がんになったひとりのパパが「最後の仕事」として残したものとは?多くの人を救った「がん患者同士がつながる場」
未成年の子どもがいてがんと診断される親は、1年間に約5万6000人(※1)。そうした子どもをもつがん患者同士がつながることができるようにと作られた「キャンサーペアレンツ」と呼ばれるオンラインコミュニティが存在します。
創設者の西口洋平さんもまた、子どもをもつがん患者でした。西口さんが旅立った後、その思いは「すべての人が生きやすい社会を」と願う高橋智子さんに引き継がれました。キャンサーペアレンツ理事として活動を続ける高橋さんに、西口さんが実現しようとしたこと、彼の思い、そして、がん体験の有無を超えて目指しているものを聞きました。
特集「たまひよ 家族を考える」では、妊娠・育児をとりまくさまざまな事象を、できるだけわかりやすくお届けし、少しでも子育てしやすい社会になるようなヒントを探したいと考えています。
「つながりは生きる力になる」との思いからできたコミュニティ
もしも自分が「がん」と告知されたら、子どものことや治療のこと、仕事のことなど、不安や心配、混乱で一杯になってしまいますよね。そんな時、同じ体験をした人たちと悩みを分かち合ったり、情報を共有したりできたら、どれだけ心強いでしょう。
そんな思いから、2016年4月に誕生したのが「キャンサーペアレンツ」というWebサイト。「つながりは生きる力になる」をコンセプトに、子どもをもつがん患者同士がつながることができるオンラインコミュニティです。
2022年4月現在、会員数は累計4000名以上。国内のみならず、海外に住む人も多数います。
登録(無料)して会員になると、日記を書いたり、他の会員の日記にコメントをするなどしてつながることができます。一般のSNSの『いいね』ボタンに代わる「ありがとう」ボタンを押すことで、コミュニケーションをとることもできます。
一般社団法人キャンサーペアレンツ理事で、サイトオープン当初から事務局を担ってきた高橋智子さんは、
「日記を通していろいろな気持ちを伝えてほしいと思っています。だから『日記を投稿してくれてありがとう』『思いを伝えてくれてありがとう』というところから、『ありがとう』ボタンになりました。
プロフィール画面には『応援します』ボタンもあります。同じように病と向き合っている方からの『応援します』は、すごく大きなエールになると皆さんおっしゃいます」と説明します。
実際、登録したばかりの会員から「今まで誰ともつながることができなかったから、こんなにたくさん応援をもらえることが本当にうれしい」「同じように病気と向き合っている人がたくさんいるとわかっただけで、大きな力になる」などの声が多く寄せられるそうです。
治療がひと段落した人が、あえて会員になるケースも。そうした会員の多くが、「今の自分があるのは、多くの人たちに支えられたから。だから今度は自分が、これから同じような経験をするであろう人たちの力になりたい」と情報を発信しています。
「子どもをもつがん患者が同じ境遇の方に出会い、仲間ができることで、気持ちがラクになったり、孤独感から解放される。そして、これからの生活に希望が持てたり、新たな一歩を踏み出すことができる。そんな場を目指しています」(高橋さん)
キャンサーペアレンツを立ち上げたがん患者・西口洋平さんの孤独
キャンサーペアレンツはもともとある1人の、子どもをもつがん患者の思いから生まれたコミュニティでした。その人の名は西口洋平さん。
2015年、仕事も家庭も充実してまさにこれからという35歳の時、「ステージ4の胆管がん」で、転移もあるため「手術は不可能」と宣告されました。その時、子どもはまだ6歳でした。
告知を受けた時の思いを、西口さんはブログに
「頭が真っ白になったのを覚えています。すべての感情がなくなった感覚。放心状態。理解できない。何も考えられない。五感が機能しなくなったかのよう――」と残しています。
2月の告知からおよそ3カ月後の4月末、西口さんは職場に復帰。家族や友人、職場の同僚などの支えで日常生活に戻ったものの、周りには相談できるような同世代のがん体験者はおらず「大きな孤独感を抱えながら、手探りの日々だった」そうです。
そんな中、未成年の子どもをもつがん患者が毎年約5万6000人も増え続けているという事実を知った西口さん。「孤独を感じながら治療や仕事をしているのは自分だけではないはず」と考え、自身の「最後の仕事」として、キャンサーペアレンツを立ち上げることを決意しました。
翌年、キャンサーペアレンツのWebサイトをオープンし、その後も、西口さんは積極的にマスコミに出たり、イベントを行うなどして活動を続けました。ステージ4のがん患者と思えないほど力強く、明るくユーモアもある西口さんは、多くの人の心をつかみ、キャンサーペアレンツの「顔」として広く知られるように。
2020年5月に西口さんが旅立った時、キャンサーペアレンツは3500人もの大きなネットワークに育っていました。
「彼が亡くなった後、多くの人から『キャンサーペアレンツはどうなるの?』と聞かれました。私自身も不安を感じ、つながりのある会員さんに素直にその思いを相談しました。すると皆が『これまでと同じように皆で作っていけばいい』と言ってくれたんです。
西口さんは生前よく『みんなで作るキャンサーペアレンツ』と言っていたのですが、西口さんの旅立ち後、その思いが皆の中でいっそう強くなったように思います。これからも西口さんのその言葉のままに行けばいいと、会員の皆さんから教えてもらいました」(高橋さん)
「がん」かどうかではなく「自分に何ができるか」
高橋さんは西口さんと元同じ職場の同僚で、転職後、SNSを通して西口さんががんになったこと、キャンサーペアレンツを立ち上げたことなどを知ったそうです。
「驚いてすぐに『私にできることがあったら何でも言って』とメッセージを送りました。同時に、身近なところからできることとして、キャンサーペアレンツを知ってもらうにはどうすればいいのか考え始めました。すると、少しして西口さんから『キャンサーペアレンツの事務局的なことを担ってくれる人を探している。一緒にやらないか』と。
私自身はがんの体験はなく、一緒に暮らす家族にもがん体験者はいません。ただ『誰にとっても生きやすい社会』にしたいという思いはずっとありました。それですぐ『やります!』と返事をしたんです」(高橋さん)
西口さんと4年間、一緒にキャンサーペアレンツを運営してきた高橋さんにとって、西口さんが亡くなった後、その活動を引き継ぐのは自然なことでした。しかし、取材やイベントなどでよく「がん体験者でないことで、躊躇することややりにくさを感じることはないですか?」と聞かれるそうです。
そういう質問に対して高橋さんは「がんかどうかが大切なのではなく、今、目の前で起きている問題に対して自分ができることは何かを考えることが大切だと思うんです」と言います。
「もちろん中には『がんになってないからそんな活動ができる』『どうせわからない』と思う方もいらっしゃるかもしれません。いろんな受け止め方、考え方があると思いますが、がんでなくても、私のように1つ1つがんについて知っていくことはできます。
そうすれば、がんやがん患者に対する意識が変わり、意識が変わる人が増えれば、がん患者の方々の生き辛さも少しずつ変わると思うんです」(高橋さん)
がん患者の声を発信することで、皆がつながれる社会に
キャンサーペアレンツでは、子どものいるがん患者同士のつながりの場である以外に、もう1つ積極的に取り組んでいることがあります。それは「がん患者の思いを声として発信していく」こと。
具体的には、がん患者が置かれている状況の問題点を広く発信したり、学校での「がん教育」の実施、企業での「がんと就労」に関する講演の実施など。また、企業や医療従事者と協力してがんに関するアンケート調査なども行ない、皆が生きやすい社会を作ることを目指しています。
「今は『日本人の2人に1人は一生のうちに何らかのがんにかかる(※2)』と言われる時代ですが、がんに対する間違った情報や先入観を持っている人がまだまだ多いと感じます。例えば、ほとんどのがんは遺伝と関係がないのに(※3)、遺伝性の病気と思っていたり、がん=死のイメージが強く残っていたり。そうした偏見から、がん患者やその子どもたちが、心ないことを言われるケースは少なくありません。
最近は治療を続けながら働く人も増えていますが、まだまだ認知されておらず、がんを隠して働かざるを得ない人も多くいます。だからこそ、がん患者の声を発信して知ってもらうことが大切だと考えています」(高橋さん)
ネットには、がんに関する多くの情報が溢れていますが、間違ったものも少なくありません。それを読んで「知ったつもり」になってしまう怖さを感じると、高橋さんは言います。
「新たな制度ができても、本当の声が生かされていなければ問題の解決にはなりません。がん患者の方々の声を聞いていただくことで、がんにもさまざまあってひと括りにはできないことや、本当に必要なことが何か見えてくると思います」(高橋さん)
高橋さん自身、伝えたい思いや抱えている不安を気兼ねなく伝え合い、『お互い様』の関係性が自然と生まれること、つながれる社会が身近にあることの大切さを、キャンサーペアレンツの会員と接する中で実感しているとのこと。
「大きなことはできないかもしれませんが、キャンサーペアレンツがそういったきっかけづくりの場所となれるよう、これからは社会とのつながりも広げていきたいと考えています 」(高橋さん)
写真提供/一般社団法人キャンサーペアレンツ 取材・文/かきの木のりみ たまひよ編集部
がんを経験した人が社会で直面する生き辛さとは……。次回は、36歳で「すい臓がんでステージ4」との告知を受け、第2子が生まれた半年後に再発するも、治療と仕事、そしてキャンサーペアレンツの活動を続けている関直行さんに、がん患者として、夫として、父としての思いを聞きます。
※1 出典:国立研究開発法人 国立がん研究センター「18歳未満の子どもをもつがん患者とその子どもたちについて 年間発生数、平均年齢など全国推定値を初算出 支援体制構築の急務な実態が明らかに
※2 出典:がん情報サービス「がんの基礎知識 がんという病気について」
※3 出典:おしえてがんゲノム医療「がんの原因と遺伝子 遺伝するがん【遺伝性腫瘍について】