日本の子どもに使われている薬の多くが、薬の添付文書に十分な情報がないって本当?課題は何?【専門家に聞く】
病気と闘っている子どもたちが毎日のように服用する必要がある薬など、日本の子どもの薬の多くは大人のために開発されたもので、薬の添付文書に子どもの服用に関する情報が十分に書かれていません。日本の子どもの薬の状況は、欧米と比べて遅れているといいます。子どもの薬の現状と課題について、国立成育医療研究センター 開発企画主幹の中村秀文先生と、同センター薬剤師の齊藤順平先生に聞きました。
(写真は、成育医療研究センターの薬剤師さんが大人用の錠剤をつぶして子ども用の粉薬にしているところ)
子どもが飲む薬なのに、説明書に子どものための情報が記載されていない!?
通常、薬には有効とされる病気(効能・効果)、使用方法・投与量(用法・用量)が定められた添付文書がついています。これは製薬企業が発行する、国が認めた説明書です。日本では子どもの治療に、大人や年齢の高い子どものために開発された薬を使うことがあり、その場合、子どもの適応に関する説明や、適切な用法・用量が添付文書に書かれていないことがあるそうです。
「日本で子どもの治療のために使われている薬の中には、添付文書に子どもへの投与に関する十分な情報が記載されていないものが多くあります。そのため子どもを診察した医師が、海外の情報や公表論文の内容などを踏まえて、可能な限り科学的に用法・用量を決め、薬剤師が調剤することがあります」(齊藤先生)
小児科でよく出されるような薬も、子どもの用法・用量は添付文書に記載されていないのでしょうか。
「子どもに処方することが多い風邪薬、アレルギー薬、抗生剤などの多くは小児適応が記載されていて、小児剤形(子ども用の薬)も多くあります。また、添付文書に適応が記載されていない薬であっても、海外での子どもの用法・用量が調べられていたり、使い方が当たり前にわかっていたりします。
このように、かかりつけの小児科や耳鼻科・アレルギー科などで処方される薬の多くは大丈夫なのですが、入院しないといけない比較的まれな病気にかかった場合には、子どもの適応に関する記載がない『適応外使用』の薬を処方せざるを得ないことが増えます。
適応外使用にはさまざまな問題があります。子どもには大人と同じ用法・用量を用いることはできないので、投与量がたりないと期待される効果が得られず、反対に多すぎると副作用が出る可能性があります。
大人の薬を子どもに飲ませる場合、ただ量を減らせばいいというものではありません。成長・発達によって薬を分解・排せつする機能が変化するため、一律に体重や年齢で量を規定することはできないのです」(中村先生)
「大人用の薬を子どもに飲ませようとしても、とくに小さいお子さんの場合は、大人用の錠剤を割ったり切ったりしても飲めないことも多く、また用量の調節も困難です。飲みやすくするために、錠剤をすりつぶしたり、カプセルの中身を取り出したりして、粉薬や水薬を作るといった対応が必要になります。薬の形を変えることを『剤形変更』といいます。剤形変更は病院や調剤薬局にいる薬剤師が行うことが多いですが、看護師やママ・パパが行うこともあります。
剤形変更をすることには、①薬をくだくことで隠されていた味やにおいが現れ、飲みにくくなってしまう、②薬によっては成分が変化する可能性がある、③薬剤師などの慣れた人が行わない場合、有効成分の量が均一にならないことがある、④剤形変更に時間を取られることが負担となる、などの問題があります。とくに①は、多くの薬を飲んでいるお子さんにとっては大問題なのです」(齊藤先生)
法律を整備したことで欧米では子どもの薬の開発が推進。一方、日本は…
子どもの病気の治療には、子どもが飲みやすく、効果のある薬が必要ですが、子どもの薬の開発には、大人の薬にはない課題がいろいろとあるそうです
<子どもの薬特有の課題>
・年齢や体重によって適量が変化する
・飲みやすい薬の形状が年齢とともに変化する
・国内と海外で剤形や味の好みが異なる
・治験(※)の計画や同意を得ることなどに子ども特有の配慮が必要になる
・大人のように対象患者数が多くないため開発のスピードが遅くなり、難易度が高くなる
・1人当たりの使用量が少ないため、製造した際の採算性が低い
「薬に子どもの用法・用量や用いるべき適応(病気)に対する使用が認められていなかったりするのは、日本だけの問題ではありません。欧米でもかつてはそういった医薬品が多く、『小児は“治療上の孤児”にある』として、問題視されました。アメリカでは2002年に、小児用医薬品開発を行った製薬企業に180日間の特許権の延長が認められる法律ができ、小児用医薬品の開発による大きなインセンティブが得られるようになりました。さらに翌年には、国が製薬企業に対して、小児を対象とした医薬品開発のための治験を要請することが認められ、小児用医薬品の開発が大きく進むことになりました。
欧州連合(EU)でも2007年に法律によって、欧州医薬品庁から製薬企業への小児医薬品開発の要請権が認められるのと同時に、小児用医薬品の開発に対するインセンティブも保証されるようになりました」(中村先生)
現在欧米では、大人の薬を開発する際には、子どもの薬の開発も同時に行うことが法律で義務化されています。しかし、日本でも同じように義務化した場合、逆効果になることも考えられるそうです。
「子どもの薬の開発を義務化した場合、『手間がかかるうえに採算が取れないのだから、大人用も含めて日本での薬の開発をやめてしまおう』という動きが出る恐れがあります。治験を行いやすくする環境や制度を整え、さらに子どもの薬を開発・製造する製薬企業の利益を守る対策を国が講じる必要があります」(中村先生)
※治験:薬の使用を国で認めてもらうために候補となる薬を人に投与して、有効性・安全性を評価するデータを集めること
成育医療研究センターの小児用製剤ラボの研究が生かされ、小型化した薬も
日本の子どもの薬の開発を進めるには、国が本格的に取り組む必要がありますが、少しでも早く、より適した薬を子どもたちに届けるために、成育医療研究センターでは2015年に、小児用製剤ラボを創設しました。
「小児用製剤ラボで製造した治験薬を用いて、当センターあるいはその他の医療機関を含めた施設の協力を得て治験を行い、臨床データと製剤データをまとめ、それを製造販売申請企業に渡し、子どもの薬の製造に結びつけることを目標にしています。
また、製造するだけではなく、どのような薬の形がいいのか薬を作る企業の相談に乗ったり、製剤データを提供したりすることで、よりよい薬を子どもたちに届けるためのお手伝いをしています」(齊藤先生)
たとえば、尿路感染症(にょうろかんせんしょう)などの一般感染症や、ニューモシスチス肺炎の治療および発症抑制を適応とする合成抗菌剤「バクタ®配合錠」の小型錠は、成育医療研究センター薬剤部での研究結果も開発のきっかけとなりました。開発当初から小児用製剤ラボが関わることで、子どもたちにとってよりよい薬の開発をサポートできたそうです。
「バクタ®配合錠の直径は約11ミリで、子どもや高齢者には飲みにくい大きさでした。そこで子どもが服用可能な製剤の大きさや苦みに関する検討を行い、塩野義製薬CMC研究本部において製造方法の検討がなされ、直径約6ミリに小型化。これを4錠服用することで従来の1錠分に相当する製剤を開発し、製造販売承認申請に至りました」(齊藤先生)
「このように、子どもの薬の開発には、医療機関と企業の連携が不可欠ですが、欧米では患者会の参画も盛んに行われています。実際に薬を使っている子どもとその保護者の声が届きにくいのも日本の課題です。患者会で薬の検討会を行うことなども、子どもの薬の開発につながっていくのではないかと思います」(中村先生)
効果的で飲みやすい薬を必要としている子どもたちのために、早急な対策が求められています。子ども用の薬の開発に関する国内での動きに、今後も注目していきたいと思います。
写真提供/国立成育医療研究センター 取材・文/東裕美、たまひよONLINE編集部
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