切迫早産で絶対安静、健診で陣痛、会陰裂傷、黄疸…想定外ばかりの私の妊娠出産体験
4歳と2歳の男の子を育てるママライターのKumiです。2人育児しながらのフルタイムワークを経て、現在はフリーランスで働いています。初めての妊娠は28歳の時。周りの友達がそうであるように、私も楽しいマタニティライフをどんな風に過ごそうかとワクワクしていました。
切迫早産で自宅安静。想定外のマタニティライフ
妊娠7ヶ月目に入った頃、頻繁におなかがきゅーっと固く痛くなるので産院を受診すると、“切迫早産”と診断されました。それからしばらくの間、自宅でできるだけ安静にする生活になりました。
突然の想定外の事態に、それまでワクワクしていた出産への期待が一気に不安に。その頃まだ会社員だったので、大事をとってすぐにお休みや退職を早める調整をして頂き、職場の方にも大変申し訳ないことをしたと思いました。
数日間、自宅での安静生活のおかげで徐々におなかの張りが落ち着いてきて、様子をみながら外出もできるように。出血したこともあったので決して油断せず、常におなかの張りに気をつけながら、赤ちゃんに「まだおなかの中にいてね」と語りかけ、無事に生まれてきてくれることを祈っていました。
臨月には不安も解消!予定日の健診で陣痛に気付く
おなかの張りも徐々に落ち着き、逆子になった赤ちゃんも1週間の逆子体操をすると無事になおり、臨月にはそれまでの不安は全て解消されました。あんなに安静にしていたのが嘘のように、臨月になると散歩したりスクワットしたりと、出産に向けてどんどん動き始めました。
お産の始まりは、予定日健診に行った16時30分頃。ちょうどおなかが5分間隔で痛くなり、「陣痛がきているので入院しましょう」と言われました。
里帰り出産で、夫は最終の飛行機に間に合わず、母と姉に陣痛の間付き添ってもらうことになりました。経験者である姉の見事な呼吸のリードに助けられ、静かに13時間の陣痛に耐えることができました。
会陰裂傷の痛みも忘れるくらい“愛おしい我が子”
そして待ちに待った我が子との対面は、無事に生まれてきてくれた嬉しさ、安堵、感謝の気持ちと今までにない幸せな気持ちになりました。
切迫早産での自宅安静、逆子、そしてお産と、今までずっと一緒に頑張ってくれたことへの感謝の気持ちから、赤ちゃんに「頑張ったね、ありがとう」という言葉が自然と出てきました。
入院中は、少し動くのも会陰裂傷の傷がとても痛むのですが、その痛みを忘れてしまうほど我が子がかわいくて愛おしいのです。
最初は母乳がなかなか出ず、赤ちゃんの体重も減り黄疸が出ていて、一緒に退院できるかどうか不安なこともありましたが、なんとか退院するまでには赤ちゃんの体重も増え、無事に一緒に退院することができました。
初めての出産は、切迫早産だったのが嘘のように予定日まで生まれませんでした。ところが予定日に陣痛が来て、妊娠40週1日で体重2702g、身長49cmの元気な男の子が生まれました。自分が妊娠・出産のトラブルに対して勉強不足だったのもあり、突然のことに不安でいっぱいでした。しかし、赤ちゃんも一緒に頑張ってくれていると思うと「母親の私がもっとしっかりしないと!」と頑張ることができました。
[Kumi*プロフィール]
4歳と2歳の男の子のママです。2人育児しながらのフルタイムワークを経て、現在はフリーランスのライターとして活動中。今しかない愛おしい息子たちの成長をそばで見守れる幸せを噛み締めています。
※この記事は個人の体験記です。記事に掲載の画像はイメージです。