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妊娠23週で604gと552gで生まれた双子。壊死性腸炎を発症した弟は、3回の手術をするも生後60日で空へ【多胎・低出生体重児】

更新

GCUに移動して1カ月が経った二男。体重は3200g近くまで増えました。

朝日新聞社withnews編集部の副編集長を務める河原夏季さん。夫と、6歳の長男、4歳の二男との4人家族で、都内で暮らしています。河原さんは2回目の妊娠で、妊娠23週のときに604gと552gの双子を出産しましたが、三男は生後2カ月で空へ旅立ってしまいました。
河原さんに、双子の1人、三男との別れのことや、二男の成長について話を聞きました。全2回のインタビューの後編です。

▼<関連記事>前編を読む

三男は2カ月で3度の手術を受け・・・

生後2週間頃、NICUに入院中の三男。

河原さんは妊娠14週で破水して入院した後、妊娠23週のときに604gと552gの双子を出産しました。552gで生まれた三男は、生後4日で消化管穿孔という腸に穴が開く病気にかかってしまいます。

「妊娠中に卵膜が破け羊水が減り、命を危ぶまれたのは二男でした。生まれた後、NICU(新生児集中治療室)に入院中に三男のほうが状態が悪くなり、手術を受けるために転院することになりました。二男がいる病院とは電車で30分くらいの距離です。私は帝王切開で出産してから1週間で退院しましたが、その数日後から三男の入院する病院に電車に乗って面会に通いました。コロナ禍で面会日数も限られていた上に、面会しても1〜2時間しかそばにいることができません。産後まもない時期でしたが、三男に会える貴重な時間、会いに行かない選択肢はありませんでした。

三男は2カ月ほどの入院期間で、3回もの手術を受けました。生後60日に近づいた6月下旬のある日、病院から電話で“三男の状態が急変した”との連絡が。千葉に住む義理の両親に来てもらって長男をお願いし、夫婦で三男の病院へ向かいました」(河原さん)

河原さん夫婦はその晩は病院に泊まり、翌日もずっと三男のそばで過ごしました。

「壊死性腸炎を発症していた三男は、合併症の影響なのか腎機能がうまく働かなくなっていて、全身のむくみがひどい状態でした。604gで生まれて小さくやせほそった体だった子が、水分で体中がむくんでしまっている状況で、顔も大きくふくらんでいました。

しだいに心拍がどんどんどんどん下がっていき、どういうふうに見送るか、という状況になったとき、やっと三男を保育器から出してもらえ、初めて腕に抱っこすることができました。もっとたくさん抱っこしてあげたかった・・・。でもここまで頑張って生きた三男の姿に『生まれてくれてありがとう』という気持ちでいっぱいでした」(河原さん)

生後59日を迎えた日の明け方。いよいよ、というときが近づき、医療スタッフたちは河原さん夫婦と三男が親子で過ごす時間を十分に設けてくれたそうです。

「先生や看護師さんも『かわいいですね』と声をかけてくれたり、足形を取ってくれたりしました。ありがとうとお別れを言う時間をたっぷり取ってくれ、写真もたくさん撮ることができました。最後にゆっくりじっくり親子で過ごす時間をもて、後悔のない別れができたと思っています。

三男が息を引き取ったあとには夫が沐浴をしました。小さな体には、三男が約60日間戦い続けてきた証がたくさん刻み込まれていました。夫は「本当によく頑張ったね」と声をかけながら、三男の体をきれいにしていました。沐浴のあとに産着を着せたのも、このときが初めてでした。

霊安室では、病院の医師や看護師さんたちが次々に三男にお別れを言いに来てくれ、病院から車で帰るときにも皆さんで見送りしてくださいました。三男は最後まであたたかい方たちに恵まれたと思います。葬儀までの2日間は、自宅で家族と過ごすことができました」(河原さん)

ギリギリな状態から危機を乗り越え、成長した二男

生後10カ月の二男。酸素をつけて外出しました。

一方、妊娠14週で破水し羊水が少ない中で頑張って生まれた二男は、肺がかなり未成熟でした。二男は呼吸器管理などの医療処置を受けながら、生後7カ月までNICUとGCU(新生児回復室)で過ごしました。

「二男は生まれた日から肺に出血があり、挿管されて、いちばん高い数値の酸素投与をされるというギリギリの状態でした。いくつもの命の危機を乗り越えた二男は、幸いなことに三男のように大きな手術の必要な症状はなく、少しずつ成長してくれました。妊娠14週で破水したときには、生きて生まれることはないだろうと言われた二男でしたが、生後7カ月で退院するころには体重は4390gまでに。抱っこするとずしんと感じるほどでした」(河原さん)

予定日より4カ月早く生まれた二男は、羊水が少なく肺が弱かったために在宅酸素の医療的ケアが必要だったほかに、発達がゆっくりなために療育サポートを受ける必要がありました。

「退院するときは、24時間の在宅酸素療法を続けるための医療機器を持ち帰りました。
また、二男の発達を促すリハビリを受けるため、病院側が地域のリハビリステーションや保健師さんとつなげる顔合わせをしてくれました。
退院後は週3回くらい理学療法士さんが訪問に来てくれ、輪っかをつかむとか、支えながらバランスボールに乗せてバランスを取らせてみるとか、支えながら歩くように足を動かしてみる、などの刺激を与えてくれていました。いろんな方に頼って、わからないことはアドバイスをもらって、不安なく子育てができたと思います」(河原さん)

二男は恐竜が大好きでおしゃべりな男の子に

二男生後10カ月。2歳年上の兄は弟にメロメロでした。

河原さんは、1年間の育休を経て復職。河原さんが育休中、夫も一緒に1年の育休を取得して、二男のリハビリや長男の保育園の迎えを担当してくれたそうです。

「二男は、退院後10カ月近く経った8月くらいには、在宅酸素が夜間のみの使用になり、日中ははずせるようになったため、保育園に入れるようになりました。

早期からリハビリを受けたことや、上にお兄ちゃんがいること、保育園に入れたことなどから、たくさんの刺激があったようです。2歳で保健所の発達検査を受けたときには、『修正月齢で見ると、順調な発達です』と言われました」(河原さん)

もう1つ、成長の面で心配なことは二男に股関節脱臼があることです。

「羊水がなくおなかの中で足を動かすことができなかった影響もあって、二男は生まれつき両足の股関節が脱臼した状態でした。歩いたり走ったりはできるけど、45度くらいまでしか開脚できません。抱っこひもで抱っこしようとすると、抱っこひもに合わせた状態まで足を広げることができず、痛くて嫌がっていました。今後、股関節脱臼を治す手術が必要になるかもしれないそうです」(河原さん)

脱臼はしているものの、二男は2歳で1人歩きができるようになり、2歳8カ月には不安定ですが小走りできるようにもなりました。

「4歳の今は、おしゃべりが大好きな男の子に成長しています。保育園でお友だちと遊んだと話してくれたり、恐竜が大好きなので『恐竜のYouTube見ていい?』と聞いてきたり、しっかり自己主張するタイプです。股関節が動きにくいながらも体を動かすことも好きで、最近は保育園の体操時間を楽しみにしています。家でも先生のまねをして体操をしていました」(河原さん)

必要な人に情報が届くように、貴重な体験を発信し続けたい

4歳になった二男。お兄ちゃんのマネをしてブリッジをしているつもりになっているのだとか。

早産と、双子の1人との別れ。命に向き合う数カ月を過ごした河原さんは、自身のメンタルケアを考える余裕もなかった、と言います。

「産後すぐから、別々の病院のNICUで過ごす2人に面会するためあわただしい毎日でしたし、何より2人が小さな小さな体で、頑張って生きていることに励まされていました。子どものことが優先で自分の体やメンタルについて考える余裕はありませんでしたが、夫が育休に入る調整をしてそばにいてくれたことや、2人が入院する病院の臨床心理士の方に話を聞いてもらえたことは、ありがたかったです」(河原さん)

産後1年で復職した河原さんは、自身が早産を経験したことで、新聞記者としての仕事で扱うテーマにも変化があったといいます。

「それまでも子育てをテーマに取材して発信していましたが、新たに低出生体重児を出産した方の体験を取材する連載を始めました。早産になるかもしれない人たちが、情報がほしいと思ったときに探して見つけてもらえるように、たくさんの体験談や医療情報を発信したいと思ったんです。

多くの女性は、妊娠中は何が起こるかわからないということを知識として知っていたとしても、早産とはどういう状況なのか、破水するとどんなリスクがあるのか、実際に起こることを知らない人が多いと思います。私自身もそうでした。14週で破水したとき、そもそもそんなに早い週数で破水することを考えていませんでしたし、破水してしまった場合のリスクについてもまるで知りませんでした。

小さく生まれる赤ちゃんの割合はここ数年変わっていません。最近はメディアやSNSで早産の体験談を目にする機会も増えていると思いますが、今後も情報を求めている人に届くように、記事を配信し続けていきたいと考えています」(河原さん)

お話・写真提供/河原夏季さん 取材・文/早川奈緒子、たまひよONLINE編集部

三男との思い出を涙とともに振り返りながら「三男が早くに転院してしまったので、双子が並んだ写真を撮ってあげられなかったことが唯一の心残りです」と話してくれた河原さん。河原さんはwithnewsの不定期連載のほかに、「マイストーリーレター」というメルマガサービスで、低出生体重児に関する記事を配信しています。

「たまひよ 家族を考える」では、すべての赤ちゃんや家族にとって、よりよい社会・環境となることを目指してさまざまな課題を取材し、発信していきます。

河原夏季さん(かわはらなつき)

PROFILE
withnews副編集長。2010年朝日新聞社入社。大阪、愛媛、埼玉で記者、東京本社で紙面編集を経験後、2018年からwithnews編集部に配属。障がい・医療的ケア児、付き添い入院、男性育休などの記事のほか、 不定期連載「小さく生まれた赤ちゃんたち」を発信。2児の母。

朝日新聞記者 マイストーリーレター

●この記事は個人の体験を取材し、編集したものです。
●記事の内容は2025年9月当時の情報であり、現在と異なる場合があります。

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