食物アレルギーは「起きたら治療」ではなく、「早い時期から食べて予防」するもの【調査発表・小児科医】
大阪で開業しているにしむら小児科医院の院長・西村龍夫先生は、地域の子どもたちの健康を守るかかりつけの小児科医として診療を行う一方、乳幼児が食物アレルギーを起こすのを予防するための研究を続けています。
西村先生は、にしむら小児科医院を含む14の小児科クリニックの共同研究として、ごく少量の複数の食品を一つにまとめた「ミックスパウダー」を早期に食べさせて、食物アレルギーを予防できるかどうかの調査を行いました。そしてこの調査研究は、日本アレルギー学会の公式雑誌「Allergology International」2022年7月号に発表されました。
この調査からわかったことと、乳幼児の食物アレルギーを防ぐために必要なことなどについて聞きました。
2014年の時点では、1歳児の4人に1人は卵を制限していた !?
――西村先生が、臨床の現場で乳幼児の食物アレルギー予防の研究を始めたきっかけを教えてください。
西村先生(以下敬称略) 私は大学病院、市中病院、基幹病院の小児科勤務医を経験したあと、1998年に小児科クリニックを開業しました。それから数年診療を続けていく中で、子どもを連れてくる保護者に話を聞くと、「〇〇を食べさせないように医師から指導されている」と話す人があまりに多いことに驚きました。ある保育園に健診に行ったところ、ほぼ半数の乳児が卵アレルギーと診断され、卵を食べないように指示されていたこともありました。これは明らかに異常事態だと思ったんです。
どうしてかというと、そのころ臨床の現場では、赤ちゃんから食べている子どもは食物アレルギーをほとんど発症しないことを実感していたからです。そこで、食物除去の実態について把握する必要があると考え、調査してみることにしました。
――食物除去の実態について、どのような調査をしたのでしょうか。
西村 大阪小児科医会の65の小児科クリニックに協力してもらって、2014年10月~12月の2カ月間にアンケート調査をしました。麻疹・風疹混合ワクチンの接種のために受診した1歳児の保護者を対象に、これまで食物アレルギーの反応と思われる症状があったかどうかということと、食べさせないようにしている食べ物があるかについて聞いたのです。853の回答を得ました。
その結果、1歳の子どもの4人に1人は卵を制限していて、牛乳、小麦、大豆などを食べないようにしている子どももたくさんいることがわかりました。
ミックスパウダーを食べることで、食物アレルギーが出にくくなるかを調査
――西村先生が考案されたミックスパウダーとはどのようなものですか。
西村 ごく少量のメレンゲパウダー(乾燥卵白粉末)、小麦粉、粉ミルク(牛乳)、きなこ(大豆)、そば粉、ピーナツ粉などと整腸剤を混ぜたものです。アレルゲンになりやすい食物の摂取を遅らせないほうがいいと思っていたので、そのことを検証するために、ミックスパウダーを早い時期から少しずつ食べさせる研究を行うことにしました。
――「Allergology International」に発表した調査について教えてください。
西村 外来小児科学会に所属する14カ所の小児科クリニックで、2017年7月1日から2019年6月30日にかけて行いました。協力してもらえる子どもを2つのグループに分け、1グループにはミックスパウダーを食べさせ、もう1グループには食物を含まないプラセボ(※)粉末を食べさせて、生後18カ月までの食物アレルギーの状況を調査するというものでした。プラセボ粉末はただの整腸剤です。
ミックスパウダー、プラセボ粉末ともに黒い袋に入っていて、どちらを与えているのかは、参加した先生にもわからないようにしました。
生後3カ月~4カ月でアトピー性皮膚炎と診断された乳児163人が対象になり、ミックスパウダー、プラセボ粉末どちらも、3つのステップで少しずつ量を増やし、トータルで12週間食べてもらいました。
終了後は「授乳・離乳の支援ガイド」に沿って離乳食を進めてもらい、18カ月までの食物アレルギーの状況を確認しました。
――3つのステップの進め方について教えてください。
西村 参加する子どもたちの安全を守るために、1回目はクリニックで食べてもらい30分間観察しました。重いアレルギー反応が出ないことを確認し、その後は家庭で1日1回食べてもらいました。観察日記を毎日つけるとともに、食物アレルギーが疑われる症状が見られたら、担当する先生にすぐに相談するようにお願いしました。
次は2週間後にクリニックに来てもらい、80%の量を食べられた子どもは次のステップに進み、ミックスパウダー、プラセボ粉末の量を増やします。どちらもまずクリニックで食べさせ、30分間観察。問題がなければ2週間自宅で続けてもらいました。
そして2週間後に同じ方法で粉の量を増やし、今度は8週間続けてもらいました。
――調査に参加したママ・パパから、どのような質問が出ましたか。
西村 開始前に「アトピー性皮膚炎があるのに、アレルギーが出やすいものを食べて大丈夫なんですか」という質問がよく出ました。「アトピー性皮膚炎がある子どもは食物アレルギーを起こすリスクが高くなることがわかっています。皮膚炎を治療し、アレルギーを起こしやすい食べ物を早い時期から少しずつ食べていかないと、体がその食べ物を異物とみなして、食物アレルギーを起こしやすくなるんですよ」と説明すると、納得してくださる保護者が多かったです。
また、「ミックスパウダーを食べたときに、口のまわりが赤くなるなどのアレルギー反応が現れても、子どもが元気で機嫌よく過ごせているのなら心配しなくて大丈夫。続けるうちに反応が出なくなります」と説明しました。
実際、多くの子どもが最初は軽い反応が出るのですが、食べ続けるうちに見られなくなります。
※プラセボ 見た目は薬と同じだけれど、薬効成分は入っていないもの。この調査では、アレルゲンになりやすい食物の粉は含まず、整腸剤だけで作った粉末。
ミックスパウダーを食べた子どもは、食物アレルギーが少ないという結果に
――この調査でわかったことを教えてください。
西村 生後18カ月までの食物アレルギーの症状(じんましん、嘔吐、紅斑、せきなど)が現れたことがあるかの調査を行いました。受診がなかった例も全員電話で聞き取りを行いました。
その結果、ミックスパウダーに入れた食べ物全体を見ると、ミックスパウダーグループの参加者83人中7人(8.4%)、プラセボ粉末グループの参加者80人中19人(23.8%)が1つ以上の症状が現れたことがわかりました。卵だけにしぼると、ミックスパウダーグループは6.0%、プラセボ粉末グループは16.3%でした。少しずつ食べていたお子さんのほうが、症状が出にくいことがはっきりわかりました。この傾向は卵でもっとも強く、また、もともとアレルギー抗体を持っていたお子さんのほうが差が大きかったのです。
つまり、このときの調査では、食物アレルギーを起こしやすい食べ物は、早い時期から少しずつ与えたほうが、食物アレルギーの症状が出にくいという結果が出たのです。
調査に参加した子どもたちの生後18カ月までの食物アレルギーの状況
調査に参加した子どもの生後18カ月までの卵、牛乳、小麦、そば、大豆、ピーナツのアレルギーの状況。「All food」は、これらの食べ物全体でのアレルギーの発症率、「Egg」は卵を食べたときの発症率、「Other food」は卵以外の食べ物について発症率です。すべてにおいて、ミックスパウダーを食べていたグループのほうが、食物アレルギーを起こした子が少ないことがわかります。
卵ボーロやピーナッツバター入りの離乳食を、離乳初期に一口から始めて
――ミックスパウダーは西村先生のオリジナルの粉末です。先生のクリニックを受診できない子どもはどのように離乳食を進めるのがいいでしょうか。
西村 ミックスパウダーは2014年ごろから使い始めました。そして、「Allergology International 」に発表した調査にもつながりました。しかし、私のクリニックでも、食物アレルギーの予防対策はミックスパウダーだけで行っているわけではありません。
私のクリニックでは、生後2カ月から毎月ワクチンを接種する際に、皮膚炎があれば治療し、5~6カ月の離乳初期から少量の卵やピーナッツを食べさせるように指導しています。「粉ミルクで作った5倍がゆ くだいた卵ボーロ入り」「粉ミルクで作ったパンがゆ 少量のピーナッツバター入り」といったものです。
離乳食をスタートするころは食べても一口程度ですから、アレルゲンになりやすいたんぱく質が体の中に入るのもごく少量です。少しずつ食べさせることで、アレルギー反応が出るリスクを少なくしつつ、その食べ物への耐性を作る(アレルギーを起こしにくくする)ことができます。
注意してほしいのは、卵ボーロを与えるなら全卵で作っているものを選ぶこと。卵アレルギーの子どもが増えたからなのか、卵白を使っていない卵ボーロが増えています。卵白も含めて早い時期に食べることが重要なので、卵白を使っていない卵ボーロでは意味がありません。ピーナッツバターは市販品でOKです。ごく少量(耳かき1杯程度)から始めてみましょう。
なお、すでに強いアレルギー症状が出ることがわかっている場合は、ママ・パパの判断で与えず、主治医の指示に従ってください。
――アレルギーが起こりやすい食べ物を食べさせることに、不安を感じるママ・パパは多いです。
西村 その不安をかかりつけ小児科医が解消すべきというのが私の考えですが、十分に離乳食の相談に乗ってくれる小児科医はまだ少ないかもしれません。アレルギーを起こしやすい食べ物は、かかりつけ小児科の診療時間内に食べさせ、何かあったらすぐ診てもらえるようにすると、多少は不安を取りのぞけるのではないでしょうか。
食物アレルギーは「起こしたら治療する」ではなく、「早い時期から食べて予防する」もの。このことを、子どもたちの健康を守るかかりつけ小児科医が理解し、保護者にわかりやすく説明できるようにならなければいけないと思っています。そのために私はこれからも、かかりつけ小児科医の立場で、乳幼児の食物アレルギーの研究を進めていきます。
お話・監修・画像提供/西村龍夫先生 取材・文/東裕美、たまひよONLINE編集部
「食物アレルギーを起こすのがこわいから食べさせない」ではなく、「食物アレルギーを起こさないように食べて予防する」ことが大切とのこと。子どもがなんでもおいしく食べられるようにするために、ママ・パパも新しい情報を手に入れる必要がありそうです。
●記事の内容は2023年11月の情報であり、現在と異なる場合があります。
西村龍夫先生(にしむらたつお)
PROFILE
にしむら小児科院長。奈良県立医科大学卒業。同大学小児科学教室で臨床研修。榛原町立榛原総合病院小児科、奈良県立奈良病院小児科を経て、1998年に開業。病児保育室「げんきっ子」、発達支援ルーム「みらい」、発達支援事業所「ことり」、小規模認可保育所「つくし」も併設。