「普通にならなきゃ」との闘いだった20年間。幼い頃の自分に「ずっと責め続けてごめん」と泣いて謝った〜場面緘黙症を知る②
場面緘黙(かんもく)症とは、特定の場所に行くと話せなくなってしまう不安症の一つです。幼稚園・保育園に入園する頃に多く発症し、特別支援教育の対象にもなっています。しかし他の発達障害などに比べると知名度が低いことから、支援が必要なのに「おとなしい子」として放置されることが少なくありません。
イラストレーター・漫画家のモリナガアメさんも、幼少期から話せないことによるさまざまな問題を抱えていましたが、成人するまで自分が場面緘黙症だとは知らず、支援を受けられなかったといいます。第2回は、モリナガさんの場面緘黙症のその後と、公認心理師・臨床発達心理士の高木潤野先生の解説を紹介します。
「普通にならなきゃ」との闘いだった20年間
幼稚園の時から「家の外では全く話せない自分」に悩み、試行錯誤しながらも高校生になってやっと話せるようになったというモリナガアメさん(第1回)。自分が場面緘黙症だと知ったのは、20代後半になってからだったそうです。
「インターネットで調べものをしていたら偶然、『場面緘黙』という言葉を見つけたんです。“場面”で“黙る”という漢字に“ん?”と思って調べてみたら、まさに私だ!と衝撃を受けました。
小さい頃から生きづらさを感じていたのですが、自分がうまく話せないからだ、コミュ障で甘えたヤツだからなんだ……と考えて20年近く過ごしてきました。でも、やっと自分の話せなさが場面緘黙っていう、自力で治すのは難しくて支援が必要な症状だったっていうのを知った時には『ずっと責め続けてごめん』って、泣きながらひたすら過去の自分に謝りました」
これまで人前で話せなかったことで、周りからの誤解やいじめなど、つらい思いもたくさんしてきたというモリナガさん。自分の症状に名前がついたことによる安心感もありましたが、一言では言い表せないほどの複雑な思いも生じたそうです。
「今までの人生、いったい何だったんだ……という気持ちが一番強かったです。私はみんなで元気に遊ぶよりも一人で絵を描いたり本を読むことが楽しい子どもで、でも人一倍、周りの目を気にしていました。みんなに合わせなきゃ、変な子だって思われないようにしなきゃという思いが強すぎて、どんどん身動きが取れなくて話せなくなっていきました。今考えると、自分の場面緘黙は『普通にならなきゃいけない』っていう思いとの闘いだったなと思います。
家も幼稚園も学校も、場面緘黙に理解がある環境ではなかったので、もし身近にひとりでも知識のある人がいれば、見える世界が全然違ったのかなっていう悔しさが今でもあります」
周りと同じじゃなくても、自分を責めないで
モリナガさんは、これまでの自分の経験を漫画にしてインターネット上で発表し、2017年に「かんもくって何なの!?」(合同出版)を出版しました。どうして経験談を発表しようと思ったのでしょうか。
「場面緘黙症をいろいろな人に知ってほしいと思ったのが一番の理由です。描き始めた頃は、今以上に場面緘黙症が知られていなくて、『特定の場所で話せないだけなら別に大したことないじゃん』『ただの人見知りでしょ?最近は何でも障害のせいにして逃げようとするよね』と言われることもあって……。でも、自分のヘビーな経験もあえて漫画にすることで『これを読んでも本当に大したことないって言えますか?』って、場面緘黙症を知らない人たちに投げかけたいという気持ちがありました」
出版後はインターネットで話題になり、モリナガさんの元にはおよそ600件もの感想メールが届いたそうです。その中には、場面緘黙症の当事者の人たちの声も多くありました。
「当事者の方々からのメールは、過去の私と同じように、話せないことへのうしろめたさや周囲への申し訳なさを感じている内容が多かったです。『周りに甘えてるのかもしれない』とか、『話せなくて迷惑かけてるんだから、自分がつらいなんて言うのはおこがましい』とか……。場面緘黙症を見てくれる専門機関がまだまだ少ないことから、大人はもちろん、思いつめてしまうお子さんもたくさんいるはずです。でも、『周りと同じになれなくても、どうか自分を責めないでほしい』『つらい時はつらいって言ってもいいんだよ』って伝えたいです」
「困っている子」と同じ目線で寄り添ってほしい
モリナガさんは、感想メールをくれた元場面緘黙症の読者に会ったこともあるそうです。
「ある女の子は、『ずっと“誰でもいいから助けてよ”と思っていたけれど、誰も助けてくれなかった。だから自分が教師になって、そう思っている子に手を差し伸べたい』と教えてくれました。先日久しぶりに連絡したら、その子は今、夢を叶えて中学校の先生として働いているそうです。私自身は正直、子どもの頃はつらかったという記憶しかないんですけど、自分のつらい経験を元に場面緘黙症を支援したり、研究しようという若い世代の人たちがいることを知って、心強さを感じています」
場面緘黙症の発現頻度は0.15~0.8%で、規模の大きい学校では1~2人いるといわれます(※)。もし場面緘黙症の子に出会う機会があったら、モリナガさんは「その子目線で寄り添ってほしい」と語ります。
「場面緘黙症の子は、大人からしたら『えっ、そんなささいなことで!?』というきっかけで不安を感じたり、つまずいてしまうことがよくあります。私自身、そんな時に『普通はそんなことで不安にならないよ!』と笑われたり、力を振りしぼって話したら『それくらい話せるのが当たり前だよ』と比べられることがとてもつらかったです。
周りの大人の皆さんは、ぜひ『あなたにとっては困っていることなんだね』『じゃあ、どうしたらいいか一緒に考えようか』と声をかけてあげて、その子が楽になれるような支援につなげてほしいなと思います」
※…「子どもの場面緘黙サポートガイド」(合同出版/金原洋治・高木潤野著)より
気になることは、まずは自治体の保健師に相談を
場面緘黙症の子どもは、「大人しい子」で片づけられてしまい、気づかれないことも多いといいます。公認心理師・臨床発達心理士の高木潤野先生に、周りの大人が気づくにはどうすればいいか聞きました。
「場面緘黙の症状が顕在化するのは、早くて2~3歳頃だといわれています。最初に気づくのは、やはり親、または保育園や幼稚園の先生の場合が多いですね。お互いに相談して、子どもが安心できる環境を整えることが大切です。
低年齢のうちは、ことばや発達など他の問題が隠れている可能性もありますので、気になることがあったらまずは自治体の保健師さんや発達相談センター、子ども家庭支援センターなどにご相談ください。最近では場面緘黙症に理解がある保健師さんが多いため、いろいろな相談先につながることができるはずです」
「私自身つらい経験をしたからこそ、場面緘黙症の子がちゃんと早いうちに適切な支援を受けて、話せるようになることを願っています」とモリナガさん。次回は、高木先生に場面緘黙症の原因やきっかけ、親としてできることなど、具体的な支援につなげていく方法を聞きます。
モリナガアメさん
幼稚園入園を機に「話せない子」になる。20代後半になって、偶然昔の自分が「場面緘黙症」だった事を知り衝撃を受ける。場面緘黙症を広めるため、WEBでコミックエッセイを公開して話題に。現在はイラストレーター・漫画家として活動中。
高木潤野先生
長野大学社会福祉学部教授。博士(教育学)、公認心理師・臨床発達心理士。日本場面緘黙研究会事務局長。東京学芸大学大学院連合学校教育学研究科修了。東京都立あきる野学園養護学校自立活動専任教諭(言語指導担当)、小学校きこえとことばの教室などを経て現職。主な著書に『イラストでわかる子どもの場面緘黙サポートガイド―アセスメントと早期対応のための50の指針』(合同出版、共著)など。
モリナガアメさんの著書
(取材・文 武田純子)