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弟の心臓病がわかった時、自分の子ども時代も終わった……。今、あの頃の自分に伝えたいこと

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特集「たまひよ 家族を考える」では、妊娠・育児をとりまくさまざまな事象を、できるだけわかりやすくお届けし、少しでも子育てしやすい社会になるようなヒントを探したいと考えています。

病気や障害のある子どものきょうだいを支援するNPO法人しぶたねの代表・清田悠代さんは、自身もまた、難病の弟さんの闘病生活を支えた経験を持ちます。
弟さんの病気が発覚した中1の時、「子どもを終える」ことを求められ、弟さんが亡くなった後は、その死やきょうだいだった自分に向き合うことができず、パニック障害になったことも。
前回の記事「私はいらない子なんだ……病気や障害のある子の『きょうだい』が直面する現実と生きづらさとは」に引き続き、今回は清田さんに、きょうだいとしての体験とそのしんどさ、難しさ、しぶたねを立ち上げた思いなどについて聞きました。

弟の心臓病がわかった時、自分の子ども時代も終わった

清田さんの弟さんは、小学3年生のある日、友達と鬼ごっこをしている最中に突然倒れ、意識を失いました。病院で検査をしたところ、肥大型心筋症という心臓病であることが発覚。肥大型心筋症は、高血圧といった明らかな原因が無いにも関わらず、心臓の壁が厚く硬くなってしまう難病です。

「弟の心臓病は治療や手術で完治するものではなく、薬を飲みながら心臓に負担がかからないよう運動や生活を制限して、一生付き合っていくしかないものでした。いつ心臓が止まって倒れるかわからない状態のため、専業主婦であった母親が常に付き添うことに。
学校にも母が毎日一緒に行き、授業が終わるまで教室の後ろなどで見守り、また一緒に帰宅するという生活でした」(清田さん)

弟さんの病気がわかった時、清田さんは中学1年生。両親から「あなたはもう中学生で子どもじゃないんだから、一緒に弟を守れるよね」と言われ、清田さんもまた生活が一変することとなりました。

「今振り返ると、中1なんてまだまだ子どもで親にも頼りたいことばかりなのに、『もう子どもじゃない』と言われて結構辛かったな、もうちょっと子どもでいたかったな、と思います。でも、当時は弟と親の力になりたい思いもあり、『よし頑張ろう!』というポジティブな思いでいっぱいでした」(清田さん)

幼い頃は弟さんとよく喧嘩もしたけれど、病気が分かってからはとても仲良くなったそうです。

「1人で外出できない弟にとって、一番近くにいる遊び相手は私でした。私が学校から帰ると、一緒にゲームをしたりいろいろな話ができたので、私の帰りを毎日楽しみに待っていてくれて、私はそんな弟がかわいくて仕方ありませんでした」(清田さん)

しんどさを誰とも共有できない、その孤独感が辛かった

当時の清田さんは、きょうだいとしてのしんどさを意識することはなかったと言います。ただ、何かにつけて「うちは弟を中心に回っている」と感じることが多かったそうです。

「弟が修学旅行の時は両親が一緒について行き、私は1人で留守番をしていましたし、誕生日が近かったので弟の誕生日に私の分も祝っていました。弟には『また1年無事に過ごせたね!』という喜びの言葉がかかるけど、私にはそれはなし。そういうことがあらゆるシーンであるんですね。
でも、私も『弟の命を守ることが一番大事』と思っていましたし、不満や寂しさがあっても『弟も両親も頑張っているのだから、仕方ない』とあきらめていたように思います」(清田さん)

そんな中、清田さんが「自分は他の子とは違うんだ」と強く感じた出来事が起こりました。高校入試の2日前に弟さんが大きな発作を起こして倒れ、救急車で搬送された時のことです。

「その日に行われた受験説明会に行けなくて、受験の際、友人たちから『一昨日はどうして来なかったの?』と聞かれました。でも、説明できませんでした。今から受験をする友人たちに『弟が倒れて死んじゃうかもしれない』なんて話したら悪いと思い、『ちょっと風邪気味で』と嘘をついたんです」(清田さん)

その日のお昼休憩では、友人たちがお弁当を食べながら「親が力を入れて作ってくれたカツ入りなの」「うちは消化にいいようにってサンドイッチ」などと話す横で、清田さんはコンビニで買った菓子パンを、味も感じないまま食べていたそうです。

「弟が死ぬかもしれないのがすごく怖く、誰かに聞いてほしかったのですが、友達には重たいだろうと思い言えませんでした。皆が将来の話をするのを聞きながら、皆には自由な将来の道があるけど、私は弟と暮らすという将来が決まっていて、自由な選択肢がないように感じていたし、そういう悲しさを共有できる人が周りにいないのが辛かったです。『自分はこの子たちと違うんだ』と思った時、初めて孤独を強く感じました」(清田さん)

さらに、周囲の大人たちの言葉に、気持ちが追い詰められることも少なくなかったと言います。

「『あなたが弟とお母さんを守ってあげなきゃ』『あなたが健康に生まれたのは弟とお母さんを守るためね』みたいなことを言われることは、少なくありませんでした。『あなたが背負うはずだった病気を、弟が背負ってくれたのね』と言われたことも。
私を元気づけようという優しい気持ちで言ってくれていることがわかる分、何も言えず辛かったです」(清田さん)

子どもは素直なので、大人にそう言われると真に受け、『自分が頑張らなきゃ』とさらに無理してしまうと清田さん。清田さんも辛い気持ちを押さえ込んで、ただ頑張るしかなかったと振り返ります。

弟の死を悲しむ気持ちにフタをし、パニック障害に

きょうだいの応援団を増やし広げるための「シブリングサポーター研修ワークショップ」の様子。

その生活が再び大きく変わったのは、清田さんが21歳の時。弟さんが17歳の若さで亡くなってしまったのです。

「すごく悲しくて辛かったんですが、お葬式で周りの人々から『お姉ちゃんは泣いてないでお母さんを支えてあげてね』と言われて、泣けなくなってしまいました」(清田さん)

「自分は親じゃなくてきょうだいだから悲しむ資格はない」と感じ、でも、弟さんのことを思うと辛く、涙が出てしまうから、なるべく考えないように気持ちにフタをして暮らしていたと言います。そのストレスから、ある日突然、吐き気とめまいで電車に乗れなくなってしまったそうです。

「病院でパニック障害だと診断されました。それでやっと、気持ちにフタをしていたらいけないんだと気づいたんですが、どうやって開ければいいのかわからなくて、ネットでいろいろ調べました。そして、ドナルド・マイヤーさんという、アメリカできょうだい支援をしている方のサイトにたどり着いたんです」(清田さん)

そのサイトのメーリングリストには、病気や障害のある子のきょうだいたちが、自分の生きづらさや苦しさなどを書き綴っていました。

「きょうだいの気持ちが言葉になっているのを初めて見て、『あ、私の気持ちはこれだったんだ』『私の中にもこの気持ちがあった!』と気づきました。ネガティブな感情を口にしてもいいということも、驚きでした。
気持ちを言葉で表せて、受け止めてもらえると、やはり楽になっていくんですよね。これをきっかけに、きょうだいとしての自分と向き合えるようになっていきました」(清田さん)

日本にも大人のきょうだいの会があることを知り、多くの大人のきょうだいたちと会い、話をしました。そうしていくうちに、気づけばパニック障害はおさまっていたそうです。
「そうやって自分の気持ちを整理して、弟を亡くした喪失感と向き合えるようになるまでに15年くらいかかってしまいました」(清田さん)

その後、清田さんはNPO法人しぶたねを立ち上げ、きょうだいを支援する活動をスタートしました。

「2001年にドナルド・マイヤーさんが来日されて、きょうだいのためのワークショップ(Sibshops)を開いた際、参加した子どものきょうだい一人ひとりに『君はひとりじゃないんだよ』って話しかけていました。私の中の小さな私にそう言ってもらえたように感じて、涙が止まりませんでした。
私もこういう活動をしたい、小さなきょうだいたちに『ひとりじゃない』と感じてほしいと思ったんです」(清田さん)

子どもが子どもとして、安心して過ごせるように

清田さんはきょうだいのことを知ってもらうための「たねまき活動」として、講演やセミナーにも多く登壇。

もしも今、当時の自分に言葉をかけられるとしたら、「『頑張ってるんだよね』と認めてあげて、『ここにいていいんだよ』と言ってあげたい」と清田さんは言います。

「弟が入院する病院に行っても、いつも『病気でもない私がここにいていいのかな』と思っていました。その感覚はどこにいても常にあって、家の中に自分がいる意味とか、弟のために役に立たない私がいてもいいんだろうかとか、弟を大切に思う両親の人生の中に私がいてもよかったんだろうかみたいなことを、ずっと思っていたんです。だから『ここにいてもいい』と、当時の私に伝えてあげたいです」(清田さん)

しかしそれは、今だからわかることだと清田さん。子どもだった当時は、そういう思いを言葉にできなかったし、その生活が当たり前だと思っていたので、自分がそんな風に感じていることさえ意識していなかったそうです。

「だからこそ、周りの大人が気づいてあげてほしいんです。子どもが子どもとして過ごせること、子ども時代を守ってあげることは、大人がやらなければいけないことだと思うんです。
そして、子ども時代に『どんな自分でも受け入れてもらえた』『頑張れない自分でも愛された』『自分を大事に思ってくれる人が確かにいた』という『心の土台』をつくってあげることが、とても重要だと思います。
私も、そのために少しでも役に立てることがあればいいなと思いながら活動をしています」(清田さん)

しぶたねでは「きょうだいさんのための本」 (別紙:冊子を使う大人の方に向けて)を無料配布しています。すべてのページをだれでも印刷できます。
「きょうだいさんたちが、親御さんや周りの大人の人と一緒に書き込んだり、読んでもらったりしながら、ちょっと甘えるきっかけ、愛情を伝えあえる時間につながったらいいなと願っています」(清田さん)

写真提供/NPO法人しぶたね 取材・文/かきの木のりみ

ゆっくりとやさしい声で、丁寧に話をしてくれた清田さん。強く主張することはせず、どこか遠慮がちとも言える様子で、でもしっかりと、きょうだいとしての思いを語ってくれました。
清田さんが支援活動を始めた2003年に比べると、きょうだいへの理解は大きく前進していると言います。しかし、その中心は病院などの専門機関で、一般社会ではまだまだ認知されていないのが現状です。
きょうだいたちが置かれている現実について、まずは私たち周囲が関心を持ち、理解を深めることが必要なのだと感じます。

清田清田さん

NPO法人しぶたね代表、ソーシャルワーカー。
自身の弟の闘病生活の中で目の当たりにした「きょうだい」たちの辛い現実を変えたいとの思いから、2003年、小児がんや心臓病など重い病気をもつ子どものきょうだいをサポートするボランティアグループ「しぶたね」を立ち上げ、2016年にNPO法人化。
現在は大阪の病院での活動や、子どもきょうだいのためのワークショップの開催に加えて、全国できょうだいのための冊子の配布や講演活動、きょうだいの応援団を増やしつながるための「シブリングサポーター研修ワークショップ」などを行っている。

ブログ:しぶたねのたね
NPO法人しぶたねFacebook :sibtane

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