右前腕欠損で生まれた長女。「腕を隠すことは絶対しない」と決めてから、筋電義手と出会って【体験談】
神奈川県に住む田村依茉(えま)ちゃん(3歳)は、生まれたときに先天性右前腕欠損の症状と二分脊椎(にぶんせきつい)の症状がありました。二分脊椎は生後4カ月で手術をして現在は経過観察。また、右腕で筋電義手を使うための訓練をしています。ママの由梨香さん(32歳・主婦)とパパの佑太さん(32歳・会社員)に、筋電義手の訓練の様子について話を聞きました。2回シリーズのインタビューの2回目です。
実際に筋電義手を使っている人に出会い、訓練を受けることを決めた
2020年2月に生まれた依茉ちゃん。生まれつき右手のひじから先にかけての部分が欠損している先天性右前腕欠損の症状があったため、新生児のころから神奈川県立こども医療センターを受診していました。由梨香さんと佑太さんは依茉ちゃんが生後半年のころに神奈川リハビリテーション病院(以下、神奈川リハ)を紹介され、そこで筋電義手というロボットハンドのことを知ります。
先天性や事故などで手が欠損した子どもが使う義手には、外観が人間の手に近い「装飾義手」、体に巻きつけたハーネスにより背中や肩の動きをワイヤに伝えて操作する「能動義手」、鉄棒や縄跳びなど特定の運動や作業をするために特化した「運動用(作業用)義手」などがあります。
「2020年の8月に神奈川リハを受診して、筋電義手というものがあると初めて知りました。筋電義手は、欠損した腕にはめるソケットについたセンサーが、筋肉が動く時に生じる微弱な電流をキャッチして、モーターを動かすことでロボットハンドが開閉してものを“つかむ”“離す”という動作ができるもの。訓練によって自分の意思でものをつかむ動作ができる義手だとの説明でした。
同年の10月に黒岩県知事が神奈川リハに筋電義手の事業を視察にくる機会があり、私たちもその場に参加しました。そのときに、成人の前腕欠損の人が筋電義手を使って実際にホットケーキを焼く様子などを目にしました。片手だけでは難しいことでも、筋電義手を使うとこんなにもできることの可能性が広がるんだ、ということを実感し、娘に選択肢の一つとして練習させてあげたいと思いました。そして夫と相談して、娘にも筋電義手の練習をさせよう、と決めました」(由梨香さん)
0歳から義手をつける練習を始めた依茉ちゃん
生後7カ月になった依茉ちゃんは筋電義手の訓練に向けて、依茉ちゃんの腕にぴったり合う樹脂製のソケットを作るための型を取ったり、義手を腕にはめるためのソケットの装着に慣れることから始めました。そして、1歳を過ぎたころからは、手の長さを補うために軽い素材の義手をつける練習を始めます。
「月に1回は神奈川リハに通い始めました。作業療法士さんは、依茉が『義手をつけると楽しい』と感じる遊びの延長のような訓練から始めてくれました。無理に練習をして義手をつけることを『いやだ』『楽しくない』と拒絶してしまわないように、自宅でも遊びながら義手をつける練習を続けました。
目に見えるところに義手を置いて、依茉が遊びたがったときに義手を着けてみるように誘いました。そして、義手につけたおもちゃを振ったり、太鼓をたたいたりして楽しみながら練習していました」(由梨香さん)
「1歳半ごろになると、先端が手の形になっていてものをはさめる義手を使って、義手の先にクレヨンなどをはさんで画用紙にぐるぐると絵を描いて遊ぶような練習を開始しました。ときには神奈川リハに訓練にきても『やらない』と言う日もありましたが、そんなときは大好きなおやつなどのごほうびで誘うことも・・・。練習の先の楽しみを持たせながら取り組んでいたら、徐々に積極的に練習するようになっていったと思います」(佑太さん)
好きな遊びを通して、筋電義手の練習に前向きに取り組めるように
そして、依茉ちゃんは2歳になる少し前から筋電義手をつけるための練習を始めました。
「最初は、大人が筋電義手のセンサーの部分に触れてみて、『こんなふうに手の先が開くよ、閉じるよ』と義手の手先が動く様子を見せました。その後に娘の腕につけて『手を開いてみよう』『閉じてみよう』と促すうちに、なんとなく動かすコツをつかんで、自分の意思で義手の手先を動く感覚を学んで行ったようです。3歳半になった今では『それ、取って』と頼むと義手を使って取ってくれるまでに上達しています」(由梨香さん)
筋電義手を使いこなせるようになるには、年齢や個人差はありますが半年から年単位の時間が必要といわれています。
「筋電義手の練習を初めて1年ほどした、3歳前ごろに急激に上達した時期がありました。作業療法士の先生がビーズのアクセサリーを作るキットを用意してくれたんです。キラキラしたものやかわいいものが大好きな娘は、かなり集中して作っていました。義手でゴムを持って、左手でゴムにビーズを通す作業が楽しかったようで、できあがったブレスレットは今でもとってもお気に入りです。
作業療法士の先生たちは、それぞれの子どもの興味に合わせて訓練の内容を考えてくれます。紙で作る工作キットが好きな子には、そういう道具を使った訓練をしてくれています」(由梨香さん)
「最近は、はさみで画用紙を切るときも義手の右手で紙を持って、左手にはさみを持って切っています。義手を使わないと、腕に紙をはさんで切るのがやりにくそうでしたが、義手があると両腕に適度な距離ができてやりやすそうです。
遊び以外でも最近では日常生活にも義手を使っていて、食事は毎回義手をつけています。片手だけではお皿が動いてしまいますが、義手をつけた右手で器を持ち、左手でスプーンを使って食べるとずいぶん食べやすいようです」(佑太さん)
お友だちに「ママのおなかの中でけがしちゃった」と説明を
2023年4月から、依茉ちゃんは幼稚園に通い始めました。集団生活の中で、ほかのお友だちから右手のことについて聞かれることもあります。
「幼稚園に入る前も、周囲の人やお友だちから『右手がないの?』『どうして手が短いの?』と聞かれることがよくありました。その度に私や夫は『依茉ちゃんはおなかの中でけがしちゃったんだよ。でもみんなと同じようになんでもできるんだよ』と説明していました。娘はそれを覚えていたのか、幼稚園でお友だちから手のことを聞かれたときに『ママのおなかの中でけがしちゃったんだ』『でもえまちゃんは義手がつけられるんだよ』と話していると、先生から聞きました。
保護者の方たちには、幼稚園で配られる『クラス通信』という各家庭の自己紹介をする冊子を通して、『娘は生まれつき右手がありませんが、今筋電義手の訓練を受けています。今後幼稚園でも使うことがあると思うので、そのときは温かく見守ってください』のように伝えました」(由梨香さん)
「当事者の親として、ほかの保護者の方たちが娘の右手のことについて『聞いてもいいのかな』と気をつかってくれていると感じます。もし自分が逆の立場だとしてもきっと迷うと思います。だから私たちは、はじめましての人には先に娘の右手のことを話すようにしています。そうすれば相手も話題にしていいんだ、と安心してもらえると思うからです。ただ、僕たちの場合は聞いてもらったほうが気が楽ですが、先天性四肢欠損のある子の保護者の方にはあまり触れられたくないという人もいるかもしれません」(佑太さん)
田村さん夫妻はそろって「娘の腕の欠損のことをいろんな人に知ってほしい」と言います。
「娘が生まれたときから、腕を隠すことは絶対しないでおこう、と決めていました。長袖を着るときも袖を短く折って、絶対に腕を出すようにしてきました。娘は義手をつけていないときにも、自分でできることにはどんどんチャレンジしています。短い腕を器用に使って服の着替えもできるしパジャマのボタンをはめたりもできます。
今娘は幼稚園の年少クラスに通っていますが、幼稚園の先生には、自分でやろうとしていることはできるだけ見守ってやらせてあげてほしい、とお願いしています。先生たちは本人が助けを求めたときにはお手伝いをしてくれているようでありがたいです」(由梨香さん)
「娘が生まれたときには、きっとできないことばかりになってしまうんだろうと悲観していましたが、娘が成長するにつれていろんなことを器用にこなす様子にとても驚いています。それでもやっぱり両手がないとできない動作もあります。筋電義手を使いながら自分のできることを増やして人生の可能性を広げいってほしいです」(佑太さん)
子どもの夢が広がる筋電義手のことを教えて!
自分の意思で手先を開いたり閉じたりする動作ができる筋電義手。あまり知られていない小児筋電義手のことについて、神奈川リハビリテーション病院、社会福祉士の前田智行さんに教えてもらいました。
小児筋電義手バンクはどんなふうに利用されているの?
「小児の筋電義手は1本約150万円しますが、公費認定を受ける前の練習段階では病院が訓練用義手を用意しています。費用面が課題でしたが、神奈川県は2022年から筋電義手バンクで寄付を募り、訓練用の筋電義手が必要な子どもに義手を貸し出せるようになりました。ただ貸し出すと言っても、腕の欠損の状態は人によって違いますから、腕にはめるソケットはすべてオーダーメイドで作ります。
貸し出していた訓練用義手の返却があったら、それを解体して手先のモーター駆動の部分だけを再利用して、次に使用する子ども用の訓練用義手に整えます。ただ、その駆動部分も機械としての耐用年数は3年ほどと短いものとなっています」(前田さん)
小児筋電義手は子どもが成長したら作り替えるの?
「子どもの成長により腕にはめるソケットの部分がきつくなってくることや、センサー部分が故障することもあるので、筋電義手はその都度、調整する必要があります。依茉ちゃんもこれまでに3回ソケットを作り替えてきました。2023年7月に公費認定されて、年内には自分専用の義手をつけられるようになると思いますが、小学校入学ごろにはまた新品の義手が必要になるでしょう」(前田さん)
お話・写真提供/田村由梨香さん、佑太さん 取材協力/神奈川リハビリテーション病院 取材・文/早川奈緒子、たまひよONLINE編集部
依茉ちゃんが通院している神奈川リハでは、年に数回の家族交流会もあるのだそう。
「同じ当事者の親の立場の人と、実際に会って話をする機会があることが本当に心強いです。娘自身も『自分と同じようなおてての子もいるんだ』『少し違う形のおてての子がいるんだ』と、自分1人じゃないと感じられるところもすごく安心すると思います」と由梨香さんは言います。
「たまひよ 家族を考える」では、すべての赤ちゃんや家族にとって、よりよい社会・環境となることを目指してさまざまな課題を取材し、発信していきます。
●この記事は個人の体験を取材し、編集したものです。
●記事の内容は2023年9月当時の情報であり、現在と異なる場合があります。