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ひどい夜泣きと脚のむくみの原因がまさか白血病だったなんて。わが子の病名を知ったとき、ショックで意識を失った…【体験談・小児科医監修】

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前田智晴くん(仮名・3才3カ月)は、7カ月のときに急性リンパ性白血病を発症し、臨床試験に参加する形で、約半年間の入院治療と約1年半の外来治療を受けました。自宅近くの病院から国立成育医療研究センター(以下成育医療センター)を紹介され、白血病の確定診断がつくまでの経過や、ママ・パパの気持ちなどについて、ママの京子さん(仮名・33才)に聞きました。また、智晴くんの主治医である、同センター血液腫瘍科診療部長の富澤大輔先生に、治療経過について解説してもらいました。

(上の写真は、退院して1年たった2才2カ月ごろ。お姉ちゃんが保育園に行っている間にママ・パパとリス園に行き、リスに興味津々でした)

何をしても収まらない夜泣き。左足だけむくみが出て1カ月消えないあざも…

智晴くんの誕生日はクリスマスの翌日の12月26日。3才違いのお姉ちゃんの出産が帝王切開だったため、智晴くんは予定帝王切開となり、体重3100g、身長48.7cmで誕生しました。

「妊娠中はもちろん、生まれてからも7カ月になるまでは何の問題もなく、すくすくと成長していました。まさかうちの子が白血病になるなんて、ほんの少しも想像していませんでした」(京子さん)

智晴くんの様子がおかしい…とママが感じたのは、激しく夜泣きをして、何をしても眠れなくなったことからでした。

「それまでも夜泣きをすることはありましたが、ミルクも飲めず、抱っこしても何をしても泣きやまなかったのはその日が初めて。全身をよく観察してみると、左脚だけ太ももから下がむくんでいました。それに、皮膚の下にこまかく赤いぽつぽつがたくさん出ているのもわかりました。

それまでの智晴の様子を思い返してみると、6カ月で始めた離乳食の進みが悪いし、おもちゃが軽くあたっててできたおでこのあざが1カ月たっても消えていない…。
大きな病気が隠れているとは思いもしませんでしたが、『何もないことがわかればそれでいい』くらいの気持ちで、翌朝、市内で評判のいい小児科を受診することにしたんです」(京子さん)

「白血病の可能性あり」と説明された瞬間、あまりのショックで意識を失った

翌朝、自宅で測ったときは平熱だったのに、小児科で順番を待っている間に体が熱くなり、検温したところ40度近い高熱が出ていたそうです。

「顔色もどんどん悪くなっていきました。そんな智晴の様子を見た先生から、『血液の病気かもしれないから詳しい検査が必要』と、近くの大学病院への紹介状を渡され、その足で大学病院に向かいました」(京子さん)

夜勤から帰宅途中のパパ(光晴さん 仮名・42才)に連絡を取ったところ、「すぐに行く」との返事。大学病院で落ち合うことになりました。

「大学病院に到着したのは11時ごろ。その病院でできるあらゆる検査を、すぐにしてくれたように思います。12時ごろに検査結果が出て『白血病の疑いがあります』と…。ショックのあまり私は貧血を起こし、倒れてしまいました」(京子さん)

意識を失っていたのは短時間だったそうですが、ママが気を取り戻すまでの間、パパが先生から説明を受け、成育医療センターへ救急搬送されることが決まりました。

「私は智晴とともに救急車で成育医療センターへ行き、パパは一度家に戻って入院のしたくをしてから向かうことに。パパとは本当に必要最小限の会話をする時間しかなく、『智晴はどうなってしまうのだろう』という不安に押しつぶされそうになりながら、救急車に乗っていました」(京子さん)

検査後ICUへ。現実とは思えないことが次々に起こり、ぼうぜんとするばかり

ICUから一般病棟に移ることができたころ。調子がいいときはこんな笑顔も見せてくれました。

14時ごろ成育医療センターに到着し、あらためて必要な検査を実施。その日中に「急性リンパ性白血病」と診断されました。

「先生の口から乳児白血病という病名が出たとき、現実のこととは思えなくてぼうぜんとしてしまいました。その状態でたくさんの必要書類の説明を受け、次々に署名していったのですが、夢の中の出来事のようでよく覚えていません。その点パパは冷静で、先生の話もきちんと理解していたようです」(京子さん)

そして何よりも不安だったのは、智晴くんの状態が悪く、ICUでの集中治療が必要になったことでした。

「白血病を発症したことだけでもショックが大きいのに、先生から『ここ数日が山場』と告げられ、それほど深刻な状態なのか…と胸がはりさけそうでした。しかもICUは面会のみでつき添いはできないから、智晴を置いて帰らなければいけません。つらすぎで何も手につきませんでした」(京子さん)

ICUでの集中治療は3日~1週間程度と説明されたそうですが、智晴くんは状態が落ちつくのが早く、3日で一般病棟に移ることができました。

「一般病棟に移れるという説明を受けたときは、本当にうれしかった。難関を1つ突破した気がしました。でも、本格的な治療が始まるのはこれから。喜んでばかりはいられない状態でした」(京子さん)

先生が決めた治療方針が智晴にとってベスト。だから臨床試験に参加することに

検査の結果、智晴くんは「MLL遺伝子」に異常があるタイプの白血病であることがわかり、臨床試験に参加する形で化学療法を行うことを先生から提案されました。

「先生が最善と判断した治療法が智晴とってベストだと信じていたので、臨床試験に参加することには何のためらいもありませんでした。臨床試験に参加することで、今後白血病を発症する子どもたちの役に立てたらいいという思いもありました」(京子さん)

今の時代、スマートフォンがあれば、いつでもどこでも病気について調べられますが、京子さんはあえて調べないことを選択しました。

「本来は何でもすぐに調べるタイプなんです。上の子が感染症などにかかったときは、どんな病気かすぐに調べていました。でも、白血病に関しては調べれば調べるほど落ち込みそうで、自分にとっても智晴にとってもよくないと判断し、いっさい調べませんでした。その代わり、わからないことや疑問に思ったことは、その都度先生や看護師さんに相談し、解決するようにしていました。パパはもともとネット検索をあまりしない人なので、いつも通りという感じでした。

点滴や内服での抗がん剤投与とステロイド治療を行い、必要に応じて輸血を行うとのこと。半年後の退院をめざして、親子3人で白血病と闘うことになりました」(京子さん)

【富澤先生より】難治性白血病のよりよい治療法を確立するために、日本全国で臨床試験が行われています

生後1才未満のお子さんに発症する急性リンパ性白血病は「乳児白血病」といい、全国で毎年20人ほどしかいません。約80%の患者さんで、白血病細胞に「MLL遺伝子」の異常を認めることが特徴で、極めて難治であることが知られています。白血病と診断されたときには白血球の数が異常高値であることが多く、智晴くんの場合も400000/μL(正常では4000~10000/μL)を超えていました。このような場合、治療初期に腫瘍崩壊症候群(白血病細胞が急激に壊れることで腎不全などを起こす)や脳出血を起こすことがあるため、智晴くんの治療は当初ICUで行いました。

このような難治性白血病の治療成績を少しでも向上させ、また同時に少しでも副作用を少なくしようと、よりよい治療法を確立するために、日本全国の専門医療機関が参加した「臨床試験」が行われています。智晴くんが参加した臨床試験は「JPLSG-MLL-17」とよばれる臨床試験で、クロファラビンという抗がん剤を使うことで、乳児白血病の治療成績が向上するかどうかを調べています。

智晴くんは予定の治療を無事終えて、毎月ご両親と3人で元気な顔を見せてくれます。最初に入院したときはまだ7カ月でしたので、随分お兄ちゃんになりました。

お話・写真提供/前田京子さん 取材・文/東裕美、ひよこクラブ編集部

監修/富澤大輔先生

わが子が白血病を発症した…そんなとき、多くのママ・パパは冷静ではいられないでしょう。前田さん夫婦は大きな不安と闘いながらも、「白血病を克服するためなら、できることはすべてやりたい」という思いで、智晴くんの白血病に向き合っていきました。

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