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「もうだめかも」医療的ケア児を抱え、死を覚悟した母 防災に心血を注ぐ医師の反省と決意

西日本豪雨で被災した斎藤卓麻さん(2021年3月撮影)

ワンオペ育児、孤育て、長時間労働、少子化…。本特集「たまひよ 家族を考える」では、妊娠・育児をとりまくさまざまな事象を、できるだけわかりやすくお届けし、誰ひとりとりこぼすことなく赤ちゃん・子どもたちの命と健康を守る世界のヒントを探したいと考えています。

今回のシリーズは「医療的ケア児の防災」について。東日本大震災から10年が経過した今年、日常的なケアが必要な子どもたちの安全をどう守るかが、改めて議論されています。第1回は、岡山県で在宅医療に取り組む医療法人つばさ・つばさクリニック理事長の中村幸伸先生に、2018年に発生した西日本豪雨での出来事を聞きました。

2階まで浸水、来ない救助… 母は覚悟を決めた

「家の2階まで浸水しています。この子を看取らなければいけないかもしれません……」

岡山県の在宅医、中村幸伸先生は、電話越しに聞こえた悲痛な声に、心臓が締め付けられる思いがしました。

2018年7月に発生した西日本豪雨。6日、岡山県を含む8府県で大雨特別警報が発令され、岡山県西部を流れる高梁(たかはし)川が氾濫した影響でアルミニウム工場が爆発しました。「これは危ないぞ」と感じた中村先生は、人工呼吸器を使っている担当の患者さんの様子が気になり、急いで電話をかけて安否確認をしました。そのうちの一人が「たっくん」でした。

岡山県倉敷市の真備町に住む斎藤卓麻さん。「たっくん」の愛称で呼ばれている卓麻さんは、生後8か月の時に脳に障害がのこり、9歳の時から10年間、人工呼吸器をつけて自宅で療養生活を送っていました。中村先生はたっくんが11歳の時から担当医として定期的に自宅を訪れ、診療を担当してきました。

たっくんの母親・淳美さんに中村先生が電話した時、すでにたっくんの自宅の外の道は冠水しかかっていて、身動きがとれない状態でした。「もうどうにもなりません。2階に避難します」。淳美さんは中村先生にそう伝えると、子どもたちと協力して、たっくんが寝ているベッドを2階に運びました。

豪雨は夜になってますます激しさを増していきました。翌日7日の朝には自宅1階が完全に水没して停電。たっくんの命綱である人工呼吸器は、バッテリーで何とか動かすしかない状況でした。そうしているうちに、水は2階まで上ってきました。途中、自衛隊のボートが来たものの、「人工呼吸器の人は乗せられません。救助ヘリを待ってください」と断られ、そのまま救助を待ち続けました。

「災害はどこでも起こる」 医師として痛感した防災の大切さ

中村先生はその時、何もできないという無力感にさいなまれていました。

「医療的なサポートをする立場の私たちが、自然災害を目の前にして身動きがとれない。とても悔しかったです。とにかく無事でいてほしいと祈っていました」

人工呼吸器の充電がいよいよ切れかけ、淳美さんが「この子は死んでしまうかも」と覚悟を決めた時、幸いにも民間の救助ボートが通りかかりました。その後、急いで病院に駆け込み、たっくんは一命をとりとめました。

自宅は浸水で住めない状態だったため、たっくんはしばらく施設のショートステイに滞在。半年後、ようやく修復が終わった自宅に家族と一緒に戻ることができ、中村先生とも再会できました。

「たっくんが安全に救出されたと聞いた時は、本当にほっとしました。同時に、私たち医療者が考えるべき、たくさんの課題にも気づかされました」と、中村先生は振り返ります。

「岡山は“晴れの国”と呼ばれるほど年間降水量が少ない地域で、これまで住みよくて安全だという思いで皆過ごしていました。ところが、これほどの災害が身近に起こってしまった。私自身、2011年の東日本大震災にはボランティアとして被災地を訪れて活動しました。でも、自分事としてはなかなか考えられていなかったんです。もはや異常気象が当たり前になった現在、他人事じゃないという前提で、いろいろな準備をしなければいけないと痛感しました」

いざという時、命を守るためにできること

中村先生の運営する診療所に被害はありませんでした。しかし、たっくんを含む診療範囲内の患者さん約30人が浸水被害に遭い、以前の診療体制に戻すまでには何か月もかかりました。

西日本豪雨を機に、中村先生は医療法人内で「災害対策チーム」を結成。災害が発生したときに診療所はどう対応すればいいか、対策をまとめて「患者を守るための防災の手引き」と「防災に関するBCP(事業継続計画)」という2つの防災対策マニュアルを作成し、いつか再び来る災害に備えています。そして、医療的ケア児を持つご家族をはじめ、患者さんへの働きかけも積極的に行ってきました。

「災害が近づいているとき、私たち医療者も患者さんも、どう動けばいいのか具体的に知らなかったことが西日本豪雨の反省点です。早めの避難が何よりも大事で、それが命を守ることにつながることは間違いありません。特にたっくんをはじめ、在宅医療を受ける患者さんは、人工呼吸器などの医療ケアを必要とする人も多く、避難するのに時間と力がかかります。そこで、災害に備えて準備しておいてほしいことや、早めに避難してもらうための行動を『防災・減災のてびき』としてまとめ、ご家族にご説明してきました。たとえ避難が空振りだったとしても、その行動を起こすことで命を守れるんですよと強調しています」

取材・文/武田純子

幸いにも2018年以降、岡山県で西日本豪雨レベルの大きな水害は起こっていません。中村先生は今でもたっくんの診療の時、お母さんと「あの時は大変だったね」と話し合いながら、防災への備えを確認しているそうです。地震や豪雨などの災害が頻繁に発生する現代、“いつ、どこでも起こりうる”と考え、私たち一人ひとりが防災への意識を高めていくことが大切です。

次回は、医療的ケア児を持つご家庭が命を守るために心がけておくべき事柄について、中村先生に話を聞きます。


中村幸伸先生(プロフィール)
1977年島根県生まれ。2002年鳥取医学部医学科卒業後、倉敷中央病院に入職。2009年、岡山県初の在宅診療専門所「つばさクリニック」を開設。2014年「つばさクリニック岡山」を開業。著書に『畳の上で死にたい 「悔いなき看取り」を実現した8家族のストーリ―』(幻冬舎)がある。

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