始まりは、自身も低出生体重児を出産した1人のママの思いから。小さく生まれた赤ちゃんのためのハンドブックが40都道府県で完成【セミナーレポート】
11月17日は世界中の早産児とその家族の関心を高めるために、2011年に制定された世界早産児デー。各地で早産児に関するイベントが行われるなか、2023年11月上旬、静岡県男女共同参画センターで「次世代を守る! 赤ちゃんの今と未来の健康セミナー〜リトルベビーととも育て〜」のセミナーが開催されました。その内容から、静岡県のリトルベビーサークル「ポコアポコ」の代表・小林さとみさん、静岡市立静岡病院新生児科主任科長の五十嵐健康先生、国際母子手帳委員会事務局長の板東あけみ先生の話の内容をリポートします。
始まりは1人のママの思いから
母子健康手帳の赤ちゃんの発育曲線のグラフは「体重1kg、身長40cm」から始まっていますが、赤ちゃんが小さく生まれた場合には、書き込む場所がなかったり、平均的な赤ちゃんを想定した発育曲線とは成長の経過が合わなかったりすることがあります。そこで、1500g未満で生まれた赤ちゃん向けに、成長を記録する母子健康手帳のサブブックとして低出生体重児のママたちの声をもとに、ママたちの力で作成されたのが「リトルベビーハンドブック」です。
2011年に静岡県のリトルベビーサークルが作成して以降、日本各地の低出生体重児のママたちが集まるリトルベビーサークルで作成への動きが広がり、2023年11月現在は40都道府県が作成・運用しています。静岡県のリトルベビーサークル「ポコアポコ」代表の小林さとみさんは、作成当時の想いについて語ります。
「私は2002年に妊娠27週で927gと466gの双子の女の子を出産しました。今でも、静岡県立こども病院のNICUに入院していた子どもたちの写真を見ると、小さく産んでしまって“母親失格”だと自分を責めていた苦しい気持ちを思い出して涙が出ます。私は娘たちが退院後しばらくして、静岡県立こども病院の医師や看護師、NICUを卒業した子の家族が集まるサークルに参加しました。活動に参加するうちに小さく生まれた赤ちゃんたちの成長を支援したいという思いを持つようになりました。
あるとき、新聞記事で熊本県による極低出生体重児の支援で、“くまもとリトルエンジェル手帳”があることを知りました。静岡県にはないものだったので、くまもとリトルエンジェル手帳のコピーを送ってもらい、サークルメンバーと勉強会をしました。熊本の手帳を参考に、自分たちもママの気持ちに寄り添ったものを作ろうと考え『育ててよし、ふじのくに民間チャレンジ応援事業』の助成金事業に応募したところ採択され、2011年にリトルベビーハンドブックが完成しました」(小林さん)
リトルベビーハンドブックの作成にあたり、医療的な内容については監修やアドバイスをしたのは、当時静岡県立こども病院の新生児科長だった五十嵐健康先生です。
「当時、小林さんから『小さく生まれた赤ちゃんの子育て支援になる手帳を作りたい』と相談を受けたとき、すばらしいものができると予感がありました。医師として低出生体重児のフォローアップの現場でママたちの子育ての不安を感じていたため、どんな支援ができるかは自分の課題でもあったのです。そこで、新生児科の医師や、理学療法士・作業療法士の先生方に原稿執筆をお願いしました。どの先生も二つ返事で協力してくれました。
リトルベビーハンドブックでは正しい医学的知識を提供することも大事ですが、さらに必要だと感じたのは『みんな1人ぼっちじゃないよ』というピアサポートの視点です。そこで、手帳の各ページ下部にひと言ずつ、先輩ママやパパ、きょうだいや祖父母からのメッセージを入れる提案をしました。これは出来上がったあとの感想でもとても好評で、リトルべビーハンドブックの意義を表していると感じています」(五十嵐先生)
2024年度中には、47都道府県でリトルベビーハンドブックが作成・運用される予定

2011年にリトルベビーのママ当事者たちによるリトルベビーハンドブックが完成し、完成記念講演会がテレビや新聞の取材を受け注目が集まると、小林さんのもとに全国のママたちから「ゆずってほしい」と問い合わせが来るように。しかし、静岡県の助成金で作った手帳は県外の人に届けることができませんでした。
「なんとか必要なママたちに届けることができないか・・・」と考え、小林さんは、リトルベビーハンドブックを行政で作成してもらうことに。そして2018年に静岡県「しずおかリトルベビーハンドブック」が完成しました。そのころ、小林さんは国際母子手帳委員会事務局長の板東あけみ先生と出会います。板東先生は、リトルベビーハンドブックを「全国に広げるべきもの」と小林さんの思いに賛同し、県庁やNICU(新生児集中治療管理室)がある病院などへのアプローチを行うなどして、その活動は一気に広がっていきました。
「小さく生まれた赤ちゃんのママたちは、強い自責の念を持ちながら、なかなかその思いを外に出すことができず、孤立感を抱えてしまいがちです。母子健康手帳に、自分の子どもの成長を記録する欄がないと『赤ちゃんの存在を否定されている感じがしてつらい』という声を聞くことが多いです。また、月齢ごとの『成長の記録』には『〜できますか?』という質問項目が多く、『いいえ』の回答ばかり記入することもつらい経験となります。
リトルベビーハンドブックは、赤ちゃんの発達のできた日付を記入する形式になっていたり、発育曲線の体重の目盛りのはじまりが0になっていたりと、小さく生まれた赤ちゃんの成長に合わせた記録が可能です。その子自身の少しずつの成長を記録することができます」(板東先生)
2021年度末までに10都県にリトルベビーハンドブック作成の動きが広がりました。さらに、この2年間で急激に広がり、30都道府県で作成・運用されています。この背景には「SNSが果たした役割が大きい」と板東先生は言います。
「2021年までにリトルベビーハンドブックを作成した広島や佐賀のママたちがSNSで発信を始めたところ、全国のリトルベビーハンドブックを求めるママたちがSNS経由でその情報にたどり着くようになりました。『自分が住む自治体でもリトルベビーハンドブックを作成したい』という人がいると、各県のママたちが私にメールでつないでくれます。私は、新たにリトルベビーハンドブックを作りたい人には、サークルを立ち上げること、自治体に提出する要望書を作成すること、自治体の職員と面談して要望を伝えること、など、作成につながる流れをアドバイスしてきました。でも私がしたことはママたちの応援に過ぎません。各県のママたちが熱意を持って取り組んだ結果、このような大きなうねりとなりました。来年度中には47都道府県のすべてで、リトルベビーハンドブックが作られる予定です」(板東先生)
リトルべビーハンドブックは作って終わりではなく、支援のスタート
会場にずらりと並ぶ40冊のリトルベビーハンドブック。サイズやデザインはさまざまで、各地域ごとの相談機関の情報なども掲載されています。出生体重1500g未満か支援が必要な場合に市町村の母子保健課の窓口や入院中のNICUで入手できます。しかし、なぜ国への要望ではなく、各県ごとに要望し作成をしてきたのでしょうか。
「正直なところ、初めは政府が作って配布するべきだと考えていました。でも、サークルの当事者のママたちが要望書を作って自治体に提出すると、自治体は検討委員会を発足させたり、さまざまな子育ての関係者と話を重ねたりしてくれます。そんなふうにリトルベビーハンドブックが完成するまでの期間を経て、各自治体の母子保健担当者の意識が大きく変わる様子を目にしてきました。保健師さんの勉強会でリトルベビーサークルのママの意見を聞く場を持つようになった自治体もあるそうです。こんなふうに当事者と行政のつながりができることが、すばらしいことだと感じます。
リトルベビーハンドブックを作ることは手段であって、いちばんの目的は、当事者と、行政と医療・地域保健がつながり、ともに寄り添って子どもを育てる地域社会作りをめざすことだと思うのです。子育ての当事者だけでなく、子どもを取り巻くすべての大人や地域社会がともに育てる“とも育て”の考え方が、リトルベビーとその家族支援のために非常に重要です。リトルベビーハンドブックの作成の取り組みは、“とも育て”のためのネットワーク作りのベースとなると考えています」(板東先生)
さらに板東先生は、「リトルベビーハンドブックは子どもの自己肯定感を高めることにもつながる」と話します。
「自分が小さかったときの記録を読むと、自分の命を守るためにどれほどたくさんの方が思いを込めてかかわってくれたか、両親が一生懸命育ててくれたかがわかります。自分が大切にされたと理解することで、自分の命を大事にしてくれると信じています」(板東先生)
取材協力/一般社団法人日本家族計画協会 取材・文/早川奈緒子、たまひよONLINE編集部
21歳の大学生となった小林さんの双子の娘の1人、小林優衣さんは、この日司会アシスタントとして活躍していました。「家には双子で合計30冊ほどのアルバムがあり全部に母のメッセージが書かれています。リトルベビーのママたちの活動を知って、自分も含め、赤ちゃんたちが大切に育てられていると知ることができてとてもうれしいです」と、会の最後にコメントしてくれました。
ちいさな赤ちゃんからの贈り物
各地のリトルベビーサークルのママたち有志が、今回のセミナーのために作成した動画。NICUに入院中の気持ち、リトルベビーハンドブックの記録、子育て中に支援されてうれしかったことなど、ママたちの気持ちや赤ちゃんたちの成長の様子が約7分にまとめられています。
●記事の内容は2023年11月当時の情報であり、現在と異なる場合があります。