小児救命救急センター24時【ブドウ球菌性熱傷様皮膚症候群(きゅうきんせいねっしょうようひふしょうこうぐん)】
娘を抱きかかえようとしたら、触れた部分の皮膚がズルッとむけ…
「太もものつけ根やわきのしたなどのやわらかい部分を中心に顔、胸、おなかまで真っ赤になった赤ちゃんを搬送したい。触れた部分の皮膚が薄くむけてやけどのような状態です」とホットラインが鳴った。すぐに搬送を許可して、患者の到着を待つことにした。
ほどなくして到着した救急車から、母親に抱かれた10カ月の女の子が降りてきた。母親に抱っこされたままで服を脱がせてみると、救命士の報告どおり、皮膚が真っ赤になり、一部は皮膚が薄くむけている状況で、見るからに痛々しい様子だった。なじみの救命士も「やけどではないのはわかりますが、やけどのようになっているのはどうしてでしょうか?」と不審そうに尋ねてきた。私は、女の子のおでこにある水疱(すいほう)とかさぶた(膿痂疹様(のうかしんよう))をかきむしったあとを示して、「ここで黄色(おうしょく)ブドウ球菌が繁殖して皮膚剝奪毒素(ひふはくだつどくそ)という毒素が生まれ、それが血液中に入って体内に広がった結果、体中のあちこちが赤くなり皮膚がズルッとむけてしまう病気です。ブドウ球菌性熱傷様皮膚症候群といいます」と、救命士と母親の両方に向けて説明した。
母親によると、4~5日前に公園で女の子を遊ばせているときにおでこを虫に刺されたので、市販の軟膏(なんこう)を塗ってあげていたという。
虫刺されあとをかきむしり、黄色い汁が出るように
「娘はかゆいのか、寝るころになるとおでこをかきむしるので、ちょっと赤くなり、黄色い汁が出るようになっていました。かきむしらないように軟膏を塗ってばんそうこうをはっていたのですが、昨夜おふろに入れるときに、太もものつけ根とわきのしたが妙に赤いなと思っていました。それが今朝になると顔も赤くなっていて、昼前に娘を抱きかかえたら、手を添えた部分の皮膚がズルッとむけてしまって……。もうびっくりして、あわてて救急車を呼びました。昨夜、おふろに入れたのがいけなかったのでしょうか?」と、母親は力なく話してくれた。
私は、おふろに入れたことはとくに問題ではなかったことを説明してから、「虫刺(むしさ)されをかきこわしたときになる、いわゆるとびひ(伝染性膿痂疹(でんせんせいのうかしん))のほとんどの原因が、黄色ブドウ球菌です。この黄色ブドウ球菌が皮膚剝奪毒素を生み出すのですが、それが今回、おでこで繁殖して毒素をたくさん産出し、血液中に入って全身に広がってブドウ球菌性熱傷様皮膚症候群になってしまったんでしょうね。意外と多い病気なんですよ。見た目はすごいのですが、きちんと患部の治療を行い、抗菌薬を投与してあげれば、すぐによくなります。数日間入院して様子を見ましょう」と母親を元気づけた。そして最後に、「でも、よくなる過程で患部の赤みが取れると、皮膚が乾燥した状態になってたくさんむけると思います。老人のようなシワシワした感じの皮膚に見えますが、心配しなくて大丈夫ですよ」とつけたした。「そのあとできれいになるんだったら、我慢できます」と、母親は力強く答えてくれた。
【ブドウ球菌性熱傷様皮膚症候群とは?】
虫刺されや切り傷は、かきこわすと黄色ブドウ球菌が原因菌となって化膿(かのう)することが(とびひ)。おできやとびひなどの黄色ブドウ球菌感染症になり、悪化すると、皮膚剝奪毒素という毒素が産出します。それが血液に入ると、全身の皮膚が赤くなり、やけどのようにむけてきます。
■監修:(故)市川光太郎先生
北九州市立八幡病院救命救急センター・小児救急センター院長。小児科専門医。日本小児救急医学会名誉理事長。長年、救急医療の現場に携わり、子どもたちの成長を見守っていらっしゃいます。
【市川先生から…】
すり傷やひっかき傷をばんそうこうなどで密閉して湿潤化すると、夏はとくに黄色ブドウ球菌に感染しやすくなります。できるだけ傷口を乾燥した状態に保ちましょう。乾燥しやすい市販の消毒薬があるので、常備しておくといいでしょう。
イラスト/にしださとこ
【お知らせ】
市川先生が、赤ちゃんがかかりやすい病気や起きやすい事故、けがの予防法の提案と治療法の解説、現代の家族が抱える問題点についてアドバイスしてくださった「救命救急センター24時」は、雑誌『ひよこクラブ』で17年間212回続いた人気連載でした。2018年10月市川光太郎先生がご逝去され、連載は終了となりました。市川先生のご冥福を心よりお祈り申し上げます(構成・ひよこクラブ編集部)。
※この記事は「たまひよコラム」で過去に公開されたものです。