おたふくかぜの後遺症で8歳で難聴に。11歳で小児人工内耳の手術を受け、その1年半後にようやく「聞こえた!」の言葉が【ムンプス難聴体験談・医師監修】
4人の子どもを育てている山口眞丘さん(42歳)の長女、友花(ともか)さん(17歳)は、8歳のときおたふくかぜに感染。その後遺症で左耳が「ムンプス難聴」となり、11歳のとき人工内耳の埋め込み術を受けました。この手術のこと、その後の生活、これからのことなどについて聞きました。全2回の2回目です。
片耳難聴は人工内耳手術の対象外。受けるための方法を探して長崎の病院へ
友花さんが8歳でムンプス難聴を発症し、左耳がほぼ聞こえない片耳難聴とわかったとき、眞丘さんは医師から、「ムンプス難聴は回復しません。でも片耳は聞こえるから普通の生活してください」と言われました。
「『回復しない』と言われたとき、一瞬、目の前が真っ暗になりました。左側から声をかけると反応できないし、耳鳴りやめまいがひどく、体育の授業に参加することができないような状態でした。これが一生続くなんて、友花のこれからの人生はどうなってしまうんだろうと、不安でいっぱいになりました。
でも、私が落ち込んでいる場合じゃない!と思い直し、友花のためにできることはないか、インターネットや書物を必死になって調べました。また、定期的に通院していた地元の耳鼻咽喉科の先生にも相談したところ、『人工内耳という方法がある』とのこと。
人工内耳は、体外にあるスピーチプロセッサと体内部の受信刺激装置、蝸牛(かぎゅう)に挿入された電極で構成されています。マイクロフォンから入った音をスピーチプロセッサで電気信号に変え、マグネットでつながった受信刺激装置から電極へ刺激が伝わり、蝸牛神経へ刺激が伝えられるというしくみになっています。補聴器では効果がない人に有効です。でも、人工内耳の埋め込み手術は両耳難聴の人が対象で、片耳難聴には適用されないというのです」(眞丘さん)
眞丘さんは人工内耳の手術について、かかりつけの小児科の先生にも相談しました。
「長崎県に子どもの難聴に詳しい先生がいると教えてくれたので、すぐにその病院を受診しました。友花が10歳のときのことです。このとき相談した先生が、今も友花のことを診てくれている神田幸彦先生です。長崎大学病院が片耳難聴に対する小児人工内耳の埋め込み手術の臨床試験を行っているので、これに参加できれば、友花も人工内耳の手術を受けられる可能性があるとのことでした」(眞丘さん)
眞丘さんは1日でも早く手術を受けさせたい気持ちでしたが、臨床試験に参加するには、まず補聴器を使って効果を試さなければいけませんでした。
「補聴器では聞こえ方が改善されないことを確認してからじゃないと、人工内耳の手術が必要と判断できないのだそうです。『補聴器をつけても聞こえ方は変わらないと思う』と神田先生も言うし、とてもはがゆい気持ちでした。
でも、神田先生から『最新の機能搭載の補聴器で少しでも音が入れば、人工内耳の適応や効果が予測できるヒントにもなる』というお話もあり、補聴器にも期待していました」(眞丘さん)
「補聴器をつけたことで、いいこともあった」と、友花さんは言います。
「片耳難聴になってから、ずっと耳鳴りに悩まされていたんです。突然キーンという大きな音がして、授業中に先生の声が聞こえなくなることもよくありました。ところが、補聴器をつけたら耳鳴りが収まり、ずいぶん楽になりました」(友花さん)
検査を受ける中で「コレステリン肉芽腫」が見つかり、手術が必要に
長崎大学病院の臨床試験に参加申し込みをして半年後に、やっと承認が下りました。しかし、神田先生の病院で検査を受ける中で、友花さんの耳に別の病気が見つかったのです。
「『コレステリン肉芽腫』ができていることがわかりました。コレステリン肉芽腫とは、耳の分泌物が排泄できなくなることが原因で、肉芽と呼ばれる結合組織ができる病気です。おたふくかぜやムンプス難聴との関連はないようですが、人工内耳の装置を埋め込む場所にできているため、長崎大学病院で切除の手術を受けることになりました」(眞丘さん)
友花さんの初めて手術は、このコレステリン肉芽腫の切除術でした。手術直前までは手術をこわいと感じていなかったそうですが、病室から手術室まで1人で行かなければならないとわかり、急に心細くなったそうです。
「手術室まで母が付き添ってくれると思っていたので、1人で歩いて手術室に向かうときの不安な気持ちは、今も忘れません。
全身麻酔を受けるときは麻酔の先生に『3秒で寝ちゃうよ』と言われ、『よし!5秒起きててやれ!!』なんて思ったのですが、一瞬で寝てしまい、目が覚めたら手術が終わっていて、いつもの病室にいました」(友花さん)
「コレステリン肉芽腫の術後は、半年ほどあけないと人工内耳の手術ができません。2017年1月5日に、ようやく手術を受けられることになりました。
実は私は、人工内耳の手術を待っている間に三女を出産。手術を受けたとき友花は11歳、三女は6カ月でした」(眞丘さん)
人工内耳から聞こえる音に1年半苦戦。ある日突然「あれ?聞こえてる!?」と
念願の人工内耳の埋め込み手術を受けられることになった友花さん。手術は3時間ほどで無事終わりました。
「全身麻酔での手術は2回目の経験だったので、このときはわりと余裕って感じでした。手術後の痛みはそれほどなかったし、食欲もありました」(友花さん)
そんな友花さんの様子を見て喜びでいっぱいの眞丘さんですが、別の問題を抱えていました。医療費の負担です。
「臨床試験に参加しての手術はすべて自費診療です。手術に伴う入院費も自費なので、かなりの高額になるんです。さらに、長崎大学病院はうちから車で1時間半かかるため、入院中、私は近くのホテルに滞在。その費用も必要です。本来は1週間入院して経過を観察するのですが、金銭的な負担を少しでも減らすため、状態が落ち着いた術後3日目に退院し、友花も同じホテルへ。4日間は通院して診てもらいました。それでもトータルで300万円程度かかりました」(眞丘さん)
人工内耳を埋め込む手術をしたからといって、すぐに音が聞こえるようになるわけではありません。
「聞こえる音を調整する『マッピング』というプロセスが必要で、これがとても重要だと、神田先生から説明を受けました。マッピングは生涯必要になるもので、今も半年に1回神田先生にマッピングを行ってもらっています。
埋め込み当初は、マッピングの調整をしながらいろいろな音を聞く練習をしなければいけないのですが、これがかなり不快だったようです」(眞丘さん)
「最初は高音が聞こえるように調整し、慣れてきたら少し高い音・・・と順番に調整していくのですが、高温が聞こえていたころ、学校で机を引きずる音やリコーダーの音が不快で、左耳が痛くなりました。音楽の授業でリコーダーの合奏をしたときは、どうにも耐えられなくて、耳にかけている装置をはずしてしまいました。はずせば左耳に音が入ってこなくなるので平気なんです」(友花さん)
「本当は不快な音も含めていろいろな音を聞き続けることで、人工内耳に慣れていかないといけないそうなんです8歳までは友花の左耳は聞こえていたので、半年くらいで人工内耳の音に慣れて不自由がなくなるかもしれないと言われていたのですが、不快な音がすると、耳にかけている装置をはずして音をシャットダウンしてしまうため、なかなか成果が上がりませんでした」(眞丘さん)
そんな友花さんに大きな変化が現れたのは、人工内耳をつけて1年半がたったころ。13歳のときでした。
「その瞬間は、家にいるとき突然やって来ました。今までは何を言っているのかわからなかった両親の声が、すごくはっきり聞き取れたんです。テレビの音、椅子を引く音、家の外のざわめき、すべてが聞こえていることに気づきました。『あれ?左耳が聞こえてる!?』って。それからはどんどん聞こえるようになりました。何かの回路がカチッとつながったような感じでした」(友花さん)
「片耳難聴の会」を作り、公的支援や予防接種の定期接種化の重要性などを発信
友花さんが片耳難聴と診断されてから5年後の2019年10月、眞丘さんは「片耳難聴の会」を立ち上げました。
「友花が人工内耳でうまく聞こえるようになるまでは、患者会を立ち上げる余裕はありませんでした。でも、友花の『聞こえた!』のひと言を聞いて、同じように悩み、苦しんでいる患者さんとその家族が集まれる会を作りたいと考えるようになったんです。Facebookでメンバーを募り、現在は405人。片耳難聴、両耳難聴、健聴者の区別なく、それぞれが感じることを発信しています」(眞丘さん)
「Facebookのロゴに使っているイラストは、私が小学校1年のときに描いた絵を、スマホに取り込んで補正したもの。10月に行われた『知ることで感染症予防アクションを考えるシンポジウム』に母が参加する際、ロゴがほしいと言われて制作しました」(友花さん)
「片耳難聴の会」では片耳難聴者への公的支援を訴えています。
「片耳難聴の人は、片耳は正常に聞こえるので、障害者手帳は公布されません。また、自治体によって支援に差があり、補助金にもばらつきがあります。佐賀県では、補聴器と人工内耳による補聴援助システムは、18歳以下は障害手帳がなくても利用できるようになりましたが、18歳以降は対象外。友花もまもなく援助を受けられなくなります。
全国的に統一された公的支援の取り組みが必要ですし、子どもだけでなく成人にも手を差し伸べてほしいと切に望んでいます」(眞丘さん)
さらに、ムンプスワクチンの定期接種化を働きかける活動も行っています。
「友花と比べると、三女は定期接種のワクチンが驚くほど増えました。なのに、なぜいつまでもムンプスワクチンは任意接種なのでしょうか。ムンプス難聴は片耳難聴のことが多いですが、両耳が難聴になるリスクもあります。実際、友花と同時期に小児人工内耳の埋め込み手術を受けたお子さんは、ムンプス難聴で両耳難聴になったそうです。
ムンプス難聴はワクチンを受ければ防げるんです。三女にはそろそろ2回目のムンプスワクチンを接種する予定です」(眞丘さん)
友花さんは大学受験を控える高校3年生。将来は図書館の司書になりたいそうです。
「3歳ごろから図書館で本を借りるのが大好きでした。片耳が聞こえなくなっててからはとくに、図書館の静けさや本のにおいなどを心地よく感じるようになりました。子どもたちに本の楽しさを伝えられるような司書になりたいと考えています」(友花さん)
【神田幸彦先生より】子どもが人工内耳による聞こえ方に慣れるには、専門家の助言と家族のサポートが欠かせません
人工内耳手術は小児においては、「始まりの治療」と言われてきました。新生児聴覚スクリーニングが拡充し、早期から補聴器を使って聴覚を活用する教育を受けている小児が増えてくると、進行性で補聴器が適合しづらい、片耳の難聴が進行した、などの理由により、もともとできている聴覚経路を人工内耳でさらによりよく活用できる小児が増えています。
片耳難聴の人工内耳も同じ理由で、もともとあった正常な聴覚経路に失聴して重度難聴になり、悲嘆に暮れているご両親や小児には、山口さんのケースのように再度失聴耳を活用できることが期待できます。
手術前に重要なのは、補聴器適合と装用との比較、原因や病態の検索などです。現在、海外の動きに合わせて日本の耳鼻咽喉科の学会でも、ガイドライン作成が進んでいる状況です。
術後は、新しい聞こえ方に対するリハビリテーションが重要になります。片耳難聴の場合、とくに難しいのは、正常な耳により近づけられるような機器や、機器調整(マッピング)技術、そして聴覚に特化したリハビリテーションです。山口さんは初めてのケースで困難もありましたが、上手に常用活用できている背景には、装用意欲を高めるための言語聴覚士や医師からの助言に加え、家族のサポートがありました。人工内耳の手術を行った多くのお子さんとって、とても重要なことです。
お話・写真提供/山口眞丘さん・友花さん 医療監修/神田幸彦先生 取材・文/東裕美、たまひよONLINE編集部
すっかり人工内耳にも慣れたという友花さん。リモコンで聞こえる音の大きさを調整できるので、ライブのように大きな音量で音楽を楽しむ場にも出かけているそうです。「でも、ムンプス難聴は予防接種を受ければ避けられます。多くの人にそのことを知ってほしい」と、眞丘さんも友花さんも言っていました。
神田幸彦先生(かんだゆきひこ)
PROFILE
神田E・N・T医院理事長・院長。長崎大学医学部耳鼻咽喉科臨床教授。医学博士(論文:ランセット)。0歳児から高齢者まで医学的評価に見合った、補聴器適合と人工内耳適合、装用者のための聴覚・言語のリハビリテーション、聴覚を管理し活用する教育などを行っている。
●この記事は個人の体験を取材し、編集したものです。
●記事の内容は2023年12月の情報であり、現在と異なる場合があります。