長期入院で動けなかった子が、ファシリティドッグに出会い、作品展をひらくまで。「病院にいる犬」と子どもたちの大きな絆
ファシリティドッグとは、専門的なトレーニングを積んで、病院で医療スタッフとして働いている犬たちのこと。行動をコントロールするハンドラーとともに、入院中の子どものもとを回り、心のケアや治療の手助けなどを行います。
辛い入院生活の中でファシリティドッグと触れ合った子どもたちは、何を感じ、どのような行動や変化を見せるのでしょうか?
前編では、ファシリティドッグの活動内容や日本での現状についてお伝えしました。後編では、ファシリティドッグがきっかけとなって友となり、大きな目標を見つけ、病院で作品展示会まで開いた2人の男の子のことをご紹介します。
長引く治療で塞ぎ込んでいたハル君が、アイビーとの出会いで笑顔に
ファシリティドッグのアイビーと、ハンドラーの大橋真友子さんが、東京都立小児総合医療センターの医療スタッフとして働き始めたのは2019年8月。週5日のフルタイムで働きながら、重い病気と闘う子どもたちのサポートをしています。
大橋さんとアイビーは、働き始めてすぐに「ハル君」という1人の男の子と出会いました。
当時、ハル君(9歳)は、難しい病気で長期入院中。食事や行動が大きく制限される状態が続いて、ストレスがマックスになっていました。ふさぎ込んで誰とも会話をしようとせず、付き添っているママもどうしたらいいか悩んでいました。
そんな時、病室の前をアイビーと大橋さんが通りがかり、「ハル、見て!犬がいるよ!」とお母さんが呼びかけました。
「すると、長引く入院で多くのことをあきらめ、自分から何かを要求することもほとんどしなくなっていたハル君が“来て欲しい”と要求してくれたんです。さっそく病室に入り、アイビーをハル君のベッドに乗せると、その瞬間、ニコッととびきりの笑顔に!
それを見て、お母さんからも笑顔がこぼれ、“私もハルも、久しぶりに笑顔になった気がします”という言葉がとても印象に残っています」(大橋さん)
そこからハル君への訪問が始まりました。ハル君は工作がとても上手で、アイロンビーズや粘土、紙など、さまざまなものを使ってアイビーを作るようになりました。
「イライラばかりだった入院生活の中で、“アイビーを作る”という新しい楽しみを見つけたようでした。ほぼ毎日訪問していたのですが、行く度に新しいアイビーが増えていて、それが私たちにとっても楽しみに。
ハル君にとってアイビーは、愛玩動物ではなく、病院で一緒に頑張る仲間だったと思います。どんどん絆が深まり、笑顔を見せてくれることも増えていきました」
同じ病室のトミ君とともに病棟で「アイビー作品展示会」開催へ!
ハル君に笑顔が戻ると同時に、新たな友達もできました。同じ病室に入院してきたトミ君(当時9歳)で、仲良くなったきっかけもやはりアイビーでした。
「トミ君が薬を飲めなかった時に“アイビーもサプリを飲むから一緒に頑張ろうね”と、アイビーが応援する形でトミ君と仲良くなりました。その後、アイビーつながりでハル君とトミ君も仲良しに。
トミ君はお母さんが美術の先生だったこともあって、とても絵が上手で、その点でも工作好きのハル君と意気投合。アイビーがいない時も、2人で寝るまでアイビーの話をしていたと聞いています」(大橋さん)
トミ君も“アイビー作り”に加わり、さらに「アイビーが僕たちにこんなに元気をくれているんだから、みんなもアイビーを描くといいんじゃないかな」と、病棟の子ども全員でアイビーを作る会を発足。ハル君とトミ君が中心となって声をかけ、やり方を教え、皆で1カ所に集まってアイビーの絵を描いたり、工作をするようになったのです。
辛い治療中も「作品展示会を開く!」という目標が2人のパワーに
さらに、「皆で作ったアイビーの展覧会をしよう!」と計画し、実際に病棟内作品展を開催!アイビーでいっぱいになった子どもたちの部屋は、鮮やかな色と笑顔にあふれていて、病室ということを忘れてしまうほどでした。
「病棟の廊下にもアイビーがたくさん飾ってあって、中には等身大の切り絵など手の込んだものも。“治療中の子どもがこんなこともできるなんて!”と皆が驚きました。
もちろん2人とも治療中ですから、辛い日やぐったりして動けない日もありました。そんな時もアイビーの存在や、アイビーを描いたり作るという目標が、彼らのパワーとなっていたと思います」(大橋さん)
ファシリティドッグに寄付するためのバッグ販売も!
ハル君とトミ君の行動力は、これだけに止まりませんでした。アイビーとの関わりを通して、ファシリティドッグの活動には資金が必要であることを知った2人は、自分たちも寄付に協力できないかと考えたのです。
その結果、トミ君のお母さんの知り合いの作家が協力してくれて、共同作品展を開催。そこでアイビーの絵を描いたバッグを売ってもらうことにしたのです。
すると、2人の手書きバッグが大人気に!目標としていた寄付を見事達成し、2人はアイビーと大橋さんに直接、寄付の目録を手渡しました。
下は、その共同作品展で配られたチラシに書かれていたメッセージの一部です。
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ぼくたちは、病院に入院している子どもです。
ぼくたちの病院にはファシリティドッグのアイビーがいます。
入院していると、「おうちに帰りたいなあ」「お薬、いやだなあ」と思う時があるけれど
「アイビー、来るかな?」と思うと、「ちょっと、がんばろうかな。」と思います。
アイビーがいると、けんさとかお薬とか、がんばれます。
アイビーは、かわいくて、いやされます。
いっしょにいると、うれしいです。
アイビーがお友だちと遊んでいるのを見るだけでも、うれしいです。
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「彼らにとってアイビーは仲間で、その仲間を助けるために自分ができることは何だろうと、すごく考えてくれた2人でした。“犬がそばにいる”ことがとても大きな力となれることを、彼らに改めて教えてもらった気がします」(大橋さん)
ファシリティドッグによって入院生活に「日常の喜び」が吹き込む
ハル君とトミ君は2020年、退院することができました。
外来通院しながら治療を続けているトミ君は、今も毎日アイビーを描いてFacebookで発表しています。学校の図書館にファシリティドッグの本を入れてもらうようリクエストするなど、アイビーのための活動も続けています。
子どもにとって入院生活は、治療するだけではなく、日々成長するとても大事な時間です。その中で子どもたちが目標や生きがいを見出し、喜びを感じながら生活ができるのは、とても大きな意味があると思うと、大橋さんは言います。
「私も自分の子どもが入院したことがあるのでわかるのですが、“入院中でもできる限り普通の生活を送らせてあげたい”と思うのが親心だと思います。遊びの機会も学びの機会も友達との時間も、全部限られてしまう入院生活の中に、1頭の犬が加わるだけで日常の風が吹き込み、空気が一変します。
気分が沈んで元気のないお子さんが、アイビーが来た途端、ニコニコ笑って過ごすのを目の当たりにしていると、ファシリティドッグができること、やるべきことはとても大きいと実感しています」(大橋さん)
シャイン・オン!キッズではファシリティドッグの活動を広げるための寄付を受付中です
写真提供/認定NPO法人シャイン・オン・キッズ 取材・文/かきの木のりみ
ハル君とトミ君が成長して入院生活を振り返った時、ただ辛かっただけではなく、「病院にはアイビーがいて楽しく遊んだ」「みんなでアイビー作品展をした」という、うれしい記憶もたくさん思い出すでしょう。それが何よりうれしいと、大橋さんも笑顔になります。
入院生活では、もちろん病気を治療することが第1ですが、心をどう守るか、ケアするかもとても大切。それは今後の医療の大きな課題の1つでもあります。
大橋真友子さんとアイビー
大橋真友子さん
国立病院の看護師として成人・小児領域で約16年間の臨床経験を積んだ後、認定NPO法人シャイン・オン・キッズに所属する国内3人目のファシリティドッグ・ハンドラーとして、2019年8月より東京都立小児総合医療センター(東京都府中市)で活動をスタート。現在、子育て中の4児のママでもある。
アイビー
2017年1月22日にアメリカで生まれた、ラブラドール&ゴールデン・レトリーバーミックスの女の子。生後2カ月からシアトルのトレーニングセンターに入り、ハワイで1年4カ月にわたる専門的なトレーニングを終了後、来日。ハンドラーである大橋さんと一緒に暮らしながら、東京都立小児総合医療センターで「フルタイム勤務」している。特技は添い寝。