育児にはほぼノータッチだったパパ医師が、3人目のときに新生児育児を体験。不安ととまどいの連続で感じた不調…【産後うつ・専門医】
信州大学医学部附属病院に勤める村上寛先生は、2021年4月に周産期メンタルヘルスに特化した大学講座を日本で初めて設置し、同年5月に周産期のメンタルヘルスに特化した「周産期こころの外来」を開設しました。そして、2024年1月には、周産期の父親のメンタルヘルスを専門とする外来も新設しました。
『さよなら、産後うつ 赤ちゃんを迎える家族のこころのこと』の著書もある村上先生に、父親と母親のメンタルヘルスについて聞いた全2回のインタビュー取材です。
前編は、村上先生自身の育児体験や、父親の産後うつへの対応などについて聞きます。
「患者さんを救う」という使命感から、育児にはほぼノータッチの生活が続く
――村上先生は7歳、6歳、3歳の子の父親だそうです。先生自身の子育て体験を教えてください。
村上先生(以下敬称略) 私はもともと小児外科医で、東京の病院に務めていました。長女は2017年、二女は2018年に生まれましたが、そのころは「手術をすることで1人でも多くの患者さんを救いたい」という強い思いがあったので、「妻と一緒に育児をする」「妻の産後のケアをする」ということに考えが及ばなかったんです。
とくに長女が生まれたころは、外科手術の技術を磨くことに懸命だった時期。妻は私が勤める病院で出産したので、なんとか立ち会うことはできたのですが、手術着のまま分娩室に向かい、生まれたばかりの長女の顔を見たら、またすぐに手術に向かう・・・といった感じでした。
――退院後の育児はどうしましたか。
村上 妻は自分の実家に里帰りし、両親のサポートを受けていました。私はそれにすっかり甘えてしまい、長女が低月齢のころの育児には、ほとんどかかわっていなかったんです。
里帰りから帰ってきたあとも、私は家にはほぼ寝に帰るだけ。「育児に合流できない」というのが、当時の感想でした。
――村上先生ファミリーは、2018年に信州の松本に移住したとか。どんなきっかけがあったのでしょうか。
村上 小児外科医として働く中で、患者さんであるお子さんのママ・パパの心の不調に気づくことがありました。でも、その支援をする余裕も技術もなく、ふがいなさを感じていました。必要とされているのは、心のケアのほうではないかと思うようになり、精神科の勉強をしようと考えました。
また、家族のスタイルも変化を考えていた時期でもありました。「自然が豊かな場所でのびのび育つことは、子どもにとってプラスになるはず」と夫婦で話し合い、松本市に移住して、私は信州大学医学部で精神科医としてのトレーニングを積むことを決めました。長女が1歳8カ月、二女が3カ月のときでした。
――松本に住むようになって、村上先生の気持ちに大きな変化があったとか。
村上 東京にいたころは両方の両親が近くにいたので、何かと育児をサポートしてくれていました。ところが、松本に移住後は両親のサポートがいっさいなくなったので、すべての育児を夫婦2人だけでやらなければいけなくなりました。
当時の私は、平日は信州大学医学部附属病院で精神科医の勉強と仕事をして、土日は東京の病院で小児外科医として手術をする生活。育児はほとんど妻任せの状態に・・・。
妻は1人で本当によくやってくれたと思います。でも、このままでいいわけがないと悩んでいた矢先に、新型コロナウイルス感染症が流行。東京との往復が制限されてしまいました。これは自分の人生を切り替えるチャンスだと考え、一度、小児外科の仕事から離れ、メンタルヘルス領域一本に絞って仕事をしようと決心したんです。
1人で出産を乗り越えた妻を見て、「自分は不調を感じる資格はない」と・・・
――3人目のお子さんが生まれたのは2021年。コロナ禍でした。
村上 息子は私が勤める信州大学医学部附属病院で生まれましたが、面会はいっさい禁止だったので、出産に立ち会うのはもちろん、入院中、妻にも息子にも会いに行けませんでした。LINEでのやりとりが、妻との唯一のコミュニケーションでした。
――3人目にして初めて、新生児の育児に取り組んだそうですね。
村上 誕生後、息子が自宅に帰ってきたあと、しばらくは時短勤務にして、できるだけ育児をする時間を確保しました。ですが、その期間のことをよく覚えていないんです。お恥ずかしい話ですが、3人目にしてほぼ初めての新生児育児。未体験のこと、慣れないことの連続で、心が不安ととまどいでいっぱいになり、まったく余裕がなかったんです。
――メンタルヘルスの不調は感じましたか。
村上 心は不安でいっぱいでしたが、「自分には不調になる資格がない」と思っていました。息子の出産入院中、私は何もできなかった。1人ですべて乗り越えて自宅に帰ってきた妻は、つらそうに見えました。それなのに、毎日育児を頑張っている。そんな妻を前にして、「自分が不調になっていいわけがない」と当時は思い込んでしまいました。
父親のメンタルヘルスの不調に気づく場がほとんどない
――自身の経験も踏まえて、父親が産後うつになる過程を教えてください。
村上 まず、「父親の産後うつ」という表現について説明させてください。「産後うつ」は「産後」というだけあって、出産後の女性について使われる言葉だと思われるかもしれません。でも、「産後うつ」とは、産後にメンタルヘルスが不調になる、とても広い状態を指す言葉だとも考えられます。一方で、出産そのものを経験しない父親の「産後うつ」という表現が適切なのかについては、議論が必要だと考えています。ただ、現時点ではほかにわかりやすい言葉がないので、「父親の産後うつ」という言葉で説明します。
母親が産後うつになる大きな原因のひとつに、産後、急激に変化するホルモンの影響が挙げられます。一方、父親にはそのような身体的な変化があるというデータは現時点ではありません。
では、何が原因になるのかというと、いちばん大きいのは環境の変化です。父親という初めての役割、初めてする育児、育休を取って仕事から離れるなど、あらゆる変化が母親同様、父親もメンタルヘルスに影響することがあります。
――父親の産後うつは増えているのでしょうか。
村上 父親の産後うつが注目されるようになったのは2005年ぐらいのこと。しかもこれは海外での話です。日本で父親の産後うつが注目されるようになったのは、ここ10年くらいのことになります。そのため、父親の産後うつの実態は、まだ明らかになっていないんです。
そのうえ父親のメンタルヘルスの不調は、気づきにくいという側面があります。まだまだ不十分な体制とはいえ、母親のメンタルヘルスの不調は、産後の健診や助産師・保健師の訪問などで、比較的気づきやすいと言えます。しかし、父親にはそういった機会がほとんどありません。
――父親が産後うつになると、母親にどのような影響が出ますか。
村上 赤ちゃんのお世話をしながら、パートナーの心のケアもしなければいけなくなるので、負担がすごく大きくなります。さまざまな研究において、父親・母親のどちらかが産後うつになると、もう一方の親も産後うつになりやすくなることが明らかになっています。
メンタルヘルスの不調に気づいたら、まずは地域の保健師さんに相談を
――村上先生は2024年1月に、「周産期の父親の外来」を開設しました。
村上 先ほどお話ししたように、母親だけでなく、父親のメンタルヘルスの不調を早期に気づくためのしくみが必要です。そこで、父親の産後うつを診断・治療する場が必要だと考え、「周産期のこころの外来」とは別に、「周産期の父親の外来」を新設しました。初診時は、1時間くらいじっくり時間をかけて話を聞いています。
――産後うつなどメンタルヘルスのケアについて、日本と欧米ではどのような違いがありますか。
村上 メンタルヘルスのケアには医療機関の受診に加え、心理士によるカウンセリングも重要です。欧米ではメンタルヘルスの不調を感じたとき、カウンセリングを受けるのは、ごく自然なことです。
一方、日本には「カウンセリングを受ける」という文化が浸透しておらず、カウンセリングのみならず、心の不調を感じたときに医療機関を受診することに壁を感じてしまう人が多いと感じています。
体の不調と同じように、心の不調を感じたときは医療機関を受診することも選択肢として重要だと、ぜひ理解してほしいです。
――父親が自分のメンタルヘルスの不調に気づくための、チェックポイントがあったら教えてください。
村上 子どもが生まれる前と比べて以下のような変化が見られたら、メンタルヘルスの不調を疑ってください。
<父親のメンタルヘルス不調チェック>
□会話が減った
□仕事への意欲や興味がなくなった
□以前はしないようなミスをするようになった
□よく眠れなくなった
本人は気づかないこともあるので、パートナーが変化に気づいてあげることも大切です。
――父親がメンタルヘルスの不調を感じたときは、どこで相談するのがいいですか。
村上 精神科や心療内科にかかれればベストですが、人によっては精神科や心療内科を受診することを、ハードルが高く感じるかもしれません。その場合、まずは、地域の保健師さんに相談するのがいいと思います。必要に応じて、地域の専門医につないでくれるでしょう。本人が相談しづらいときは、パートナーが気になる点を相談してみるのもいいですね。
――父親も母親も産後うつにならないために、必要なことは何でしょうか。
村上 不安やとまどい、つらさなどをため込まないようにすることが大切ですが、SOSの出し方は人それぞれ。しゃべることで表現する人もいれば、文字で書いて伝えたい人、態度など言葉以外の方法で表す人もいます。お互いに相手がどのような方法でSOSを出すのかを理解し、受け止めるようにしましょう。
そしてお互いをリスペクトする気持ちを持つ。これがとても大切だと思います。
お話・監修・写真提供/村上寛先生 写真提供/松本山雅FC 取材・文/東裕美、たまひよONLINE編集部
父親のメンタルヘルスの不調は、気づかれにくい状況があるようです。ママ・パパが力を合わせて子どもを育てていくには、お互いをいたわり、相手の心の不調に気づけるようにすることが大切です。
村上寛先生(むらかみひろし)
PROFILE
医師。1985年生まれ。東京都出身。2011年順天堂大学医学部卒業。信州大学医学部内に日本で初めての周産期メンタルヘルスに特化した大学講座「周産期のこころの医学講座」を創設。信州大学医学部附属病院の「周産期のこころの外来」「周産期の父親の外来」にて、妊産婦や父親のメンタルヘルスサポートおよび産後うつの治療を行う。日本各地で周産期メンタルヘルスや母子保健に関する講演会・研修会も開催。3児の父。
『さよなら、産後うつ 赤ちゃんを迎える家族のこころのこと』
産後うつに悩む妊産婦とそのパートナーを救いたい・・・。その思いから周産期メンタルヘルスに特化した診療を行う村上先生が、周産期の「こころ」のことを、わかりやすくていねいに伝えている。ママ・パパはもちろん、その家族にも読んでほしい本。村上寛著/1760円(晶文社)
●記事の内容は2024年12月の情報であり、現在と異なる場合があります。