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心臓に穴があき、左手が短く生まれてきた息子。いくつもの困難を乗り越え、義手という相棒とともに生きる【医師監修】

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1歳4カ月ごろ、手先が丸い義手をつける練習を始めた翔太くん。

東京都に暮らす向井貴之さん(仮名・44歳)、美幸さん(仮名・48歳)の長男・翔太くん(仮名・8歳)は、生まれつき左腕の先が欠損していて、義手を使いながら生活しています。生まれたときには心臓疾患もあり生死をさまよったこともあったのだそうです。翔太くんが生まれてからこれまで、いくつも困難を乗り越えてきた経緯について、貴之さんと美幸さんに詳しく聞きました。全3回のインタビューの第1回です。

心臓に穴があいていて、左手が短く生まれてきた長男

翔太くんは、2014年5月の初めごろ、体重1100g、身長33cm、妊娠30週での早産で生まれました。仕事をしていた美幸さんは、お産入院の準備も、赤ちゃんを迎える準備もまだしていなかったと言います。

「2014年4月のある日曜日、夫婦で朝ごはんを食べていたら突然破水してしまって、すぐにタクシーでかかりつけの産婦人科に行ったんです。まだ妊娠27週だったので、赤ちゃんが早く生まれたときのためにNICUが必要ということで、NICUがある病院に救急車で搬送されました。その病院で赤ちゃんの状態を検査をしたところ、なんと心臓に穴があいているとわかったんです。心臓の治療のためにそこからさらに東京大学医学部附属病院(以下、東大病院)に搬送されることになりました」(美幸さん)

それまでの妊婦健診では経過は順調と言われていて、心臓のこともとくに指摘はありませんでした。東大病院に入院してから子宮収縮を抑制する点滴などの処置を受けていましたが、5月初めの妊娠30週のころに陣痛が始まり出産となります。

「出産当日の前夜、なんとなく眠れずに過ごしていたら早朝に妻から『陣痛が来た』と連絡があり、すぐ病院に駆けつけて出産に立ち会うことができました。息子を取り上げた助産師さんに『左手が短いです』と言われ、その手を見てちょっと驚きました。ただ、手のことよりもまず心臓の処置が先です。抱っこすることもかなわないまま、息子はあわただしく保育器に入れられ、NICUに運ばれていきました」(貴之さん)

翔太くんの心臓の病気はファロー四徴症(しちょうしょう)という難病の心臓疾患でした。心臓には左右に心房と心室の4つの部屋がありますが、翔太くんの心臓は、2つの心室の間の壁に穴があいている症状でした。

「息子の症状は、心臓に穴があいているために、新鮮な酸素が含まれた血と、二酸化炭素や老廃物が含まれた血が混ざってしまい、血液中の酸素がたりなくなってチアノーゼが起こると説明を受けました。1100gの小ささではすぐには心臓の手術ができないため、しばらく入院する必要があるとのことでした。

そして、手術は2回行う必要があり、1回目は体重が2500gほどに大きくなってから、チアノーゼを改善する目的で肺への血流を増やすため心臓に人工血管を入れる手術。そして、2回目は1歳以降に心室中隔の欠損をふさぐ手術をすると説明がありました」(美幸さん)

心臓の手術は成功。そして手のことが心配に・・・

無事に心臓の手術が終わったころ。翔太くん7カ月。

NICUに入院した翔太くんは、小さい体に、モニターや点滴の管、栄養をとるためのチューブなどがつながれている状態。産後5日ほどで先に退院した美幸さんは毎日NICUに通う日々が続きます。

「NICUで保育器に入っている息子は、黄疸の光線治療のため目がガーゼで保護されて顔もよく見られず、触れることもできない状況でした。何かあるたびに心電図や血圧のモニターのアラームが鳴り、息子の周囲には緊迫した空気が流れていました。看護師さんたちが24時間息子を診てくれていましたが、この子は生きていくことができるのだろうかと不安で不安でたまりませんでした。病院で面会しているとき以外の時間は、電話がなるたびに病院からの連絡ではないか、とドキッとしていました。

医療スタッフの方たちの懸命な看護のおかげもあり息子は少しずつ大きくなってくれて、生後2週間くらいのときには保育器に手を入れて初めて触れることができました。薄い皮膚はあたたかく湿っていて、愛しさが込み上げました。生後2カ月ごろには、やっと保育器から息子を出してもらい抱っこができました。息子の髪の甘いような不思議なにおいをかいで『生きてくれている』と、とっても幸せな気持ちでした」(美幸さん)

NICUへの入院は4カ月ほど続き、翔太くんの体重も順調に増えていきました。

「体重が増えたこともあり、9月に人工血管を入れる手術をすることになりました。2〜3時間ほどのこの手術が無事に終わったら、チアノーゼが出にくくなるので退院できると聞いて、やっと家族一緒に自宅で過ごすことができる、ということに本当にうれしい思いでした」(貴之さん)

ただ、心臓の手術が決まり、退院のイメージができてくると、今度は短い手のことが気になり始めたと言います。

「息子の短い左腕での生活は、どんなふうなんだろう、どんなことができないのか、お友だちができるような年齢になったらいじめられたりしないかな、と新たな心配事でいっぱいになりました」(美幸さん)

義手で「できることを増やしてあげたい」と前向きになれた

翔太くん、12カ月ころ。義手をつけ始める前。おもちゃの積み木で遊んでいる様子。

9月に心臓の手術が無事に成功し、経過を見て10月に退院できるとわかったころ、美幸さんと貴之さんは子ども用の義手について知ることになります。

「新生児科の主治医の先生が、息子の短い左腕のために、東大病院のリハビリテーション科で小児義手を専門に研究している藤原清香先生を紹介してくれたんです。そして10月の退院後にリハビリテーション科の外来を受診して、小児の義手について詳しい説明を聞きました。翔太が9カ月のときのことです」(美幸さん)

「生まれつき手が欠損している子は、片手でも9割以上の動作は問題なくできると言われているけれど、タオルをしぼる、鉄棒につかまるなど、どうしても両手が必要な動作があり、片手ではできない動作も義手があればできることの幅が広がる、という説明でした。

『海外では、赤ちゃんがはいはいするための義手を使うことは一般的。小さいころから義手を使うと、義手をわずらわしい物と思わず両手動作ができるようになる』という話もありました」(貴之さん)

手が欠損していることを個性の一つとしてとらえる考え方もありますが、「子ども自身がやりたいことに『手に障害があるから』とストップをかけ成長する機会を失わせたくない」という藤原先生の考えに、貴之さんと美幸さんはとても共感できたのだそうです。

「息子の未来を不安に思っていたけれど、先生の前向きな考えを聞いて私も夫も『できることを増やしてあげたい』と前向きに考えられるようになり、息子に義手をつけさせることを決めました。

日本でも小児を対象に義手の装着訓練などを行う医療機関は、4カ所ほどしかないと聞いています。たまたま息子が生まれた病院で、小児義手の専門の先生に出会えたことは本当に幸運としか言いようがありません。生まれた病院で子どもの心臓疾患と腕の欠損のどちらも診てもらえるのはすごく心強かったです」(美幸さん)

そして翔太くんは2015年の9月、1歳4カ月のころから義手を使い始めることになります。

「今、翔太は小学校2年生で、装飾用義手といって肌色のシリコン製でグーの形の手先のものと、能動義手といってワイヤーを使って手先を動かすもの2種類の義手を使っています。小さいころから長時間つけるようにしていたからか、嫌がることもなく、つけることが当たり前のように義手を使えるようになりました。体の成長に伴って作り替えるので、8歳になった今使っているものは装具を入れて数えると7代目くらいになります。学校にいる間は義手を使って、自宅や習い事のときには義手を外す、など本人が使い分けられるようになりました」(美幸さん)

【藤原清香先生より】心臓の治療を優先しながら、手の障害の治療も並行して

翔太くんが2歳になったころから、指の形の手先の練習を始めました。

翔太くんは心臓の病気も抱えていたので、その治療を最優先にしつつも体は成長していくので手の障害についても、併行して考えていく必要がありました。初めて翔太くんを診察したときは、ひじが深く曲がったままで義手を装着するのが難しかったため、将来的に本当に義手を装着するつもりならば、0歳のころから装着する腕の治療を開始して対応する必要がありました。ひじの曲がりの角度を少しでも広げて、義手を装着しやすい状態になったところで、実際に義手を製作しました。両手の長さをそろえて、本来あるべき腕の形を義手で補い、さまざまな遊びを翔太くんが体験できるように治療しました。2歳くらいまではいろいろな体験に対して嫌がることが少ないので、義手をつけても嫌がることはほとんどありません。また、義手をつけてたくさん楽しい遊びを行うことで、「義手をつけると楽しい」と本人が思えるように、おうちでもいっぱい義手を使って遊んでもらいます。そうすることで、大好きなおもちゃで遊ぶのに義手をつけているのがあたり前、と本人が自然と考えるようにうながして治療を行っていきます。

写真提供/向井貴之さん・美幸さん 監修/藤原清香先生 取材・文/早川奈緒子、たまひよONLINE編集部

小さく生まれ、心臓の手術を乗り越え、義手という大切な相棒を手にした翔太くん。美幸さんは「もしお子さんの手の障害で悩んでいる人がいたとしたら、義手に限らず、お子さんに合うと思うものを使ってみたらいいと思う。工夫次第で生活が楽しく豊かなものになるよ、と伝えたい」と言います。

●記事の内容は記事執筆当時の情報であり、現在と異なる場合があります。

藤原清香先生(ふじわらさやか)

PROFILE
東京大学医学部附属病院リハビリテーション部 准教授。一般社団法人ハビリスジャパン理事。北京パラリンピック日本選手団帯同医、東京パラリンピック選手村総合診療所サブチーフマネージャーも務める。2012年にカナダへ留学し、子ども用の義手について学び、帰国後は現職で小児の義手とリハビリテーション診療を専門としている。

『いろんなおててとぼく』

生まれつき左手に障害がある男の子「さつきくん」が、義手という大切な相棒とともに成長する物語。「さつきくん」が義手を使っていろんなことに挑戦する姿が描かれています。売り上げの一部は一般社団法人ハビリスジャパンの活動を通じて手足に障がいのある子どものために使われます。藤原清香・いつきみどり著/1500 円(一般社団法人ハビリスジャパン)

『いろんなおててとぼく』(絵本はここから購入できます)

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