妊娠8カ月で赤ちゃんに右の腎臓がないことが判明…。小さな命と向き合って見えたもの【小説家・加藤千恵さんインタビュー】
写真は、加藤さんと1歳1カ月の息子さん。NICU退院後は、すくすくと成長。
小説家・加藤千恵さんは、2018年に男の子を出産。しかし妊娠8カ月のエコー検査で、おなかの赤ちゃんは「多嚢胞性異形成腎(たのうほうせいいけいせいじん・MCDK)」という病気で、生まれつき右の腎臓がないことが判明。また予定日2週間前に胎動を感じなくなり、緊急帝王切開で出産しています。3歳になった息子さんは、恐竜や車が大好きな子に成長していますが、生まれたときは仮死状態で、NICU(新生児集中治療室)に入院していました。
加藤さんに出産、子育てを通して気づいたこと、子どもへの思いなどを聞きました。
子どもは親が思い描いていたことを、ことごとく覆していく存在
加藤千恵さんの息子さんは、今3歳。大変な出産やイヤイヤ期真っ盛りの子育てを通して、気づかされたこともあるようです。
――妊娠8カ月で、おなかの赤ちゃんに右の腎臓がないことが判明したり、新生児仮死で生まれてNICUに入院するなど、大変な出産だったようですね。
加藤さん(以下敬称略) 息子は今でこそ元気ですが、生まれたときは仮死状態で、NICUで脳などにダメージを与えないように赤ちゃんを72時間眠らせる低体温療法という治療などを受けていて、私が考えもしなかったことの連続でした。
息子の出産を経験して「元気で生まれてくるって、当たり前のことではないんだ…」とあらためて思いました。
――息子さんは、どんなお子さんですか。
加藤 恐竜と車が大好きです。私は、恐竜や車にあまり関心がないので、私のおなかの中で育って、私から生まれてきたのに、私とは趣味も好みもまったく違うことが不思議に感じます。
イヤイヤ期も、少し前までが本当にひどくて。私が洗濯物を干していると「干さないで~」と急に怒って、わざと洗濯物を落としたりしていました。
そんなときイヤイヤ期の対応をネットで検索したりすると「感情的に怒らないこと」などと書かれていますが「それは無理!」と余計にいらだちが増えました(笑)。
でも、出産のときの予期せぬ事態もそうですが、激しいイヤイヤ、思うように寝てくれないなど、よくも悪くも、こちら側のイメージをことごとく覆していく存在なんだと感じています。
子育て、仕事、家事…母親1人ですべてをこなすには限界が
加藤さんも子どもが生まれてから、生活が一変。育児が思った以上に大変だったり、これまで感じたことがないプレッシャーや心ない言葉に傷ついたことがあったと言います。
――赤ちゃんのころ、子育てが大変と感じたことはありますか。
加藤 息子は、あまり寝てくれるタイプでなく、ちょっとした音で泣いて目を覚ましたりするので大変でした。授乳も不慣れでしばらく苦戦した記憶があります。
また息子が3カ月くらいのころ、私の抱っこで泣いていた時期があり、たまたま来ていた親せきに「お母さんなのにダメね…」みたいに言われたのは、いまだに記憶しています。
――加藤さんから見て、日本の子育てはどう思いますか。
加藤 父親が率先して育児・家事をする家庭も増えていますが、母親1人で、それらすべてをこなしている家庭はまだ多いと思います。
私の仕事は小説家ですが、私が小説を書いて、それをチェックする編集者がいて、誤った表現や文字がないかチェックする校閲の人がいて…と、協力しあって成り立っていますよね。小説でなくても、大抵の仕事は分業で成り立っているのではないでしょうか。
でも子育ては、母親1人ですべてを抱え込んでいるケースが多くて、これでは母親が精神的に追い込まれていきます。母親だけに、育児・家事を押しつけるような状況は間違っていると思います。
――“子育てがつらい”と思うとき、おすすめの解決策はありますか。
加藤 一時保育や託児サービスなどを、もっと気軽に利用していいと思います。
私は仕事のため、8カ月から息子を保育園に通わせていますが、まわりから「0歳で保育園なんてかわいそう」と言われたことも何度もあります。でも私からすると、保育園は保育のプロが集まっている『神施設』です。息子の様子を見ていても、保育園で教えてもらって遊びのバリエが増えたり、いろんな言葉を覚えたりするなど、子どもの成長にプラスになることが多いです。
子育てに関して、社会の雰囲気がもう少しゆるくなってくれることを願います。
人の優しさや気づかいを当たり前と思わず、感謝できる子に
子育てをするうえで、加藤さんが大切にしているのは心を育てること。妊娠中やNICUでの経験などが大きく影響しています。
――息子さんには、どんな子に育ってほしいですか?
加藤 子育てって、心ない言葉に傷つけられるなどネガティブなこともありますが、ポジティブなこともたくさんあります。
私自身も妊娠中、電車に乗ると席を譲ってもらったり、息子が赤ちゃんのころに飛行機に乗ったときも、息子が泣いたら隣の人が優しく声をかけてくれたり…。息子がNICUに入院したときも、担当の先生や看護師さんから、温かい言葉をかけてもらったりしました。
息子には、そうしたことを当たり前と思わずに、いろんな人から優しくしてもらって今がある!ということを感じられる子になってほしいと思います。
息子の保育園では年度末になると、保護者と担任の先生から、子どもにメッセージを書いて写真などを添えたアルバムを作るのですが、以前はそうした思いを込めて「みんなに感謝の気持ちを忘れずに」という一節を書きました。
――息子さんの名前の由来と、NICUでの経験が子育てに与えた影響を教えてください。
加藤 最終的に私が名づけたのですが、妊娠中に考えていたいくつかの候補の中から、もっとも元気そうな、すくすく育ってくれそうなものを選びました。
今、息子はイヤイヤ期の真っ盛り。家の中なのに「本物のショベルカーに乗りた~い」など無理難題を言ってきたりして、代案を出しても聞き入れられず、思わずしかって自己嫌悪に陥ることもあります。でも1日の終わりに「元気でいれば大丈夫。今日も元気で過ごして本当によかった」と思うと、自然と気持ちがやわらぎます。元気で健やかに育つって、当たり前のことではないと思うので。
お話・写真提供/加藤千恵さん、プロフィール写真撮影/川瀬一絵、取材・文/麻生珠恵、ひよこクラブ編集部
新生児仮死という予期せない出産やNICUの入院などを経験し、尊い命と向き合った加藤さん。インタビューを通して、けして当たり前ではない「母子共に健康であること」の幸せを改めて考えさせられます。
加藤千恵(かとう ちえ)さん
Profile
小説家・歌人。1983年生まれ。2001年、短歌集『ハッピーアイスクリーム』で、高校生歌人としてデビュー。2009年『ハニー ビター ハニー』で小説家デビュー。
『この場所であなたの名前を呼んだ』
NICUで働く医師や看護師、面会に来るママ・パパなど、小さな命と向き合う人々の複雑な人間模様が描かれた、加藤千恵さんの最新作。講談社刊・1350円(税別)