よかれと思ってやっていた子どもへのかかわり方が、実は逆効果!子どものあごの発達を促す育児・妨げる育児【歯科医師】
昨日できなかったことが今日はできた、と赤ちゃんの成長を実感することは親にとって大きな喜び。しかし、赤ちゃんのためにと思ってしていることが、逆効果になることがあることも知っておきたいものです。
愛知県刈谷市のやまむら総合歯科・院長の山村昌弘先生は、子どもの口腔機能の低下に警鐘を鳴らし、これ以上悪化しないために必要な正しい知識を発信しています。
山村先生に聞いた内容を『子どもをぽかん口にさせないために』シリーズで、全6回お届けします。今回は3回目です。
乳児期は、じっくりと上あごを成長させる時期
――山村先生はこれまで多くの赤ちゃんや子どもの歯や口を診察してきて、近年はとくに、子どもの口腔機能の低下を感じているということです。
山村先生(以下敬称略) まず、口腔機能について説明しましょう。食べ物を口に取り込む、かむ、口の中で移動させる、飲み込む、声を発するといった口の機能全般が口腔機能です。味覚や触覚、唾液の分泌にもかかわります。生きていく上で必要不可欠な機能です。
最近は子どものむし歯は減っています。それはとてもいいことです。しかしその一方で増えているのが、あごの発育が未熟な子たちです。あごの発育が未熟ということは口腔機能の発達もうまくいっていないということです。口腔機能は本来、年齢とともに習得されるべきものですが、年齢に合った口腔機能が備わっていない、うまく成長できていない子たちが今とても増えているのです。
あごの発達は、まず上あごが大きくなり、続いて下あごが成長します。ですから、乳児期は上あごをしっかり成長させるかかわりをすることが重要です。
国はこのような現状を受けて、2018年に口腔機能の発達が遅れている状態を「口腔機能発育不全症」という疾患名をつけ、保険診療にしました。日本の保健環境において、口腔機能をきちんと身につけることかがいかに大切なのかわかりますよね。
――なぜ日本の子どもたちの口腔機能は低下しているのでしょうか。
山村 最大の要因は、第2次世界大戦後に入ってきた欧米の食文化でしょう。それまでの日本の食事は、口をしっかり動かしてかんで食べるものが主流でしたが、かまなくても食べられるメニューがたくさん入ってきて、それらが好まれるようになったことが大きいです。
しかし、それだけではありません。親の、子どもへのかかわり方の変化も影響していると思います。
あごを育てる抱っこ・育てない抱っこ
――子どもの口腔機能を育てるために親はどのようにかかわるといいのでしょうか。
山村 一つ例を出すと、赤ちゃんの抱き方も口腔機能の成長と深い関係があります。首がすわるまでは長時間のたて抱きはさけたほうがいいです。筋力が十分についていない状態でたて抱きを続けていると、体に力が入り過ぎて上体が反り、口腔機能の発達にも影響が出てきます。
――上体が反ると、どうして口腔機能の発達においてよくないのでしょうか。
山村 人間は、体の上にきちんと頭がのってはじめて、いろいろな活動ができます。頭をしっかりと固定できたうえで、鼻で呼吸をし、よくかんで食べることができるのです。ところが、上体が反った姿勢が続くと頭を支える首まわりの筋力が育ちません。
首まわりの筋肉が育たないと正しい姿勢が維持できず、あごが上がって後頭部と首の後ろに負担がかかり、口呼吸になってしまうのです。上体を反った状態では口を閉じられませんから、かむ力も育ちません。上体が反った状態を長くさせていると、かむために必要な筋力が鍛えられないのです。
――具体的に、どのように抱っこしてあげるのがいいのでしょうか。
山村 首が反って頭が下に落ちないようにすることが大切です。首がしっかりすわらないうちは、背中がアルファベットのCの形になるように横抱きをしてあげましょう。片腕に赤ちゃんの頭を乗せ、反対の腕におしりを乗せます。ひざがおしりより高くなっているのが理想的です。
首がすわってからも、頭ががくんと倒れるような抱き方はしないでください。おんぶも同じです。抱っこひもを使う場合は頭を保護する機能があるものを選ぶといいでしょう。
はいはいは、できるだけ長い期間させてあげて
――ほかにも、気をつけたいかかわりはありますか。
山村 口腔機能を鍛えるという意味で、はいはいはとても重要です。何をするにも筋力は必要で、筋力は日々いろいろな動作をすることで鍛えられていきます。しっかりかむ力も、筋力を鍛えてこそです。舌を使う筋力、首まわりを支える筋力、唇を開閉する筋力などいろいろな筋力を使えてはじめてしっかりとかむことができます。はいはいは、それらの筋力を鍛えるために最適な運動といえます。
はいはいをするには、複雑な体の動きが求められます。上半身を持ちあげた体勢を維持することで背筋と腹筋が鍛えられ、腕と脚を交互に移動させることで腕や脚、肩甲骨などの筋肉や骨格が発達します。また、はいはいの姿勢で、きょろきょろといろいろな方面を向いて探索することで首まわりの筋肉も鍛えられます。つまり、あごの発達も促されるのです。
ほとんどの動物は生まれてすぐに歩き出し、自分で食べ物をほおばり生きていきますよね。なぜ人間の赤ちゃんだけがはいはいをすると思いますか。二足歩行である人間は、重い頭を体の上にのせて活動するだけの筋力を鍛える必要があるからです。
それだけではありません。人間は歩き始めるまでの約1年の間に、親から乳や食べ物を与えられなければ生命を維持することができません。この時期は栄養だけでなく、親からの愛情や保護を得ようとする時期で、心や愛着が発達する基礎が育まれる時期とされています。心身の発育上、とても大切な時期なのです。
――今、はいはいをあまりせず、早い段階から立っちする子も増えていているようです。
山村 立っちは早いほうがいい、うれしい、と思っているママ・パパがいるかもしれませんが、かむために必要な筋肉を育てるためには、はいはいをできるだけ長い期間続けたほうがいいのです。はいはいを長くしないのには個人差もありますが、室内環境もあると思います。
まず、片づけられすぎた部屋は赤ちゃんの好奇心をくすぐりません。触ってみたいものがある、不思議な音がする、きれいな色がある、など五感を刺激することが大切です。
そして、つかまり立ちがしやすい環境もなるべく少なくしたほうがいいです。つかまりやすい高さの家具などは、赤ちゃんが過ごすスペースからははずしておきましょう。
そしてこれは住宅事情も関係してきますが、広々と自由に動けるスペースが理想的です。自宅で難しいなら子育て支援センターや児童館などに積極的に連れて行ってあげましょう。ベビーサークルを使っている家庭も多いようですが、本当に必要なときの、最低限の利用にしてほしいと思います。
指しゃぶりは遅くとも2歳半~3歳ごろまでには卒業させて
――指しゃぶりを気にしているママ・パパも多いのですが、それはどうしたらいいでしょうか。
山村 指しゃぶりするとき、口を開けてしゃぶる子はいませんよね。指しゃぶりは、べろで指を吸いながら両頬でぎゅーっと抑えこむという動きになりますが、これを日常的に続けていると、その動きに合ったあごになってしまいます。あごの幅が狭く、小さくなります。また、あごだけでなく指を上下の歯の間に入れないといけないのですき間ができてしまったり、指で歯の裏が押され続けることで出っ歯になりやすくなったりします。
指しゃぶりは、遅くとも乳歯が完成し、大人と同じ食事をとるようになる2歳半~3歳ごろまでにはやめさせてほしいと思います。長引くほど、間違った位置に骨が成長しやすくなります。
大人よりも子どもは、よくも悪くも柔軟で順応しやすく、いい習慣がつけばいい成長をしていきます。ですから、正しい舌の使い方、唇の使い方、えん下の力が正しく身についていればそれに合わせて発育していきます。逆もしかりです。
歯並びにかかわる成長は10歳ごろまでに85~90%が完成してしまいます。ですから、遅くとも小学校高学年までにはかむために必要な筋肉をつけることが大切です。
お話・監修/山村昌弘先生 取材・文/岩﨑緑、たまひよONLINE編集部
山村先生は毎日の診察で子どもの口腔機能の低下への危機感から、口やあごの機能を正しく成長させる「筋機能矯正」という治療を行っています。対象は6~10歳ですが、先生はたまひよ世代から、口やあごの成長にかかわる正しい知識を身につけてほしいと話しています。
山村昌弘(やまむらまさひろ)先生
PROFILE
歯科医。医療法人志朋会やまむら総合歯科・矯正歯科理事長・院長。大型歯科医院を経て愛知県刈谷市で開業。2023年に日本口育歯科医院認定。一女一男のパパ。
●記事の内容は2023年12月当時の情報であり、現在と異なる場合があります。
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