妊娠6カ月、超音波検査で10万人に3人の先天性心疾患が判明。左右の心室が入れ替わり、いくつもの手術が必要だと・・・【医師監修・体験談】
2022年9月、長野県立こども病院で、「修正大血管転位症(しゅうせいだいけっかんてんいしょう)」、「大動脈弓低形成(だいどうみゃくきゅうていけいせい)」という二つの先天性心疾患を抱える女の子の、高難度の同時手術が行われました。女の子は、西田つむぎちゃん(仮名)。手術をしたのは、生後8カ月のときです。
つむぎちゃんの病気は、非常にまれで重篤な心疾患の組み合わせです。同時手術は高難度で世界でも報告がありません。
夫の隆さん、妻の美穂さん(ともに仮名)に、つむぎちゃんが生まれたときのことや、修正大血管転位症が見つかった経緯について話を聞きました。3回シリーズの1回目です。
農業専門学校に入学するため、ママは18歳で四国から1人で甲信越地方へ。そこでパパとの出会いが
隆さんと美穂さんは甲信越地方にある農業の専門学校で出会いました。四国の高校の園芸科を卒業した美穂さんは、先生のすすめでこの専門学校に進学しました。一方、隆さんは家業の農業を継ぐことを考えて進学したそうです。
「高校では園芸科に通っていました。卒業後の進路に悩んでいたときに担任の先生から甲信越地方だから少し遠いけれど、いい農業の専門学校があるよと教えてもらい、入学することにしました。全寮制の学校です。
そこで同級生の夫と出会いました。専門学校卒業後は、実家に帰ろうかな・・・と悩んでいたのですが、夫から『よかったらうちの農家、手伝ってくれない?』と言われて、卒業後仕事をさせていただくことにしました。初めは近くにマンションを借りて通っていましたが、数年手伝ったあと、結婚することになりました」(美穂さん)
「うちの両親は、外に勤めに出ているのですが、祖父母が葉物野菜の農家をしていました。僕には兄と姉がいますが、2人ともすでに家を出ていて、僕が祖父母の農業を継ごうと思って専門学校で学びました。僕たちが結婚するころに祖父母は引退し、僕たち2人で野菜を作りはじめました」(隆さん)
隆さんと美穂さんは24歳で結婚。同じ敷地内の離れで新婚生活をスタートさせました。つむぎちゃんが生まれた現在は、四世代の家族です。つむぎちゃんの誕生は2人が26歳のときのことです。
「キャベツ畑で作業をしていると、妻が突然『赤ちゃんができたみたい』と言うんです。とても驚きました。そのときはうれしいというよりも、『えっ? 急に何言ってるの?』という感じで、ピンときませんでした。しかし時間の経過と共に、じわじわと喜びがわいてきました」(隆さん)
「そのころなんだか毎日眠くてしかたなかったんです。畑仕事で疲れているのかな?とも思ったのですが『もしかして?』と思って、お昼休憩のときに妊娠検査薬を使ってみました。陽性だったので、午後の畑仕事中に夫に報告しました。夫は『なんで、今、キャベツをとっているときに言うの?』って感じで驚いていました」(美穂さん)
里帰り出産のため実家へ。総合病院の産科に初めて行った日に、大学病院を紹介される
美穂さんの妊娠経過は順調で、出産時には四国の実家に里帰りする予定でした。しかし妊娠5カ月のときに、美穂さんは大腸の血管が一時的につまる「虚血性腸炎(きょけつせいちょうえん)」になり1週間ほど入院します。
「虚血性腸炎には初めてなりましたが、腹痛と嘔吐、下痢がひどかったです。かかりつけの産科医からは『里帰り出産するならば、早く帰ったほうがいい。子宮頸管(しきゅうけいかん)が短くなっていて、切迫早産(せっぱくそうざん)の可能性もあるから。でも今なら、大丈夫だから』と言われて、急でしたが実家に帰ることにしました。妊娠6カ月に入るぐらいのときでした。荷物も多かったので四国の母に車で迎えに来てもらい、母の運転で帰りました」(美穂さん)
そして美穂さんは、出産を予定していた 実家近くの総合病院の産婦人科を受診します。
「初診の日に、産科の医師のエコー検査がすごくていねいで長いような気がしました。『どうしたんだろう?』と思っていたら、医師が『違うかもしれないけれど、心臓に気になるところがあるから、念のため大学病院で診てもらってください。紹介状を書きますね』と言うんです。とても驚きました。
それまでクリニックで受けていた妊婦健診では、とくに気になることは何も言われませんでした」(美穂さん)
大学病院で、先天性心疾患の修正大血管転位症と判明
1週間後、美穂さんは母親に付き添ってもらって大学病院の産科を受診します。
「紹介された大学病院の産科で、いろいろな検査とともにエコー検査を受けました。そして医師から『修正大血管転位症ですね』と病名を告げられたのですが、私も母も初めて聞く病名でした」(美穂さん)
修正大血管転位症は、左右の心室が入れ替わってしまう先天性の心疾患です。発症率は出生10万人に対して3人といわれ、原因は不明です。手術をしなければ、心不全や不整脈を発症する可能性もあります。
「そのとき医師は、心臓の絵を描きながらていねいに病気の説明をしてくれました。でも時間の経過とともに、『なんで左右の心室が入れ替わっているの?』『私のまわりでも、そんな病気の人はいないのになぜ?』『友だちは、みんな元気な赤ちゃんを産んでいるのに、なぜ私の赤ちゃんだけ?』となぜ? なぜ?という思いがわいてきました。
帰り際、看護師さんに『わからないことがあったらなんでも聞いてください。インターネットで病気のことを調べると誤った情報もあるし、不安がつのるかもしれないから、あんまり調べないほうがいいですよ』と言われました」(美穂さん)
初めて聞く病名に夫も動揺。「でも、やれることはすべてしてあげよう!」と決意を
美穂さんは、インターネットで病気のことは検索したりせず、その日の夕方、 夫の隆さんに電話で赤ちゃんのことを報告したそうです。
「『修正大血管転位症』なんて聞いたこともない病名で、頭が真っ白になりました。心配でしかたなくインターネットで病気のことを調べたのですが、疑問が解決することもなく、不安がつのるばかりでした」(隆さん)
「里帰りして、総合病院から大学病院を紹介されたことは、夫には話していませんでした。そのときはあくまでも何かの疑いという段階だったので、余計な心配をかけたくなかったからです。そのため急な報告になってしまいました。夫には『なんで話してくれなかったの?』と言われて、ごめんねと思いました」(美穂さん)
その後、隆さんは、大学病院の医師から電話で詳しく説明をしてもらったり、美穂さんの母が医師の許可をとって録画した病院での病気の説明動画を見たりして、病気についての理解を深めていきます。
「僕の両親にも報告をしました。みんなかなり動揺しました。でもやれることは、すべてしてあげようと思いましたし、同居する家族みんな同じ思いでした」(隆さん)
【小沼武司先生から】早期発見されたことが、いい結果につながりました
修正大血管転位症は、軽い症状から重い症状まで幅があります。また妊娠中に判明しないこともあります。軽度の場合でも、将来的なリスクがあり、つむぎちゃんが受けたダブルスイッチ手術が一つの解決法となります。また大動脈弓低形成は緊急を要する重い心疾患で、入院と手術が必要となります。早期発見されないと悪化してしまうことが多く、つむぎちゃんの場合は、早期発見されたことがいい結果につながったと思います。
お話/西田隆さん、美穂さん 監修/小沼武司先生 協力/長野県立こども病院 取材・文/麻生珠恵、たまひよONLINE編集部
おなかの赤ちゃんに修正大血管転位症が見つかったのは、美穂さんが虚血性腸炎になって、実家に里帰りする予定を早めたのがきっかけでした。「虚血性腸炎になったときは本当に苦しかったけれど、虚血性腸炎になっていなければ、つむぎの病気は発見が遅れていて、どうなっていたかわからない」と美穂さんは言います。
シリーズ2回目は、長野県立こども病院での診断と1回目の手術について紹介します。
「たまひよ 家族を考える」では、すべての赤ちゃんや家族にとって、よりよい社会・環境となることを目指してさまざまな課題を取材し、発信していきます。
小沼武司先生(こぬまたけし)
PROFILE
長野県立こども病院 心臓血管外科部長。医学博士。1996年秋田大学医学部卒。同年4月、東京女子医科大学心臓血管外科入局。三重大学胸部心臓血管外科准教授などを経て現職。心臓血管外科修練指導者・専門医、日本外科学会指導医・専門医、日本循環器学会専門医。
●この記事は個人の体験を取材し、編集したものです。
●記事の内容は2023年5月の情報であり、現在と異なる場合があります。