでは、三つ子を無事に産んだ前例がないことも聞いていたんです。過去に三つ子を妊娠した方も、出産時は双子ちゃんだったそうで…。

だから、3人をちゃんと産んであげられるのかなという不安はありました。私の場合、とにかく出血することが多くて。妊娠が判明する前の日にも出血していたし、妊娠判明後も生理中のような鮮血が出ることもあって。

すぐに病院へ駆け込みたいところなんですが、基本的に病院には予約日に行くというルールがあったので、出血してもナプキンをつけて様子をみるしかなかったんです。

もちろん『大量の出血ならすぐに来て』とは言われていたんですが、大量ってどのくらい?と、線引きがよくわからなくて。生理2日目ぐらいの量が出たときは、さすがに不安で病院に電話をしたんですが『とにかく薬だけは続けて、2日後の予約日に来てください』と言われて…。あのときは不安でしたね。そして、次の健診で『3人とも元気ですよ』と言ってもらい、夫婦そろってものすごく安堵(あんど)するということが何度もありました。

本当によく出血していたので、健診のときは夫婦2人とも、病院に向かっているときから不安で無言になっちゃうくらい。私はトイレに入るのが怖かった記憶があります」(桑子アナ)

不安なことがたくさんある一方で、喜びや楽しみもあったと言います。

「夫がもう喜びに満ちていたんです(笑)。三つ子ちゃんのブログだったり、動画だったりを探して、本当に端から端まで見ていました。韓国の方で、三つ子の男の子の動画を公開されている方がいらして、その方の動画を毎日のように楽しそうに見ているんです。そんな夫の姿を見ていると、すごくかわいかったし、うれしかったし、何より励みになりました。

あとは、夫が自分にとってとても頼りになる存在だということも改めて感じました。出血が頻回で不安なときも、メッセージアプリで連絡をすると、返信メッセージじゃなくて電話をしてきて、『きっと大丈夫だよ』と励ましてくれて。不安なときって、誰かに大丈夫って言ってもらえると心が強くなれると思うんですが、絶対的に信頼している夫に『大丈夫』って言われると、不思議と『大丈夫なのかな』って思えていたんですよね。夫には妊娠中、精神的にも助けてもらったなと感じます」(桑子アナ)

そして、出産準備は大変であり、楽しかったことの1つだとか。三つ子ちゃんの出産準備って、考えるだけでも大変そう!

「出産準備では、もう一生できないだろうっていうくらいの爆買いを経験できました(笑)。もうね、何でも3倍だから、すごい量になるんですよ。

縁あって、先輩三つ子ちゃんママとお友だちになれたんですが、彼女に『哺乳びんって何本くらい必要ですか?』って聞いてみたら、『最低10本はないと無理かな。うちは20本以上、持っているよ』と言われてびっくり!キッチンにそんなに哺乳びんが並んでいたら、病院の新生児室みたいですよね。でも、実際生まれてみたら、そのくらいの数、必要だなと身にしみて感じています…。ちなみに、先輩三つ子ちゃんママからは小さいサイズの哺乳びんをお下がりでもらえて、本当に助かりました!

ベビーウエアや肌着も大量なんですが、色違いやおそろいで買えて楽しかったです。ただ、大物はたいへん!たとえば、チャイルドシートも3台必要だし、先輩ママにハイローチェアがあると便利と聞いて、ハイローチェアも3台準備。出産準備ではありませんが、離乳食が始まるときにはベビーチェアも3脚購入。購入後はすごい箱の量なんです。よくネット動画に開封動画とかありますけど、部屋の中があんな感じになっちゃう(笑)。

そして、出産準備でいちばんお金がかかったのは、なんといっても車ですね。チャイルドシートを3台なんて、それまで乗っていた車にはつけられなくて。いろいろと試行錯誤したんですが『これは買い替えないと乗せられないね』と、大きな車に買い替えました。

三つ子の出産準備は楽しいけれど、大変だったのはとにかくお金がかかったこと。高くついたのは車ですが、どうしても必要なものですし。大変だったけれど、人生でこんなに爆買いをすることはないかな。いや、これからもあるのかな(笑)。そうなったら、もうおもしろがるしかないかなと思います!」(桑子アナ)

お話・写真提供/桑子英里さん 取材・文/藤本有美、たまひよONLINE編集部

▼続きを読む<関連記事>後編

子どもは授かれないかもしれない――。20代のころから心の片隅で抱えていた不安を抱えながら挑んだ不妊治療。体外受精で2個の受精卵を戻したら、なんと双子ちゃんではなく三つ子ちゃんを授かるという奇跡が待っていました。初産×高齢出産×多胎児妊娠での不安も夫に支えてもらったという桑子アナ。後編では、妊娠23週からの管理入院のことや出産のこと、そして3人育児の大変さなどについて聞きます。

桑子英里さん(くわこえり)

PROFILE
1985年生まれ。神奈川県川崎市出身。2008年から2021年まで青森放送(RAB)にアナウンサーとして13年間在籍。テレビ・ラジオでは、情報番組や報道番組など幅広く担当し、さらにステージイベントの司会や児童への読み聞かせ、スポーツ取材・中継などさまざまな現場を経験。2013年には、日本テレビ系列アナウンス大賞(テレビ部門)北海道・東北ブロック優秀賞受賞。東日本大震災での災害報道をきっかけに「心に寄り添う」という思いを強くし、防災士の資格も取得。現在、宮城県を中心にフリーアナウンサーとして活動を続ける中、2025年、39歳で三つ子の男児を出産。三つ子ママとして奮闘している。

桑子英里さんのInstagram

●この記事は個人の体験を取材し、編集したものです。
●掲載している情報は2026年1月現在のものです。

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