2歳5カ月で“ネマリンミオパチー”と診断された二女。きょうだいの子育てでは「障害児がいるから」とあきらめたくはない【体験談】
沖縄県で7歳と4歳の女の子、1歳の男の子を育てる母親で、福祉ネイリストでもある楠田瑛子さん。第1子を事故で亡くし、第3子の陽和子(ひなこ)ちゃんは先天性ミオパチーの一種のネマリンミオパチーと診断されました。夫は現在単身赴任中のため、瑛子さんは福祉のサポートを受けながら3人の子育てと仕事に奮闘しています。瑛子さんに、陽和子ちゃんが診断を受けてからのこと、きょうだいや仕事への思いなどについて聞きました。全2回のインタビューの後編です。
先天性ミオパチーの一種、ネマリンミオパチー
二女・陽和子ちゃんは、生まれた直後から、筋緊張が低いために自分でうまく呼吸ができず、ミルクを飲むことも難しい状態でした。生後2カ月で気管切開の手術と胃ろう造設手術を受け、さまざまな検査を受けましたが、いったい何の病気なのか、診断がつかない状態が続きました。
「医師の話では、症状から筋疾患が考えられるけれど、染色体検査では異常が見られず、脊髄性筋萎縮症(せきずいせいきんいしゅくしょう)でもないとのことでした。1歳2カ月で筋生検検査をしたけれど、採取した生検に筋肉が少なすぎて解析ができなかったとのこと。そして1歳7カ月で遺伝子検査を受け、2歳5カ月で先天性ミオパチーの一種のネマリンミオパチー(※1)と診断されました。
ネマリンミオパチーは筋繊維にネマリンという物質があると認められるらしいんですが、陽和子の場合は筋生検ができなかったので正式には断言できないようです。医師からは『遺伝子検査や症状などから見てほぼネマリンミオパチーだろう。遺伝子の突然変異の可能性が高い』と説明を受けました」(瑛子さん)
診断が出るまで、さまざまな病気の可能性の話を聞いては、そのたびに「検索魔になっていた」という瑛子さん。病名を聞いて「やっぱりそうか」と感じたそうです。
「落ち込みとほっとした気持ちの両方がありながらも、病名を聞いて覚悟ができた気がします。遺伝子専門の先生からは『先天性ミオパチーなどの筋疾患の人は、体が動かないぶん脳みそがフル回転だから頭のいい人が多く、海外では弁護士をしている人もいるよ。陽和子さんも脳がすごく働いているからきっと賢い子になるよ』と説明してくれたのを覚えています」(瑛子さん)
長女になるべく我慢をさせたくない
陽和子ちゃんが生まれた当時、姉の紗和子ちゃんは3歳。まだまだ手がかかる紗和子ちゃんの子育てと、陽和子ちゃんの医療的ケアが重なった生活で、瑛子さんの気がかりは紗和子ちゃんにいろんなことを我慢させてしまう場面が多かったことでした。
「紗和子に『ママ、見て!』と言われても、陽和子のケアのためにすぐ見てあげられませんでした。紗和子に何度『ちょっと待ってね』言ったことか・・・。だから、紗和子が『ひなこがいるからやりたいことができない』という思いをさせないように、いつも気をつけていました」(瑛子さん)
家族で外出するにも、陽和子さんは医療機器を一緒に持ち運ぶ必要があるため、どうしても荷物が多くなります。瑛子さんは夫とともに、家族で一緒に外出する工夫を重ねました。
「紗和子が行きたい場所に家族で行くにはどうしたらいいか考え、試行錯誤しながら一緒にお出かけできるようなスキルを身につけました。きょうだいに障害があるからといって、すべてをあきらめるのは違う、というのが私たち夫婦の考えです。私たちの子育てでは、できない理由を並べてあきらめずに、どうしたらできるのかを考えよう、としてきました。
広い公園で遊んだり、海近くに散歩に行ったりすることから始まり、岐阜にいる夫の実家へ行くために飛行機に乗ったり。2023年には家族で東京ディズニーリゾートへの家族旅行もかなえることができました。家族で一緒に出かけることが、陽和子にとっての刺激や経験にもなります。障害があってもなくてもきょうだいなので、小さいうちはなるべく同じ経験をさせたいと思っています」(瑛子さん)
第4子の男の子を出産。もう1人子どもが欲しかった理由
2024年1月、瑛子さんは第4子の男の子・直隆くんを出産しました。
「予定より2カ月早い妊娠30週のとき、夜中に突然のおなかの張りと痛みから緊急帝王切開となりました。直隆は1678gで生まれた低出生体重児で、2カ月弱NICUに入院しましたが、健康面でほとんど問題なく元気にたくましく育ってくれています」(瑛子さん)
当時6歳の紗和子さん、3歳で医療的ケアが必要な陽和子さんを育てながら、瑛子さん夫婦がもう1人子どもを持ちたいと考えたのには、理由がありました。
「どうしてもう1人産もうと思ったか・・・それは紗和子の理解者が必要だと思ったからです。紗和子が成長していく過程できっと、陽和子の存在のために寂しい思いをしたり、私たち親に対して不満を持つときがくるはずです。そんなとき『うちの親ったらさあ〜』なんてぐちを言える相手を作ってあげたい、と。きょうだい児の理解者は、同じ立場のきょうだいだと思ったからです。
『医療的ケア児の姉の介護をさせるために弟を作ったのか』というようなことを言われたこともあります。もちろん、そんなつもりはまったくありません。子どもたちにはそれぞれの人生を自由に生きてほしいと思っています」(瑛子さん)
オンライン取材の日、パソコンモニターの向こうで、瑛子さんに抱かれながらお昼寝をしていた直隆くん。瑛子さんはその寝顔を見ながら「長男の和隆にそっくりなんです」とほほ笑みます。
「長女の紗和子は弟にたっぷり愛情を注いでくれています。抱っこしてくれたり、『たぶんおなかがすいてるよ』と教えてくれたり。陽和子の医療機器を触ろうとしたら、私より先に注意してくれます。直隆もお姉ちゃんが大好きでとっても仲よしです」(瑛子さん)
ケアに追われる人たちをケアしたい
陽和子ちゃんの24時間の医療的ケアがあるなかで、なにか自分にできる仕事をしたい、と考えた瑛子さん。子育て・医療的ケアの合間に勉強してネイルサロン衛生管理士の資格を取得し、2022年10月にネイルサロンをオープンしました。
「医療的ケア児を育てるママは、仕事や外出を制限されることが多いです。自分と同じような境遇でケアに追われる人をケアしたいという思いから、ネイリストの仕事を始めることに。
子どもの医療的ケアをしていると、アルコール消毒などで指先がどんどんぼろぼろになっていくんです。だけど、指先に自分の好きな色があるだけでも、ちょっと気分が上がりますよね。ネイルやハンドマッサージで元気づけられたらいいなと思います」(瑛子さん)
瑛子さんは「障害のある子を育てる親だからこそ仕事を持つことが重要」と言います。
「仕事は、子育てとは別に自分が必要とされる場所。母であり妻である以前に1人の人間だと認識できると思うのです。陽和子を産んだときには『きっと社会復帰できない』と絶望していました。でも、自分なりの働き方を見つけた今、障害児を育てる親こそ仕事をして子どもから離れる時間を持つべきだと考えています」(瑛子さん)
夫は2022年から転勤のために単身赴任をすることになり、瑛子さんはワンオペで育児・医療的ケア・仕事をこなす毎日を送っています。
「陽和子が生まれてから、人に頼る、人に甘えることを覚えました。自分が体調不良のときなど、どうしてもだれかを頼らないといけない場面が出てきます。そういうとき、わが家に来てくれる訪問看護の方や訪問介護の方たちに陽和子のことをお願いしています。最近、陽和子は週6日児童発達支援に通っていて日中は家にいないので、この生活が続けられているんだと思います。
正直言って、医療的ケア児を育てることは、苦しい、きつい、無理!と感じることもたくさんあります。そういうことも我慢しすぎずにちょこちょこはき出すようにしています」(瑛子さん)
視線で絵を描く「おめめアート」に挑戦
現在4歳の陽和子ちゃん。全身の筋肉が少なく弱いので自分で動くことはできません。首もすわらないので移動の際などは医療用バギーで姿勢を保持しながら、週6日児童発達支援の施設に通っています。
「1歳を過ぎてから障害者手帳を取得し、児童発達支援事業所に通い始めました。その事業所の活動の中で、作業療法士の先生から視線入力のことを教えてもらいました」(瑛子さん)
視線入力は、パソコンのモニター下部に20〜30cmくらいの細長いデバイスを取りつけてパソコン本体に接続し、その装置が視線を検知して、ソフトを操作するしくみです。陽和子ちゃんは専用ソフトで絵を描くことに取り組みました。
「パソコン画面上にある色のパレットのうち、陽和子が見た色が選択されて、視線の動きでお絵かきができるそうです。陽和子が1歳3カ月のころから作業療法士さんと一緒にチャレンジし始め、描いた絵をアクセサリーにして、母の日にプレゼントしてくれました。
今はまだ点と線を描いていますが、そのうちハートマークなんかも描けるようになったらいいな。いずれは文字の入力もできるようになると期待しています。最近は児童発達支援で、視線入力で“YES”と“NO”を選ぶ練習をしてくれています。いずれ、あいさつをしたり、おなかがすいた、吸引してほしい、なども、陽和子が自分で表現できたらいいなと思います」(瑛子さん)
お話・写真提供/楠田瑛子さん 取材・文/早川奈緒子、たまひよONLINE編集部
自身も重度障害者である作家・市川沙央さんの『ハンチバック』が第169回芥川賞(2023年)を受賞したとき、それを知った瑛子さんはすぐに読んだと言います。「陽和子も同じような思いを抱く日が来るかと思うと胸がしめつけられます。でも、市川さんは希望の星です」と話してくれました。
「たまひよ 家族を考える」では、すべての赤ちゃんや家族にとって、よりよい社会・環境となることを目指してさまざまな課題を取材し、発信していきます。
※1/先天性ミオパチーは、骨格筋の先天的な構造異常により、新生児期ないし乳児期から筋力、筋緊張低下を示し、また筋症状以外にも呼吸障害、心合併症、関節拘縮、側弯、発育・発達の遅れ等を認める疾患群である。骨格筋の筋病理像に基づき、特徴的な所見からネマリンミオパチー、セントラルコア病、マルチミニコア病、ミオチュブラーミオパチー、中心核病、先天性筋線維タイプ不均等症といった病型分類がなされる。(難病情報センターHPより/2025年1月)
●この記事は個人の体験を取材し、編集したものです。
●記事の内容は2025年1月当時の情報であり、現在と異なる場合があります。