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家庭を顧みない仕事人間でした。その僕が南国フィジーへ7ヶ月間育休移住をしたお話。帰国直前のお話と帰国してからのお話【第5回】

更新

フィジー宅の庭にて家族写真。思い入れのあるマンゴーの木の前で撮影。

ワーク・ライフバランス社でコンサルタントとして活躍する大畑愼護さんは、第3子の出産の際に1年間の育休を取得し、5歳、2歳、0歳の子どもを連れて一家5人でフィジーへ育休移住(2018年7月~2019年2月)を決行しました。そのお話を連載5回にわたって紹介します。これまで移住準備からフィジーの生活について紹介してきましたが、最終回は帰国直前の様子と帰国後のお話です。

・連載【第4回】「今でも心がチクッとする、長男の保育園エピソードなど子どものお話」はこちら
・連載【第1回】から読むはこちら

息子の希望で、日本への帰国を1ヶ月前倒し

ニュージーランドのマウントクック国立公園の湖にて。天然の氷をパクリ

「周りの視線を気にせず、のびのび子育てしたい」「世界最高水準の日本の育休制度を有効活用しよう」(第1回 きっかけはふと目に入った妻のTODOリスト)として、フィジーへ育休移住を決行した大畑さん。

旅行査証(ビザ)の関係(詳しくは第2回 フィジーに到着するも「こんなはずじゃなかった」な日々)で、10月下旬にフィジーからニュージーランドへと一時出国。まずは北島のオークランドで旧知の友人と楽しく過ごし、その後は南島へ移動してキャンピングカーで島を巡り、約1ヶ月滞在しました。

ニュージーランドのあとはフィジーに戻らず、別の国で育休移住を楽しむという選択肢もありましたが、『子どもが慣れ親しんでいるから』と、一家はフィジーに戻り育休移住を続行します。
そして育休が後半戦に突入したお正月、家族会議を開きます。日本への帰国時期の話し合いです。

「当初、日本への帰国は3月を予定していましたが、長男が『2月に帰国して、卒園式に出席したい。友だちみんなと卒園したい』と言ったのです。
実は9月の長男の誕生日に、日本の保育園のお友だちから動画メッセージをいただきました。たくさんの友だちが『長男くん、お誕生日おめでとう!』と、言ってくれたシンプルな動画でしたが、長男も親も猛烈に感動。とくに長男は『僕の友だちはフィジーではなく日本にいる』という、熱い想いを改めて感じたのだと思います。

『子どもが帰りたいと言ったら帰国』。それは今回の育休移住の約束でしたので、2月にフィジーを発つことを決意しました」

と、言いますが、変化球が得意な大畑さん。ここでも素直には帰国せず特技を発動させます。

フィジーから日本へ直帰……ではなくシンガポール、タイへ立ち寄ることに

シンガポールの植物園にて

大畑さんは直行で日本へ帰らず、途中シンガポール、タイ(バンコク)に各1週間ずつ立ち寄ることにします。その理由をうかがうと、

「僕の頭の片隅には『海外移住計画』があります。
シンガポールとタイに友人が住んでおり、現地の移住生活の内情を聞きたいのと、いろんな国をめぐって子どもたちの反応を見たかったのです。
実はフィジーでの途中出国でニュージーランドを選んだのも、同じ理由でした」

帰国から4年。大畑さんのことなので、すでに海外移住の準備を着々と進めるのかと思いきや……。

「今のところ大畑家に一番合っているのは日本のようです(笑)」

という意外な答えが返ってきました。

「フィジーはすてきな国です。魅力ある国です。でも日本もそうですが、光があるところには必ず影もあります。
そして日本にあるもの全部捨てての海外移住は、僕たちには性に合わないのかなって。日本を拠点に海外と通じる生活スタイルがいいなぁと。それがわかったことも育休移住の大きな成果だったと感じています」

シンガポール、タイでも珍道中エピソード

シンガポールにて。ほんとうにきれいな街なので、気を許すとこんな感じに(笑)

「両国とも大都会で、僕らはおのぼりさん状態でした。バスに乗ったら子どもが『うわ、窓ガラスがある(フィジーには窓ガラスのないバスが普通にあります。スコールの時は、上部にくるくるっと丸まっているビニールのカーテンっぽいものをほどいて固定して、雨除けにします)』と、驚く姿には笑ってしまいました。
とくにシンガポールはきれいな街でした。駅のホームがきれいすぎて、子どもがゴロゴロ寝そべったほどです。私もフィジーボケが入っていたせいか、止めるのを忘れるくらいきれいでした(笑)」

タイのワットパークナム寺院にて

「さらにタイでは帰国便を1日間違えるなどのハプニングを乗り越えて(幸いにも乗り遅れではなく、12時間早い時間だと勘違い)、2月下旬に無事に帰国しました」

育休移住のお話も興味深いですが、帰国後はどうだったの? と感じる読者も多いはず。
帰国後の様子をQ&A形式で答えていただきました。

Q. そんなに休んで会社に居場所ありましたか?

日本にて1歳のお誕生日のお祝い。フィジーではできなかった一生餅とともに

今だから言えますが、自信はなかったです(笑)

産休育休は普通に取得できる会社ではありましたが、ここまで変化球で取得したのは僕が初めてでしたから。
本格的な復帰を前に、今後のことを話し合うため会社へ出社しました。身勝手な奴と舌打ちされたり、シーンとされたりしたらどうしようとドキドキしながらフロアに入ったら
「おかえり~」「待ってたよ~」と、大歓声がおきました。

この瞬間、僕の育休移住が終わりました。

僕にとって育休移住が終わったのは、日本の空港に降り立った時ではなく、この瞬間だったのです。会社の方々の支えがあっての育休です。ハッピーエンドでないと意味がありません。

皆の笑顔をみたこの瞬間に、僕の脳裏に「育休移住 fin」って言葉が浮かびました(笑っちゃうけど真面目な話)

Q. そんなに休んでちゃんと社会復帰できましたか?

帰国後にちょっと遅れた七五三をしました

わがまま言って半年間は週3日勤務をお願いしました。

帰国して2ヶ月は日本の生活を整えること専念し、育休を丸1年間使って職場復帰。半年間は週3日勤務にしていただきました。
フィジー気分が抜けなかったのか、と思われるかもしれませんがその逆です。

日本の空港には妻の両親が迎えに来てくれていました。義実家へ向かう車窓の風景を眺めながら、頭の中でカチッと「日本モード」のスイッチが入ったことを、今でもはっきり覚えています。
実は育休中も帰国後も、会社の同僚たちとゆるくつながっていたのですが、その時には会社モードに切り替わる自分がいました。
そんなこともあり、会社復帰したら即、育休前の自分に切り替わる自信はありました。

それが逆に怖かったのです。

フィジーで知ったゆとりある時間&心の余裕が瞬時にリセットされないよう、慣らし運転の期間が欲しかった。
わがままを許してくれた会社、同僚には感謝しています。

Q.これまでさまざまなメディアに取り上げられました。反響はありましたか?

帰国後、職場復帰した際の僕。フィジーでの生活が僕を成長させてくれました

反響ありました。思ったほど炎上しませんでした(笑)

育休移住中にも取材を受け、配信記事にはたくさんのコメントがつきました。「育休中にバカンスですか」という辛口コメントもありましたが、肯定的な意見が予想よりも多かったです。

育休移住は賛否がはっきり分かれるとわかっていたので、公表したら炎上するだろうなぁ、ひっそりとやるべきかなぁと思ったこともありましたが、SNSを通じて育休移住の同志が生まれ、新しい出会いが生まれ、おかげでインフルエンサーの疑似体験もできたりして(笑)
発信することで「育休移住までは無理だけど、自分も育休はとりたいと思った」という声もいただきました。

身近なところでは会社でも反響がありました。私が変化球の育休をとったことがきっかけで、週4勤務を希望し週1は副業として家業を手伝う社員や、通院が必要となったので時間給(1時間単位で休むこと)やリモートワークを使いながら時短勤務を希望して働く社員などなど、働き方の多様性がますます高まったように感じます。

Q.今の日本の「父親の育休」について思うことを教えてください

近影の大畑家。子どもたちはすくすく成長しております

日本で父親の育休の話題が出ると「休んでいるのに給料をもらうのが申し訳ない」「自分が休んだら周囲にシワ寄せがいく」は、よく聞く話です。

でも、育休中の給付金は雇用保険から支払われて、社会保険料の支払いも免除になるので会社の金銭負担はむしろ軽くなります。さらに育休を取得すると国から企業へ最大約100万円の助成金が出ます。さらに代替要員の確保をすると20万円~60万円支給されます。

そもそも「シワ寄せ」の原因は、“誰が休んでも職場が回る”ことになっていないから。属人的な働き方(この仕事はこの人しかわからない、みたいなこと)が続いていることが問題なのです。

「育休を取ったら仕事がなくなる」と、言う話も聞きます。でも私が色んな企業をみている限り、最近は「有能な人ほど育休をとる」という風潮に変わりつつあります。その人たちは休業までの業務調整力があり、「育休がとれないなら転職します」と、言われたら会社が困るような良い仕事をしている自負があるからです。

僕も元ワーカーホリックなので「キャリアを考えたら休めない」という気持ちは、痛いほどわかります。でも、独身の人も含めてみんなが順番に休んで笑顔で働ける会社がどんどんと増えてほしいし、今の日本は増えるべきと感じています。

そして僕の育休移住の話をきっかけに、働き方の多様性にはメリットがあることを、ひとりでも多くの方に知ってもらえたらと思っています。


大畑一家の育休移住のお話は今回が最終回です。フィジーの風景とお子さんの笑顔に癒される連載でした。
「実は“育休移住”は僕が作った造語です」と、大畑さん。現在、ネットやSNSで「育休移住」と検索するとたくさんヒットするようになりましたが、大畑さんのような“とりあえずやってみよう”的な育休移住(詳しくは連載第1回をお読みください)はあまり見かけません(笑)

こちらのズケズケとした質問に対して真摯に答えてくれた大畑さんの人柄、夫の暴投レベルの変化球を物おじせずにバシッと受け止める妻・恵史(えり)さんの懐の広さ、そしてフィジーで出会った人々や職場の支えや助けがあったからこそ、無謀とも思える育休移住がハッピーエンドで終わったのだろうと感じました。

大畑さん、取材のご協力ありがとうございました。

大畑愼護(おおはた しんご)

前職では全国を駆け巡る激務をこなし、やりがいを感じながらも長時間労働の弊害を実感。そこで個人及びチームの業務内容などを見直し・改善して残業時間半減を実現します。その経験を生かして生産性の向上を提言するワーク・ライフバランス社へ転職。コンサルタントとして、企業の講演・研修を担当し多数のメディアにも出演しています。
プライベートでは3児の父。前職では激務のせいで一家離散の一歩手前でしたが、こちらも見事に立て直し、第3子誕生の際には1年間の育休をとって一家5人で南国フィジーへ育休移住を決行しました。プライベートではトライアスロンに挑戦するなど、既成概念にとらわれず仕事・家庭・自分の時間の充実を提案する型破りイクメンパパです。

大畑愼護さんのブログ「育休移住.com」

大畑愼護さんのインスタグラム「shindyyy777」

取材・文/川口美彩子

※この記事は個人の体験を取材し、編集したものです。
※記事の内容は2023年4月の情報で、現在と異なる場合があります。

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