妊婦健診や新生児健診では異常は見つからず。1万5000人に1人の難病アンジェルマン症候群。重度の発達の遅れとてんかん発作がサイン【専門医】
「アンジェルマン症候群」という病名を聞いたことはありますか。1万5000人に1人の割合で発症し、遺伝子の問題が原因で起こる難病で、重度の発達の遅れや知的障害などが特徴です。アンジェルマン症候群の子どもを診察している、神奈川県立こども医療センター 神経内科医長 露崎悠先生に、アンジェルマン症候群について聞きました。
(写真は、1歳11カ月のときアンジェルマン症候群と診断された、日本在住のアップルビー・リッキーくん。リッキーくんの場合は、言葉がまったく出ないだけでなく、こんなに笑顔でも笑い声が出ない時期もありました)
1歳半ごろになっても言葉が出ず、歩けず…。口角を上げて容易に笑う特徴も
アンジェルマン症候群の代表的な症状の1つが重度の発達の遅れです。
「アンジェルマン症候群の症状は個人差がありますが、1歳半ごろになってもママ、パパ、わんわん、マンマなどの一語文が出なかったり、歩いたりできないなどの発達の遅れと、てんかん発作が代表的な症状です。容易によく笑うのも特徴です。アンジェルマン症候群の子は笑うとき、口角を上げて独特の表情をする子が多いです。
またこだわりが強かったり、言葉で意思疎通ができないためにかんしゃくを起こしやすい傾向もあります。
睡眠障害を併発したり、生まれたときは頭囲には異常がないものの、頭が小さくなる小頭症を併発する場合もあります。後頭部が扁平(へんぺい)※になる子もいます」(露崎先生)
妊婦健診や新生児健診では異常は見つからず。1歳6カ月健診で指摘されることが多い
アンジェルマン症候群は、妊婦健診では発見されない病気です。生まれてすぐに異常はなく、新生児健診や1カ月健診などでも異常は見つかりません。
「上の子がいたり、保育園などで多くの赤ちゃんを見ているママやパパは、比較的低月齢のうちから“うちの子、何か違うかも”と思うこともあるかもしれません。
しかし第一子で、まわりに赤ちゃんがいない環境だと、アンジェルマン症候群のような子どもの異変には気づきにくいです。
まず初めにママやパパが“うちの子、大丈夫かな?”と感じるのが、発達の遅れです。前述のように、一語文が出なかったり、ひとり歩きがなかなかできなかったりして、1歳6カ月健診であらためて小児科を受診するように言われるケースが多いです。
ただしアンジェルマン症候群は、遺伝子の異常が原因のため、一般的な血液検査や脳のMRI検査などをしても異常は見つかりません」(露崎先生)
アンジェルマン症候群と診断がつくのは1歳代後半〜4歳代が多いと言います。
「重度の発達の遅れや知的障害のほかに、てんかんを併発することが多いことも特徴です。
3歳までにてんかんを起こす子が多く、そうした子は0歳代や1歳過ぎに熱性けいれんを起こしています。
一般的な血液検査や脳のMRI検査をしても異常が見つからないと言いましたが、
(1)歩行が不安定である
(2)言葉が出ない
(3)てんかんがある
(4)口角をあげて、容易に笑う
この4つがそろうと、アンジェルマン症候群を疑って検査します」(露崎先生)
発達が遅れているため、時には周囲の心ない言葉に苦しむ親も
アンジェルマン症候群は、言葉や歩行など重度の発達の遅れや知的障害が特徴のため、診断がつくまでは周囲の心ない言葉に傷つくママやパパもいるそうです。
「患者さんの保護者の中には、おじいちゃん、おばあちゃん、親せきなどから子育てのしかたが悪いから、発達が遅れているのではないかと言われて、傷ついているママやパパもいます。しかし病気なので、子育てのしかたが原因ではありません」(露崎先生)
ヒトは1~22番までの常染色体と、性別を決めるY染色体・X染色体(女性はX染色体2本、男性はXY染色体を1本ずつ)を持っています。ダウン症候群は、21番目の染色体が1本多く、3本あるために発症します。
一方アンジェルマン症候群は、15番目の染色体に何らかの問題が生じて発症します。
「アンジェルマン症候群の70%は、母性染色体微細欠失です。染色体は通常、お父さん由来とお母さん由来が1本ずつセットになって機能します。しかし母性染色体微細欠失の場合は、15番染色体短腕q11~q13(きゅー いち いち ~ きゅー
いち さん)に突然変異が起こり、お母さん由来の遺伝子が機能しなくなります。
また5%ぐらいですが、15番染色体父性片親性ダイソミーといって、お父さん由来の遺伝子同士で1セットになってしまう場合もあります。この場合、症状は前述の母性染色体微細欠失よりは比較的軽いです。
どちらも遺伝性でありません。またどちらも偶発的に起きるため、お母さん由来、お父さん由来といっても、遺伝子そのものに問題がある訳ではありません。
一方遺伝の可能性があるのは、15番染色体短腕q11~q13の領域に存在する刷り込みをコントロールする部位に小さな欠失などが存在する場合(5%)とお母さんのUBE3A遺伝子に遺伝子変異がある場合(10%)です。また原因不明もありますが、アンジェルマン症候群は1万5000人に1人といわれるまれな病気です。そしてその中で原因不明は割合としてはごくわずかで10%ぐらいです」(露崎先生)
治療は対症療法が中心。医療&療育で、子どもの成長をサポート
アンジェルマン症候群の治療は対症療法が中心です。現代の医療では、手術や薬などで完治することはありません。
「アンジェルマン症候群で、てんかんがある場合は、抗てんかん薬が処方されます。また睡眠障害を併発する子が80%ぐらいいます。昼夜逆転したり、常に眠りが浅く寝ないため、親が心身ともに疲弊してしまいます。そのため睡眠障害の子には、睡眠薬を処方します。
発達の遅れについては、療育でリハビリを受けます。発達はかなり緩やかですが、5~6歳ぐらいになるとひとり歩きができるようになる子もいます」(露崎先生)
またアンジェルマン症候群が疑われた場合、希望すれば遺伝子検査と遺伝カウンセリングが受けられます。
「前述のとおり、アンジェルマン症候群は遺伝子のトラブルが原因です。
アンジェルマン症候群と診断されるまで親は“なぜ話せないの? どうして歩けないの?”と、発達の遅れなどの理由を知りたがると思います。
FISH法といって高精度の染色体検査を受けると原因がわかることが多いですし、下の子を考えているならば遺伝の可能性があるかもわかります。
そのため臨床遺伝専門医や認定遺伝カウンセラーがいる病院で、遺伝カウンセリングを受けるといいでしょう。
アンジェルマン症候群は、内臓の病気の合併はなく、余命宣告を受ける病気でもありません。また生涯にわたってサポートが必要となります。大変なときは家族だけで悩みを抱え込まず、医療関係者や療育担当者などと連携していくことが大切です」(露崎先生)
写真提供/アップルビー・沙織さん 取材・文/麻生珠恵、ひよこクラブ編集部
アンジェルマン症候群は、1965年にイギリスの医師・ハリー・アンジェルマン博士が発見した病気です。発見から57年がたちますが治療方法は確立されていません。海外で薬の治験も行われていますが、まだいい結果が得られておらず、今後の研究や医療の発展に期待が寄せられています。
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