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妊娠を「タイミングが悪い」と言った夫。精神的DVに心身ともに追い詰められた日々【体験談・専門家監修】

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アジアの父が触れ、一緒に屋外で小さな小さな赤ちゃんの手を保持
●写真はイメージです
eggeeggjiew/gettyimages

配偶者などパートナーから受ける暴力(DV)の警察への昨年1年間の相談件数は、2022年3月時点の警察庁の統計で過去最多の8万3042件。この20年以上、被害は増加し続けています。家庭内など閉じられた空間の中で行われるDVに、被害者が立ち向かうことは難しく、また助けを求めるきっかけも得られないのが実情です。
配偶者に結婚直後から精神的、金銭的なDVを受け続けた富田ミキさん(仮名・40才)に、当時の苦しい実情や、そこからどう生き延びたかについて話を聞きました。

妊娠報告に「タイミングが悪い女だ」と言われて

今から、6年前。東京で学生時代からの恋人だった人と結婚したミキさん(仮名・40才)が、夫に対して初めて違和感を覚えたのは、第1子の妊娠が判明したときだったと言います。

「つき合っているときは、なんの問題もなくて、2人の念願がかなって結婚したと思っていました。結婚後、割と早い段階で妊娠がわかり、とてもうれしかったのを覚えています」(ミキさん)

きっと喜んでくれるだろうと妊娠の報告をすると、返ってきた言葉は、衝撃的なものでした。

「『は? なんで今? タイミング悪いな』
望んでいた妊娠じゃなかったのかと、ただただ驚きました。でも当時、彼は仕事が忙しく、昇進試験も控えていてピリピリしていたんです。きっとそのことで頭がいっぱいなんだ、と自分に言い聞かせながらも、心が冷える思いでした」(ミキさん)
 
確かに今はタイミングが悪いのかもしれない。それでもきっと、生まれてきたら喜んでくれるはず・・・ミキさんはそう信じて、妊娠期を過ごしていました。
ところが切迫早産になり、緊急入院を余儀なくされることに。そのまますぐに帝王切開が行われ、生まれてきた男の子は元気だったものの、ミキさんは出産時の出血多量で合併症が併発し、出産後すぐにMFICU(母体胎児集中治療室)に入ることになりました。

「そのときもベッドで寝ている私に、彼は『本当にタイミングが悪い女だな。なぜ俺が忙しいときに入院なんかしてるんだ』と吐き捨てたのです」(ミキさん)

しつけと称した暴力、不倫・・・DVがエスカレート

がくぜんとした思いを抱きながら、それでも退院後は、必死に子育てをしていたミキさん。大企業で働き、いつも忙しくほとんど家に帰らない夫に頼らず、ほとんど1人で息子を育てていました。ところが、息子が1才になったころ、夫が驚くことを言い出します。

「いつごろから、たたいていいものなの?」

「思わず耳を疑いました。彼は子どものしつけはたたいてするものだと思い込んでいたんです。実際に、息子がささいなことでぐずったりすると、息子を蹴ったりたたいたりするようになりました。私が止めると『お前がちゃんとしつけをしないからだ!』と、どなられる・・・。そんな日々の中で、私は夫の暴力を止めることができず、全部私が悪いんだと思いこむようになっていきました」(ミキさん)

そしてミキさんは、休日には、疲れて家で休んでいる夫の機嫌を損ねるのを恐れ、朝早くからおにぎりと水筒を持って、幼い息子と公園を渡り歩くようになったと言います。

「暗くなるまで1日中、あちこちの公園をはしごするんです。何人もの親子連れが帰っていくのを、5組、6組と見送るのがとてつもなくむなしかったのを覚えています」(ミキさん)

子どものおやつなどを購入すると、帰宅後夫がレシートをチェック。「必要」とみなされたものだけ”返金”されるというしくみでした。日常的な買い物も、夫が「無駄づかい」とみなしたものは、自分で払うしかありませんでした。

さらにそのころ、夫の不倫が発覚します。落胆するミキさんに、夫は「お前がちゃんと俺の世話をしないからだ!」と逆上。「息子のしつけもできないし、妻としての務めも果たさない、俺より稼いでからものを言え」と責められたと言います。
挙げ句、義理の両親からも「不倫は妻の務めを果たしていない証拠」だとして、電話で2時間説教されるなど、とんでもない仕打ちを受けて、ミキさんの心はどんどん追い詰められていきました。

毎日のように夫からどう喝されるという異常な日常生活。しかし、当時は、夫や義両親の主張が間違っていると思える状態ではなかった、とミキさんは振り返ります。

「今から思えば、元夫や義両親の言っていることがおかしいことはわかります。でも、当時は、『自分はダメな女だ』『情けないし、何ひとつちゃんとできない』と彼の口癖のままに、ひたすら自分を責めるようになっていきました。『お前のどこがダメかを教えてやるから、反省文を書け』と毎日のように言われ、自分を見失っていくばかりでした」(ミキさん)

「それはDVだ」と上司に言われ初めて気づいた

もっと早い段階で、実の両親や友だちに相談することができていれば、何か違ったのかもしれない、とミキさんは言います。しかし当時は誰かに相談することなど思いつきもしなかったし、そんな気力も残っていませんでした。ただただ夫を怒らせないように必死で、職場と自宅を行き来する毎日だったと言います。

ミキさんは長年市役所で仕事をしていました。結婚後、元夫は専業主婦になることを望んでいましたが、1日4〜5時間だけパートタイムとして働いていました。ところが心身ともに疲弊していた彼女は、ある日、仕事で大きな失敗をします。

「取り返しのつかないほどの大きなミスで、もう仕事を続けられないと上司に辞職の意思を伝えるつもりでした。面談の場で上司に、『なぜあんな、普段絶対にしないような大きな間違いをしてしまったの?』と聞かれ、『心と体がバラバラで、もうどうしていいかわらかないんです。私のように能力がない人間は働き続けることはできません。辞めさせてください』と答えました」(ミキさん)

前々からミキさんの異変を感じていた上司は、ミキさんの家庭のことを詳しく聞いてきたと言います。そしてひと言、「それはDVだよ」と伝えられます。

「それまでも、もしかしたらと思ったことはあったけれど、ああ、自分が受けていたことはDVだったんだ、とはっきり自覚したのはこのときでした。上司は、とにかく早く病院にかかったほうがいいと、精神科を紹介してくれました」(ミキさん)

精神科で治療を受け始めると、医師からも子どもを連れて家を出ることをすすめられました。しかし、それでもミキさんは「いつか彼も変わってくれるはず」と心のどこかで期待をし続け、踏ん切りをつけることができないでいました。

しかし、期待はむなしく夫が改心することはなかった、とミキさんは言います。
ミキさんは現在、DVを日常的に受ける状況からは抜け出せています。しかし、そこに至るまでには大きな勇気と、外部からの助けが必要だったのです。

【吉岡マコさんより】DVから逃げられないでいる人は、どうか支援機関に相談を

暴力の加害者は、自分が加害していることを自覚していません。密室での暴力は第三者による目撃がないためどんどんエスカレートします。被害者はそれが暴力であることに気づけなくなるほど心にダメージを受け、自分を責めるようになり、仕事にも子育てにも支障がでるようになります。いちばん大切な人であるはずの相手からの暴力には、このような深い闇があります。パートナーシップを大切にすることと暴力に耐えることとはまったく別のことです。DVには、殴る蹴るなどの身体的暴力だけでなく精神的、性的、経済的暴力も含まれます。暴力から逃げられずにいる方は、1人で悩まずに、支援機関に相談してください。安全で平和な日々は取り戻せます。

お話/富田ミキさん(仮名) 監修/吉岡マコさん 取材協力/NPO法人シングルマザーズシスターフッド 取材・文/玉居子泰子、たまひよONLINE編集部

自分がDVの被害者であることに気がつかないうちに、状況が悪化していくミキさんの体験談は、決して特別なものではありません。相手に洗脳されるように、ひどい仕打ちが通常化してしまうことが、家庭内暴力のもっと恐ろしいことではないでしょうか。ミキさんの場合は、職場の上司からのアドバイスが、回復への第一歩となりました。周囲の人が、気を配り、おかしいと思ったら話を聞いてあげる。そんなことも大切なのかもしれません。

吉岡マコさん(よしおかまこ)

PROFILE
NPO法人「シングルマザーズシスターフッド」代表理事。東京大学で身体論を、同大学院生命環境下学科で運動生理学を学ぶ。1998年に出産後、ひとり親になった経験から産後ケアプログラムを開発。NPO法人「マドレボニータ」を設立し、産後ケアの普及に力を入れる。2020年12月、同代表を退き、シングルマザーのセルフケアとエンパワメント支援に専念するため、「シングルマザーズシスターフッド」を創設。 著書に『みんなに必要な新しい仕事』(小学館)。

●記事の内容は記事執筆当時の情報であり、現在と異なる場合があります。

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