「うつる病気」「食べ過ぎが影響」など間違った理解や偏見がまだまだ多い病気。息子のために立ち向かう決意をした母【1型糖尿病を知る②】
1型糖尿病は、すい臓で分泌される「インスリン」という大事なホルモンが、突然体内で作られなくなってしまう病気です。体内のリンパ球がうまく働かなくなり、すい臓にある特定の細胞を攻撃してしまうことで起こります。小児期の発症が多く、現在は治らない病気といわれ、合併症を防ぐためにインスリンを注射やポンプという医療機器によって毎日補充するしかありません。
後編では、4歳で1型糖尿病を発症した「るかくん」のその後と、母の加奈子さんが取り組んでいる1型糖尿病の患者・家族への支援活動についてお話を聞きました。
「自分自身の主治医」になってほしい
るかくんは小学校入学を機に、注射ではなく「インスリンポンプ」という医療機器を肌に取り付けて、インスリンを体内に注入することにしたそうです。「注射のように周りに気を使う必要もなく、簡単に操作できるので、小学校では学年が上がるにつれてほとんど困ることはなくなりました」と加奈子さんは振り返ります。
現在、小学6年生になったるかくん。今では低血糖も高血糖もある程度自分で把握できるようになり、高血糖になった時のインスリン注入や、低血糖でフラフラになりそうな時に血糖値を上げる「補食」を食べることも、自分でできるようになったといいます。ここまで来るには、ご家族もるかくんをずいぶん気にかけてきたのではないでしょうか…と質問すると、加奈子さんからは意外な答えが返ってきました。
「私も1歳で発症した患者ですが、1型糖尿病は自分が一番の主治医だと思っているんです。私がるかによく言うのは、『るかは今、主治医の卵なんだよ!』ということ。もちろん年齢や個人差はありますが、るかには少しずつ低血糖や高血糖の感覚をトライアンドエラーでつかんで、自分でコントロールしていってほしいと伝えていました。
低学年のうちは、学校の先生が心配のあまりしょっちゅう血糖値を測ったり、体育の授業を休ませたりという配慮をしてくださったこともありましたが、そのつど『大丈夫です』とお伝えして、“自分で把握することが大事”ということを理解していただけるように説明してきました。るか自身も高血糖状態の気持ち悪さや、低血糖で力が出なくなる状態を経験から徐々に学んでいったので、今では自分で対処できるようになりました」
母が「この子は大丈夫」と思えた、学童でのトラブル
るかくん自身は、1型糖尿病についてどのように考えてきたのでしょうか?
「小学4年生の頃、るかに気持ちを聞く機会があったのですが、発症について『どうしてこんなことになっちゃったんだろう、おれ何か悪いことしちゃったかなって最初に思った』と言っていました。そんな気持ちがあったと聞いて、私は内心泣きそうになってしまったんですが、『でも、かあちゃんと一緒にやっていく中で、自分でもできるんだっていう自信がついてきた』とも言っていました。
日々生活していく中で、血糖値をうまくコントロールできなかったり、いろいろと失敗も経験するけれど、そんな中でも病気を“自分と共にあるもの”だと受け止めて過ごしてくれているんじゃないかなって思っています」
るかくんの学校生活の中で、加奈子さんには忘れられないエピソードがあるといいます。るかくんが小学2年生の時、学童保育の時間に高学年の男の子に「おまえ、糖尿病なんだろ。糖尿病ってうつるんだろ?」「そのおなかに付けてる機械はなんだ」などと言われたことがあったそうです。
「その時るかは、『1型糖尿病は、人にはうつらないから大丈夫だよ。自分の体の中で細胞が勝手に戦って、病気になっちゃっただけ。この、おなかにつけているポンプでインスリンっていうのを入れると、ちゃんと元気になるんだよ』って、男の子にちゃんと説明していたそうです。るかは家では何も言わなかったのですが、学童の先生がその場面を見ていて、私に教えてくれました。それを聞いた時に、『ああ、この子はもう大丈夫だな。ちゃんと自分で分かっているし、いろいろなことに対応できるんだ』と感じました」
周囲の理解を得られれば、患者はのびのび生きていける
加奈子さんは2016年から、1型糖尿病などインスリン補充が必須な患者とその家族のための団体「認定特定非営利活動法人 日本IDDMネットワーク」で事務局員として働いています。そのきっかけは何だったのでしょうか。
「るかが発症して1年くらいは、自分が1型糖尿病ということもあって『私のせいなのかな』と、なかなか受け入れられずにいました(※)。発症からちょうど1年が経過して、この子のために何かできないだろうか…と思い始めたタイミングで、日本IDDMネットワークで職員を募集していたんです。自分のこれまでの経験を還元できるかもしれないと思って応募しました」
日本IDDMネットワークは、患者や家族を「救う・つなぐ・解決する」の三本柱で支え、様々な活動を続けている団体です。加奈子さんは主に「救う・つなぐ」の部分を担当しています。
「相談を受けたり、患者・家族同士をつなげたりという役割を担っています。発症したお子さんを持つご家族は、周りに同じ1型糖尿病の患者さんがいないことがほとんどです。『誰にも分かってもらえない』と孤立感を深めて、ようやく私たちと話をしたことで泣き出してしまう方もいます。お母さんの中には『あなたのせいで子どもが病気になった』と責められたり、怒鳴られたという方もいます。
私には、“救う”ことはできていないかもしれません。でも、共感して一緒に進んでいくことはできます。周囲の人たちに正しく理解してもらうのはすごく難しいことですが、理解さえ得られれば、のびのび生きていけるっていうことを私は自分の経験で知っています。このことを、患者さんやご家族の方々に伝えていければいいなと思っています」
※…1型糖尿病は先天性の病気ではなく、遺伝して同じ家系の中で何人も発病することもまれだといわれています。(認定特定非営利活動法人日本IDDMネットワークホームページより)
「必ず治る病気」になることを目指して
現在、るかくんは「僕も日本IDDMネットワークの一員だから」と、1型糖尿病に関する活動への寄付や協力をしてくれた人への配布物に、一生懸命絵を描くボランティアをしてくれているそうです。
「日本IDDMネットワークでは専門医や研究者の方々と連携して、1型糖尿病を治す研究への支援も積極的に行っています。るかの幼稚園時代からの親友が家に遊びに来た時、るかは『今は治らないけど、大きくなったら治る病気になるはず』と言っていました。そんなるかの思いを感じていることもあり、私は“絶対に治る病気にしなければ”と毎日頑張れているのかもしれません」
私たちは、1型糖尿病のお子さんとどのように関わっていけばいいのでしょうか。最後に加奈子さんに聞いてみました。
「1型糖尿病は、自己免疫によってすい臓のβ細胞が壊されることでインスリンの分泌ができなくなってしまうことが主な原因です。しかし、どうしてそのような自己免疫がおこるのかはわかっていません。そして、『食べ過ぎて発症した』『生活習慣が影響している』などの誤った理解をされがちです。1型糖尿病に限らずあらゆる病気に言えることですが、ぜひ正しい理解をしていただきたいと思っています。そして、もしその子が低血糖を起こしたりして困っていたら、手を差し伸べてあげてください」
笹原加奈子さん
千葉県在住。自身が1型糖尿病患者(1歳発症)。1型糖尿病患者の12歳の息子・るかくん(4歳発症)のお母さん。全国の1型糖尿病を中心とした毎日のインスリン補充が必須な患者やその家族を支援する「認定特定非営利活動法人 日本IDDMネットワーク」事務局員。
(取材・文 武田純子)