「半径10メートルの社会適応」ができれば生きづらさが減り、「発達障害」という枠組みはとても小さくなる【トークイベント報告】
![一列に手をつないでいる子供の背面図](https://img.benesse-cms.jp/tamahiyo/item/image/normal/5b829a90-c57d-4091-9d87-a317170dd1e8.jpg?w=699&h=466&resize_type=cover&resize_mode=force)
発達障害の理解促進のための動画メディア「インクルボックス」運営事務局が、日本の教育のあり方を考えるオンライントークイベントを2023年9月22日に開催しました。発達障害の子どもたちだけでなく、すべての子どもが健やかに育つために、教育現場に必要なものを考えるという内容です。その一部をリポートします。
全員に同じことを求める管理教育の下で、子どもたちは息苦しい思いをしている(工藤校長)
イベントのファシリテーターを務める、フリーアナウンサーでインクルボックス運営の赤平大さんは、中学1年生の長男が発達障害であることを公表しています。トークイベントに参加したのは、横浜創英中学高等学校で教育改革を進める工藤勇一校長と、臨床心理士で『ニューロダイバーシティの教科書』などの著書がある村中直人先生です。
工藤校長は常々「日本の学校教育は『ボタンをかけ違えている』」と教育改革について発信しています。そのことに気づいた「原体験」は何なのでしょうか。
「私は小中学校時代、授業中にノートを取ったことがなかったんです。聞いて覚えるのが得意で、書くのは好きではなったから。でも、怒られたことはありませんでした。
これ、今の小学校だったら考えられないことだと思います。授業中まったくノートを取らない子どもがいたら注意されるし、ノートに何を書いているかチェックされ、こまかく指導されるでしょう。当時そんなことをされていたら、私は勉強するのが嫌いになっていて、ひいては教師にもなっていなかったはず。
今の学校教育は、ある意味、私が子どものころ以上にすべての子どもに同じ学び方を強要している管理教育を行っているような気がします。そのため、子どもたちの中には学校でとても不自由な思いをしてる子がいます。そうした子どもたちを救っていくために教育システムを根本から変えていかなくてはいけません」(工藤校長)
発達障害の子どもの支援をしている村中先生も、子どものころの経験で、今の仕事に影響していることがあると言います。
「小学生のとき転校をしたことがあります。転校前に住んでいたのはやや荒れた地域でしたが、その文化にわりとうまくなじみ、学校生活も楽しく送っていました。一方、転校先は文教地域のいわゆる“ハイソな人々”が住む地域。ノリの違いがわからなくて、前の学校と同じようにふるまったら異分子と見られて、思いきり無視されました。自分は何も変わっていないのに、環境が変わると周囲の評価が変わってしまう・・・。
私は『半径10メートルの社会適応』という考え方についてよく話をします。
人が生きていくために必要なコミュニティーは大きなものでもなく、半径10メートル程度のコミュニティーが一つでもあれば、生きづらさを感じにくくなるものです。この考えは当時の経験がベースになっています」(村中先生)
教育現場に“アコモデーション”の概念が根づけば、特別な支援の枠組みに入る子どもは少なくなる(村中先生)
「特別支援学級の支援と通常学級の学びの多様性」について話が及びます。
「今の特別支援学級は個別支援です。一人一人の“個別最適”を提案するために、どのような特性があるのか調べ、『あなたにはこの学び方が適していますよ』と指導します。一見、子どものためによさそうに感じますが、本来、個別最適は子ども本人が見つけるもの。トライ&エラーを繰り返して、自分がいちばん楽で楽しく取り組める学び方を見つけるべきなんです。
大人がすべて用意して『この方法で学びなさい』と押しつけると、自分で考えずなんでも大人に任せるようになります。今の日本はお金と時間をかけて、そういう子どもたちを増やしているように思います。
これは通常学級でも同じです。読解力を高めるために、『朝読書』を行っている小学校は多いですね。今の日本の小学生の2割は読むのが苦手というデータがあるので、その子たちにとって朝読書の時間は苦痛でしかありません。でも、その子どもたちの中には、聞くことで読解力を高められる子がいます。本は必ずしも読むものではなく、朗読を聞くのでもいい。そんなふうに学び方の多様性を広げていく必要があります」(工藤校長)
障害者支援のために、日本の社会全体で解決すべき課題についても、意見交換がありました。
「“アコモデーション”という概念が根づいていないのがいちばんの課題だと考えています。和訳すると『調整、適応、おもてなし』といった意味ですが、工藤校長のお話にあったように、子どもたちが試行錯誤して自分なりの学び方を見つけるための選択肢をたくさん用意する、つまり、学び方を調整することが日本の教育現場には必要です。
通常学級に通う多数派の子どもたちへのアコモデーションが充実し、学び方の選択肢が増えれば、発達障害とされている子どもたちの多くにとっても学びやすい環境となるでしょう。つまり、特別な支援をする必要が小さくなるのです。
たとえば、今の学校では夜型の子どもは圧倒的に不利で、適応がしにくいしくみになっています。朝、登校すること自体がものすごいハードルになってしまう。でも、脳の働き方には個性があって、朝はゆっくり起きたほうが効率的に学習できる『夜型クロノタイプ』の子もいます。学校生活にコアタイムを設けて、登校時間は前後2時間くらい幅を持たせるなどのフレキシブルな対応が可能になれば、学校にきちんと通える子どもが増えるはずです。
『ニューロダイバーシティ(※1)』の考え方を、教育現場が受け入れるべきときにきているのです。
もちろん、多様な選択肢があっても苦戦してしまう子どもはいます。そういう子どもに手厚く支援する。これを本来は「リーズナブルアコモデーション(※2)」と言うべきです。これがこれから求められる特別支援のあり方だと思います」(村中先生)
※1neuro(脳・神経)とdiversity(多様性)が組み合わされて生まれた言葉。「脳や神経、それに由来する個人レベルでのさまざまな特性の違いを多様性ととらえて相互に尊重し、それらの違いを社会の中で生かしていく」という考え方
※2 和訳すると「合理的配慮」。障害のある人(子ども)が社会で生きやすくなるよう、ルールを柔軟に変えるなど平等な機会を確保すること。2006年に採択された国連の障害者権利条約に盛り込まれた考え方
親が常に警察官や裁判官の役割を担っていると、子どもの自己決定力は育たない(工藤校長)
健常児、障害児の区別なく、子どもたちが自分らしく学ぶ機会を得るには、日本の教育のしくみを変えなければいけない、というのが工藤校長、村中先生共通の意見です。
「今の子どもたちは、幼児期からすべて大人に決められる環境で育っていて、自己決定の機会を与えられていません。その結果、常によりよいサービスを受けることを求める子になってしまい、うまくいかないときには周囲の人のせいにして、感情的になる。
うちの学校では、入学してきたばかりの中学1年生に、主体性を取り戻してもらうための取り組みを行っています。私たちはこれをリハビリと呼んでいますが、具体的には『勉強をしたくないならしなくていい。それは君の自由だから。でも、勉強したい子の自由を妨げる自由はないよ』と説明し、数学や英語の授業などにおいては自由な方法で学べる場を提供したりしています。ほかの子の邪魔にならなければ、基本的にどんなことをしてもいいので、初めのうちはゲームをする子どもなどの姿も見られます。
現在の中学2年生などは、昨年4月に入学した約130人のうち、1学期末時点で自由に学ぶことができる数学の授業中に30人ほどがゲームをしているありさまでした。しかし、しかることなく、忍耐強く自己決定を促す声がけをし続けていくと、2学期末には10人に減り、3学期末には3人程度になりました。2年生になった現在は、入学時とはまったく異なる姿に成長しています。『指示されてやる子は、結局は不満を言い続ける子』から脱することはできません。とにもかくにも自己決定することが大切なのです」(工藤校長)
工藤校長の進める教育改革は、まさに「アコモデーション」に基づくものだと村中先生は言います。
「適切なアコモデーションを提供するためには、そもそも選択肢を準備しなくてはいけません。大人は選択肢を用意するだけで、選ぶのは子ども自身。そういう豊かな選択肢があれば、大人が支援しなくても自分に合った方法を見つけ自立して学んでいきます。
その結果、『特別な支援』という枠組みがどんどん小さくなっていくので、『発達障害のことを認知し、受け入れる社会にする』ということを考える必要すらなくなる。それくらいインクルーシブな社会にしていきたいですね」(村中先生)
「管理教育は学校ばかりではありません。子どもたちは親からも管理教育を受けています。子ども同士で遊ぶとき、遊び方やかかわり方に親が介入するのは日本くらいです。欧米では子どもがけんかしても親は仲裁せず、子ども同士で決着させるそうです。親が常に警察官や裁判官の役割を担い、子どもの行動をコントロールし続けていると、『トラブルの解決は親がしてくれるんでしょ』という当事者意識の欠けた子どもに育ちます。そして、多様性や人の違いを受け入れることが苦手な子どもに育っていきます。子どもの主体性を重んじるかかわり方は、将来子どもを幸せにする。そう考えてほしいと思います」(工藤校長)
取材協力/インクルボックス運営事務局監修/赤平大さん、工藤勇一校長、村中直人先生 取材・文/東裕美、たまひよONLINE編集部
障害の有無にかかわらず、学校も親も、子どもが自己決定するための調整役になることが求められているとのこと。子どもが自分の人生を自分なりに歩んでいくために親ができることは何か、考えてみる必要がありそうです。
●記事の内容は2023年10月の情報であり、現在と異なる場合があります。