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445gで生まれたわが子。さまざまな困難を乗り越え今は11歳に。できないことよりできることを大切に【体験談】

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綾子さんが作った肌着を着ている、3カ月のときの瑞樹くん。

20歳の長女、15歳の長男、11歳の二男の3人の子を持つ谷山綾子さん。二男の瑞樹くんが、妊娠23週でわずか445gで生まれたのは、2012年2月。生後4カ月で退院しましたが、成長するに従い発達の遅れが目立つように。谷山綾子さんに瑞樹くんの成長の様子を聞きました。

小さく産んで自分を責めていた日々を救ったのは、瑞樹くんの肌着作り

445gで生まれたばかりの瑞樹くん。

23週(妊娠6カ月後半)、わずか445gの瑞樹くんを緊急帝王切開で出産した谷山綾子さん(以下綾子さん)。瑞樹くんは、生まれたらすぐにNICU(新生児集中治療室)に入院。綾子さんは10日ほどで退院しましたが、退院後、自宅から毎日、瑞樹くんに会いに通いました。

「当時は445gで生まれた瑞樹の体に合う肌着がなくて本当に困っていました。NICUは、肌着で過ごすのですが、瑞樹は新生児用の肌着だとブカブカで。
そのため私は裁縫が得意ではないけれど、新生児用肌着の型紙を縮小コピーして、瑞樹のサイズに合うように手縫いで肌着を作りました。しかしNICUに行って、実際に瑞樹に着せてみると、袖の長さはちょうどいいのに、腕回りがきつかったりして、新生児用肌着の型紙を単に縮小して作ってもダメだとわかりました。丈はちょうどいいのに、おなか回りがきついという失敗もありました。失敗を繰り返して、やっと成功した肌着は5着でした」(綾子さん)

綾子さんが瑞樹くんのために作った肌着は、NICUで評判に! 看護師さんや、同じようにNICUに入院している赤ちゃんをもつママたちに「かわいいね」「ジャストサイズでいいな~」と言われました。
また瑞樹くんの肌着作りを始めて、綾子さんの心にも変化が表れてきました。

「瑞樹を産んだときは『こんなに小さく産んでしまったのは私のせいだ』と、自分を責めていました。退院して自宅に戻ったあとも、気分の浮き沈みが激しくて、急に『今日は瑞樹のところに行きたくない』と思うこともありました。そういうときは夫が『いいよ。今日は僕が行くから』と代わってくれました。
でも家にいるとますます気分が沈むし、『瑞樹に何かあって、病院から電話がかかってきたらどうしよう』と不安が募り、自分でもどうしたらよいのかわからないときがありました。こうした心理状態の中で、瑞樹の肌着を作る時間は、私の心の救いでした。生後2カ月までは保育器の外からしか見ることができず、瑞樹の名前を呼んだり、話しかけたりするのも保育器の外からです。瑞樹には、何もしてあげられなくて『ごめんね』という気持ちでいっぱいだったのですが、肌着を作ることで瑞樹のために何かしてあげたいという気持ちが満たされました」(綾子さん)

1、2歩歩けたのは1歳7カ月。1語文が出たのは3歳

未熟児網膜症で視力が悪くなり眼鏡をしている8歳のときの瑞樹くん。プログラミングをしているところ。

瑞樹くんが退院できたのは生後4カ月になってからです。医師からは「退院後は、普通の赤ちゃんと同じような生活でいいですよ」と言われたものの、月日がたつにつれ発達の遅れが気になったと言います。

「退院後も1年間は、入院していた県立こども病院に1カ月に1回行って、発達などを診てもらいました。今も1年に1回、通院しています。また瑞樹は、生後3カ月半のとき、未熟児網膜症の治療でレーザー手術を受けたので、眼科にも定期的に通院しています。6歳(小1)から眼鏡をかけたのですが、視力が左右とも1.0に回復したので、2年前に眼鏡をはずしました」(綾子さん)

2歳のときに療育手帳をもらう

8カ月の瑞樹くん。ママが支えていないとまだおすわりができません。

瑞樹くんは23週(妊娠6カ月後半)で小さく生まれたので、発達の遅れはある程度しかたないと、綾子さんは思っていました。

「瑞樹が支えなしでおすわりできたのは9カ月ごろ。はいはいできたのは1歳過ぎでした。運動発達の遅れは、ある程度しかたないと思っていたのですが、気になったのが言葉の遅れです。
喃語(なんご)は出るのですが2歳過ぎても『まんま』『ママ』などの言葉が出ず、3歳にってやっと1語文は出たのですが、発音がはっきりしません。『ブーブー 来た』などの2語文は話せません。そうしたことから療育手帳をもらいました。

言葉や運動発達を促すため発達支援センターにも通いました。
私が仕事を始めたため、瑞樹は年中から保育園に入園したのですが、入園してから1年もたたないうちに、語彙(ごい)がどんどん増えて、すごくおしゃべりが上手になりました。やっぱりお友だちの影響って大きいな~と痛感しました。療育手帳は小学校1年生のときに返しました」(綾子さん)

医師のアドバイスで、瑞樹くんの得意なこと・いいところを伸ばして育てるように

瑞樹くんの11歳の誕生日。445gで生まれたとは思えないほど大きく成長。

瑞樹くんは、2023年4月から小学校6年生になります。

「発達検査ではワーキングメモリ(記憶力)が弱いとわかり、学習面に影響も出ています。また二つのことを同時に行うことも苦手です。
瑞樹は2月の早生まれなので、クラスの中で余計にできないことが目立ってしまうのかな? とも思うのですが、瑞樹よりも先に生まれたお友だちといるからこそ、刺激を受けてできることが増えているようにも感じます。

瑞樹が生まれた県立こども病院の医師からは『できないこと・苦手なことばかりに目を向けるよりも、瑞樹くんの得意なこと・いいところを伸ばしてあげてください』と言われたので、これからも瑞樹の前向きなところや、好奇心旺盛なところを伸ばしながら育てていこうと思います」(綾子さん)

瑞樹くんが5歳のときにオンラインショップをオープン

綾子さんが手がける『BABY STORIA』の低出生体重児用の肌着。

瑞樹くんが3歳になったころ、綾子さんは自身の経験から「小さく生まれた赤ちゃんの肌着のことで悩んでいるママたちの力になりたい」と思うように。

「夫に低出生体重児の肌着専門店を開きたいと相談したら『やりなよ!』と背中を押してもらえました。
商品化に向けた準備として、NICUで知り合ったママたちに、赤ちゃんの身長、体重などを聞いて、それをもとに知り合いのパタンナーさんに型紙を作ってもらったり、裁縫が得意な夫の母やママ友だちに手縫いでサンプルを作ってもらったりするなど、まわりの人たちに本当に協力してもらいました。
また、私はアパレル関係の仕事は経験がなかったので、どういう縫製工場にお願いすると受けてもらえるのかわかりませでした。そのため縫製工場に100軒ぐらい電話して断られ続けてしまったのですが、1軒だけ受けてくれる工場を見つけて商品化にこぎつけました」(綾子さん)

そして瑞樹くんが5歳のときに、低出生体重児の専用肌着のオンラインショップ『BABY STORIA』をオープンしました。
「STORIAはスペイン語で、ストーリーです。『BABY STORIA』には、赤ちゃん一人一人に物語をという意味が込められています。
また『BABY STORIA』の肌着は、サイズや着心地のよさだけでなく、カラフルな色も特徴です。
私自身も、NICUに入院している瑞樹を見ていたときは不安な気持ちが強かったのですが、ママやパパには不安な気持ちよりも『かわいい』と思ってほしくて、ビビッドカラーで展開しています」(綾子さん)

お話・写真提供/谷山綾子さん 取材・文/麻生珠恵、たまひよONLINE編集部

谷山綾子さんは「一時は命の危険があるといわれた瑞樹を救ってくれた、日本の医療と国民皆保険制度に感謝している」と言います。日本は、深刻な医師不足問題を抱えています。綾子さんの夫は長年にわたり予備校の講師をしていて、2023年2月から綾子さんが代表を務めて、医学部対策コースがある「藤沢予備校」を開校しました。
「小さく生まれた赤ちゃんのために、日本の医療のために。私たちができることは何か? これからも考えていきたい」と話します。

「たまひよ 家族を考える」では、すべての赤ちゃんや家族にとって、よりよい社会・環境となることを目指してさまざまな課題を取材し、発信していきます。

ベビーストリア (babystoria.net)

●この記事は個人の体験を取材し、編集したものです。
●記事の内容は記事執筆当時の情報であり、現在と異なる場合があります。

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