「生涯、歩行は困難」と言われた赤ちゃんが歩けるように!なす術のない病気だったSMA(脊髄性筋萎縮症)今、治療が飛躍的に進歩。早期発見が大切【専門医】
脊髄性筋萎縮症(以下SMA・エスエムエー)は、出生2万人に対して1人前後の発症率といわれる難病です。以前は治療薬がなく、1人で立ったり、歩いたりすることができない病気でした。生後6カ月までに発症すると、人工呼吸器を装着しない場合95%が1歳6カ月までに亡くなるともいわれていました。
しかしSMAの治療は、数年前から飛躍的に進歩しています。SMAの治療の第一人者である、東京女子医科大学ゲノム診療科 特任教授 齋藤加代子先生に話を聞きました。
SMAの発症率は2万人に約1人。筋力の低下で歩いたりすることが困難に
SMAは、遺伝子の病的変異によって起きる、まれな病気です。ALS(筋萎縮性側索硬化症)と同じ範ちゅうに入る病気です。
――SMAとは、どういう病気なのか教えてください。
齋藤先生(以下敬称略) SMAは、出生2万人に対して約1人の発生率といわれる難病です。男女差はありません。
運動神経細胞生存遺伝子に病的変異があるために、運動神経が機能せず、徐々に筋力が低下し、筋肉が細くなっていきます。
――SMAにはいくつか型があるそうですが。
齋藤 SMAにはいくつかの型があり、発症時期などによって分けられます。乳児・小児にはⅠ型、Ⅱ型、Ⅲ型の3つの型があります。
Ⅰ型は、生後6カ月ごろまでに発症するもの。早期に適切な治療をしなければ、運動発達が停止し、ささえなしに座ることができず、泣く声も弱々しく、母乳やミルクを飲む力も弱いです。治療法がなかった時代では、人工呼吸器を装着しなければ95%は1歳6カ月までに亡くなるといわれていました。
Ⅱ型は、発症は1歳6カ月まで。早期に適切な治療をしなければ1人で立ったり、歩いたりすることができません。しだいに手指がこまかく震えたり、背骨が変形したりしてきて、肺炎などを起こしやすく、呼吸不全におちいることもあります。
Ⅲ型は、発症は1歳6カ月以降。それまで1人で立ったり、歩いたりできていたのに、発症後徐々に転びやすくなったりします。適切な治療をしなければ、しだいに立てなくなったり、歩けなくなり、腕を上げるのも困難になり、自分で髪の毛をとかすことができなくなったり、スプーン、箸を口に運べなくなるというような症状が出てきます。
乳児で、ほかの子より泣き声が小さい、手足をバタバタ動かさないときは念のため小児科へ
SMAは早期発見・早期治療が第一ですが、発見するのが難しい一面もあるそうです。
――SMAは、どのようにして見つかることが多いのでしょうか。
齋藤 乳幼児の場合は、乳幼児健診で異常が見つかることが多いです。腕や足の力が弱かったり、おすわりなどの運動発達が遅いと、大学病院などの大きな病院を紹介されて、診断がつくこともあります。
しかしSMAは出生2万人に対して約1人の発生率といわれる珍しい病気なので、単なる発達の遅れと判断する小児科医もまだ多く、見逃されるケースもあります。「経過観察」といわれて様子を見ているうちに、症状が進行してしまうこともあります。
――ママ・パパが気づくことはできないのでしょうか。
齋藤 SMAの赤ちゃんは、いくつかの特徴があります。
●ほかの赤ちゃんと比べて、泣き声が小さい・弱々しい・動きが少ない
●手足をバタバタと動かさない
●ミルク、おっぱいの飲みが悪い
●首がすわらない、または首がすわったはずなのにグラグラする
このような様子が見られたら、かかりつけの小児科で相談してほしいと思います。
SMAの治療は早期発見・早期治療がカギとなります。とくに生後6カ月までに発症するⅠ型は進行が早いです。このあとでも説明しますが、治療薬の中には2歳未満でないと使えない薬もあります。
1995年に原因遺伝子が見つかり、治療が飛躍的に進歩
SMAが治療できる病気となったのは、わずか数年前からです。それまでは診断がついても、治療ができない病気といわれていました。
――SMAは、どのようにして診断がつくのでしょうか。
齋藤 確定診断は遺伝学的検査です。SMAの原因遺伝子である運動神経細胞生存遺伝子は第5染色体(5q13という部位)に存在しています。
1995年にこの原因遺伝子が発見されてから治療薬の開発が一気に進みました。
――SMAの治療が進んだのは、最近と聞いています。それまでは治療ができない病気だったのでしょうか。
齋藤 2013年ごろに、ドイツのフランクフルトでSMAの治験のミーティングが開かれました。それには私も出席しました。
その中で治験に参加していたⅠ型の子が亡くなったという報告があり、私は「なぜ亡くなったのでしょうか?」と質問したところ、寝たきりだった子が、薬の効果で急に自分で寝返りをうったためベッドから転落して亡くなったというのです。
とても残念な事故死でした。ママ・パパも、まさか寝返りをするとは思わなかったのでしょう。
私は「薬の効果で、これまで寝たきりだった子が、寝返りをうてるようになる!」ということに衝撃を受けました。
当時は、SMAと診断されても、治療薬がないので、なすすべがありませんでした。「最も出会いたくない病気」という小児科の医師も多かったと思います。
治療薬がないので、SMAと診断された子どものママ、パパに医師が伝えることができるのは「何もせずにこのまま過ごして、赤ちゃんをみとりますか? それとも人工呼吸器をつけて過ごしますか?」ということだったんです。
Ⅰ型は進行も早く、何もしなければ平均生後6~9カ月で亡くなってしまいます。治療薬がなかった時代は、1歳半までには95%の子が亡くなるといわれていました。
ミルクが飲めなくなったり、呼吸がしづらくなったりして、だんだん弱っていく赤ちゃんを見るのは、医師としても本当につらかったです。
日本では3種類の薬を承認。1回のみの投与で高い効果が期待できる遺伝子治療薬も
日本では2017年に「スピンラザ®」という治療薬が。それからわずか数年のうちに新たに2種類の治療薬が承認されたことにより、「SMAは治療できる病気」に変わりました。齋藤先生も治験に参加しています。
――2023年4月現在のSMAの治療について教えてください。
齋藤 SMAには3種類の薬があります。どの薬も正常なたんぱく質を増やして、運動神経がきちんとはたらくように作用します。
1つは、2017年7月に製造・販売が承認された「スピンラザ®」です。一定期間ごとに背中から脊髄のところに注射をします。
2つ目は、2020年5月に製造・販売が承認された遺伝子治療薬「ゾルゲンスマ®」です。SMN1遺伝子を静脈注射で投与して、細胞の核に取り込ませます。投与は1回のみで、2歳未満でないと投与できません。投与の時期が早ければ早いほど効果は高いです。
3つ目は、2021年6月に製造・販売が承認された「エブリスディ®」です。シロップの内服薬で、1日1回同じ時間帯に服用します。
――「ゾルゲンスマ®」は1回のみの投与とのことですが、1回で完治するのでしょうか。
齋藤 Ⅰ型で自立歩行が困難な子も「ゾルゲンスマ®」を投与することで、自分で立って、歩けるようになる可能性が高いです。ただし個人差があり、時間の経過とともに転ぶ回数が増えたりする子もいます。そうした場合は、それ以上進行しないようにほかの薬を使い始めることもあります。
SMAは発症前の発見・早期治療がベスト。カギとなるのは、新生児マススクリーニング検査
治療薬ができて、SMAには新たな課題が出てきました。それはなによりも早期治療が大切な病気なので、発症する前に、SMAの子を見つけて治療を開始するということです。
――遺伝子治療薬「ゾルゲンスマ®」は2歳未満でないと投与できませんが、SMAは早期発見・早期治療が必要ということでしょうか。
齋藤 ベストは発症前にSMAの子を見つけて、薬を投与することです。
そのためには新生児マススクリーニングの検査対象にSMAを加えることが必要になります。新生児マススクリーニング検査は、生後間もない赤ちゃんのかかとからほんの少し採血するだけで行えます。
アメリカではほとんどの州で導入されていますが、日本では新生児マススクリーニング検査で調べられる病気は限られていて、SMAのスクリーニング検査については一部の自治体でしか行われていません。全国で実施するには、まだ時間がかかります。体制作りが必要です。
――上の子がSMAだと、次の子もSMAの確率は高いのでしょうか。
齋藤 SMAは遺伝子がかかわっている病気で、ママ、パパの両方が病気の因子をもつ保因者の場合、4分の1の確率でSMAの子が生まれます。保因者は、無症状です。上の子がSMAの場合は、次の子も4分の1の確率でSMAの子が生まれる可能性があるため、治療の準備をするために妊娠期に出生前診断をすることもあります。
出生前診断でSMAとわかれば、生まれたらすぐに「ゾルゲンスマ®」を投与するための準備をします。早い投与が効果的なので、ママやパパも前向きになって検査や治療に臨んでくれます。ひと昔前は、そうはいきませんでした。
わずか数年で、SMAを取り巻く環境は大きく変わっているのです。
全国で新生児マススクリーニング検査にSMAが導入され、少しでも早く治療をスタートすることができ、1人でも多くの赤ちゃんの命が救える状況になることを願っています。
お話・監修/齋藤加代子先生 協力/SMA(脊髄性筋萎縮症)家族の会 取材・文/麻生珠恵、たまひよONLINE編集部
SMAの新生児マススクリーニング検査は、2023年4月現在、現在20前後の都道府県で実施されています。ただし、実施している自治体でも、全域で行っているわけではなく、受検率が低い地域もあります。自己負担額も5000円から1万2000円ほどと、地域によって大きな差があります。
SMA(脊髄性筋萎縮症)家族の会では、2021年3月、厚生労働省を訪問し、『SMA(脊髄性筋萎縮症)新生児マススクリーニングの全国における実施体制の整備 及び その普及についての要望書』を提出。地域の格差をなくし、全額公費でSMAの新生児マススクリーニング検査が受けられるように活動を続けています。
●記事の内容は2023年4月の情報であり、現在と異なる場合があります。