夫は日本、妻は子ども2人を連れてアメリカで働く。離れていても心が近い新しい家族のかたち
育児中はどうしても自分のことを後回しにしがちです。でも、「海外で働きたい」という夢を抱いていたIT企業勤務の篠 恵理さんは、2018年に夫を日本に残し、子ども2人を連れ渡米しました。現在は、カリフォルニア州のシリコンバレーで子育てをしながら仕事をしています。海外生活を実現するまでの経緯や、アメリカでの生活、どうしたら子育てをしながら夢を実現することができるのかをお聞きしました。
東日本大震災が、ワークライフバランスを見直すきっかけに
――海外で働きたいと思ったきっかけを教えてください。
篠さん(以下敬称略) 新卒のときから現在まで、外資系IT会社で働いています。独身時代に半年ほどアメリカ本社で仕事をする機会があり、日本とは異なる働き方にカルチャーショックを受けました。アメリカでは、時間や場所に縛られず、多くの人が仕事もプライベートも楽しんでいます。第一線で活躍している人も、肩ひじ張らず自然体で働く姿を見て「自分もこうなりたいな」とあこがれました。
帰国後も「海外で働きたい」とずっと考えていました。その気持ちが強くなったのは、東日本大震災です。当時は東京で働いていましたが、こんなに大きな災害があっても毎日オフィスに出勤し、長時間働くスタイルに疑問を抱くようになったのです。もっとワークライフバランスを見直したいと思うようになりました。
とはいえ、20代後半で結婚してからはなかなかタイミングが合いませんでした。出産後は、育児と仕事の両立が想像以上に大変で、目の前のことをこなすだけで精いっぱい。海外で働くどころではない状況でした。
子育て中、時間がないからこそ「やりたいこと」が明確に
――仕事と育児の両立で大変だった状況から、どのようにして海外移住を実現されたのでしょうか。
篠 子どもが生まれてからは、なかなか自分の時間が取ませんでした。
でも、時間がないと思えば思うほど「夜セミナーを受けて勉強したい」とか「時間を気にせず本を読みたい」など、やりたいことが猛烈に芽生えてきます。
あるとき、ふと「これだけ “何かをやりたい”というエネルギーが満ちている今は、実は何かを始めるチャンスなのでは?」と感じました。そこで、ずっと抱いていた海外で働く夢をかなえようと、在籍している会社のアメリカ本社への異動へ向けて動き始めました。
――とてもパワフルな発想ですね。海外出張という働き方で夢を実現する方法もあると思いますが、その選択をしなかったのはなぜですか?
篠 子どもを日本に置いて海外出張というのが、とてもタフな選択だからです。子どもの体調に気をつけ、自分がいないときの準備をすべてしないといけません。物理的にも離れるので、心配なことが多いと思いました。
それよりも、子どもも一緒に海外に連れていき、広い世界を見せてあげたいと思いました。アメリカだと髪の色や肌の色も皆異なり「一人ひとり違う」という感覚を肌で感じることができます。
また、子どもが成長してからだと日本に生活基盤ができているので、新たな環境で生活するのも難しい気がしました。むしろ小さいうちのほうが、新しい生活に順応できるかなと。もし子どもがアメリカの生活になじめなかったら、帰国すればいいと思いました。
夫は日本に残ることを選択。ひとりで子連れ渡米へ
――篠さんの決断に、ご家族や周囲はどんな反応でしたか?
篠 とくに大きな反対はありませんでした。夫には、下の子どもの育児休暇中に相談し、了解を得ました。とはいえ、‟おそらく実現しないだろう”と思っていたようです。
夫は仕事の都合で日本に残ることに。当初は私が子どもを連れてアメリカに行くことは心配だったようです。でも、実際に何度かシリコンバレーを訪れてからは「いいところだね」と納得してくれました。
母も渡米に賛成してくれました。というのも、以前私がアメリカで働いているときに訪ねてきてくれたことがあり、私の働く姿を見て「場所が変わるだけでこんなにいきいきと行動的になるんだ」と前向きにとらえてくれていたんです。
同僚たちも「おめでとう、頑張ってね」と応援してくれました。ただ、「パパはどうするの?」という反応はあって、やっぱりそういうコメントが最初にくるんだなとは思いましたね。もし私が男性だったら、「奥さんはどうするの?」とは言われない気がしました。
――移住するまでに大変だったことはありますか?
篠 育児と仕事をしながら、ビザを申請したり、引っ越しの手配をしたりするのが大変でした。このとき上の息子は3歳後半、下の娘は1歳10カ月。まだ小さいので、なにかと予定が狂いがちで、また、アメリカで子どもを預けるプリスクールやデイケアの空きがなかったため、いつから仕事を開始するかが、なかなか決められませんでした。生活が落ち着くまでは、日本とアメリカを行ったり来たりする生活が続きました。
アメリカでは、場所や時間にとらわれない働き方をしながら、シンプルな生活を楽しむ毎日
――渡米してからの生活はいかがでしょうか?
篠 生活そのものがとてもシンプルになりました。私が住んでいるシリコンバレーはとても気候がおだやかです。自然に囲まれていて美しい景色を楽しめます。こうした中で暮らしていると、とても落ち着いた気持ちになります。ずっと東京暮らしだったこともあり、自分は刺激的な生活が好きだと思っていましたが、今考えてみると、日本にいるときはいつも何かに追われ、あせっていた気がします。情報過多だったのかもしれません。今のゆったりとした生活を、とても気に入っています。子どもも、最初の3週間ほどはプリスクールに行く前に泣くこともありましたが、今はすっかり慣れたようです。
仕事については、以前はオフィスに通勤していましたが、コロナ禍になってからは、リモートワークです。そして今後は、リモートでもオフィスに通う形でも、社員が働きやすい形を選択できるようになりました。やはり、時間や場所に縛られないのは働きやすいですね。
この辺りはアジア人なども多く、寛容な土地柄なため、言語で苦労することはそれほどありません。
ただ、意外に大変なのが、アパートで漏水や雨漏りがあったり、頼んだ荷物が届かなかったりと、生活面で不便な部分があることです。トラブルが多く、きちんと主張しないと自分が損をしてしまいます。こういうとき、日本は便利なんだなと実感します。
――日本にいるパパや両親とはどんなふうにコミュニケーションを取っていますか?
篠 コロナ禍ということもあり、夫とは1年程直接は会えていません。でも、LINE電話でよく連絡を取っていて、困ったことがあれば相談もしています。両親ともよく連絡をしていて、日本にいるときよりもコミュニケーションが多くなっているかもしれません。
今の時代は、どこにいても、当たり前のように普通に顔を合わせて話ができるので、距離が離れていることを忘れそうになります。
――今後もアメリカに住もうと考えていますか?
篠 今のところはそれがいいなと思っています。仕事に関しても、学ぶことが多いです。また、働く場所や時間の融通を利かせやすいので、子どもが小学生になったら、夏休みは日本に戻って、日本の小学校に通わせてみるとか、ほかの国に行ってみるということをしたいです。
――今後、パパもアメリカに住む予定はあるのでしょうか?
篠 もしアメリカで仕事があればその可能性はあるかもしれません。ただ、今のところ夫は日本で働くことを選択しています。「家族は絶対にいつも一緒にいなくてはならない」とは夫婦ともに考えていないので、お互いの意思を尊重したいと思っています。
子育て中でも自分自身を満たすことで、やりたいことが見えてくる
――とてもアクティブに夢を実現されていますが、自身の経験から、育児中のママが夢を実現するためには、どうしたらいいと思いますか?
篠 「ママだからこそ、自分を大事に扱うことが大事」と思います。渡米してすぐは、子どもを連れてきたんだから頑張らなくては! と自分のことは二の次で、家事も育児も手抜きせず頑張っていました。でも、あるとき「自分を大切にすることが、子どもにとってもいいこと」だと感じ、省略できる家事は省略し、自分の時間を積極的に作るようになりました。すると、少しずつ自分のやりたいことや、そうでもないことの優先順位が明確になっていきました。子育て中のママさんの中にも、自分のことを後回しにして育児に奮闘されている方が多いのではないでしょうか。まずは、自分をいたわること、自分と向き合う時間を作り、満たしてあげることが大切だと思います。
お話・写真提供/篠 恵理さん 取材・文/齋田多恵、ひよこクラブ編集部
子ども2人を連れ、渡米して仕事をするという思いきった選択をした篠さん。気負ったところがなく、とても自然体な様子が印象的でした。夫婦それぞれで意思を尊重し合い、とても自立した様子です。人に頼るのではなく、自分が何をしたいかが明確だからこそ、夢をかなえ、第一歩を踏み出せたに違いありません。
篠 恵理さん(しのえり)
Profile
外資系IT企業に勤務。「海外で働きたい」という夢を実現するため、2018年、夫を日本に残し、子どもを2人連れて単身アメリカへ。現在、カリフォルニア州シリコンバレーでエンジニアとして働いている。