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「僕たちを育てるの大変だった?」と息子たちに聞かれ、気になっていたことを伝えると…。その答えに頑張ってきてよかったと思えた【双子育児・体験談】

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保育園の運動会で。

助産師・看護師の榊原綾子さんは、一卵性の双子の母です。子どもたちは男の子で、現在中学1年生。また榊原さんは多胎家庭を支援する、一般社団法人あいち多胎ネットで代表理事を務めています。榊原さんに双子の男の子の成長や、多胎家庭をサポートするための活動について聞きました。
2回インタビューの後編です。

▼<関連記事>前編を読む

子どもが2歳になり助産師に復職。2人平等に育てることに悩んだ時期も

おんぶ&抱っこで外出したことも。

助産師の榊原さんは妊娠がわかってから、つわりがひどいほか、切迫早産(せっぱくそうざん)で管理入院が必要になり退職。復職したのは、子どもたちが2歳になってからです。

――助産師に復職したときのことを教えてください。

榊原さん(以下敬称略) 子どもたちが2歳になり、保育園に入園が決まったので助産師に復職しました。夜勤がある病院での勤務は無理なので、市の保健センターで働くことにしました。主な仕事は、新生児訪問などです。これまでの自分自身の双子の子育ての経験をいかしたいと思いました。

――子どもたちの成長や双子育児について教えてください。

榊原 双子育児で、私が悩んだのは平等に育てることでした。長男は、赤ちゃんのときよく泣いて抱っこすることが多かったんです。二男はその間、ベッドに寝かせていたり、1人で遊んだりしていました。
当時の私は、二男に対して申し訳ない気持ちと、この方法でないと2人を育てられないもどかしさの板挟みでした。「愛情不足にならないかな?」と心配もしました。

でも子どもたちが小学2年生のとき、小学校で「いのちの授業」があったようで、帰宅すると2人で「ママ、僕たちのこと育てるの大変だった?」と聞くんです。私は「大変だったけど、それより2人のことを平等に育ててあげられたかな?って、ママずっと悩んでたんだ・・・」と言うと、子どもたちは「十分だよ!」と笑顔で言うんです。子どもたちの言葉に救われました。これまで頑張って育ててきてよかったと心から思いました。

多胎家庭だと、私と同じような悩みを抱えているママ・パパが少なくありません。私は今、助産師として、そうした悩みを聞いたとき「平等とは均等なことではなく、それぞれの子どもの心を満たしてあげることですよ」と伝えています。

――子どもたちは中学1年生ですが、今、身長はどのぐらいですか?

榊原 長男は生まれたときは、体重2030g、身長45cmで低出生体重児でした。二男は生まれたときは、体重1250g、身長39.5cmで、極低出生体重児でした。しかし中学になりバスケ部に入ったからか、長男は身長167cm、二男は身長170cmです。小さく生まれた二男のほうが今は少し大きいです。

息子たちは言葉の発達も遅く、「ママ」などの一語文が出たのは2歳ごろ。会話でコミュニケーションがとれるようになったのは4歳でしたが、今は反抗期真っただ中。よく言い返されたりしています。本当に子どもの成長は早いです。

二男は、小学2年生のときに転んで骨折をして手術をしたのですが、治りかけたときにまた転んでしまい、再び手術をしたこともあります。振り返ると、2倍いろいろなことがありました。

三つ子のママの虐待事件を知って、ひとごととは思えなかった

多胎家庭の子育てや支援について講演をすることも。

榊原さんが多胎家庭を支援する、あいち多胎ネットで活動を始めたのは、子どもたちが小学2年生になったころです。

――あいち多胎ネットで活動を始めたときのことを教えてください。

榊原 私は新聞記事で、あいち多胎ネットのことを知り、双子を育ててきた経験をいかしたい!と思い、あいち多胎ネットに連絡をして、一緒に活動するようになりました。元代表で三つ子ママの日野紗里亜さん(現・国民民主党 衆議院議員)と出会ったのは、そのころです。

当時、愛知県で三つ子のママが、泣き出した生後11カ月の二男を床に投げ落として死亡させる事件があったんです。
そのママは両親や夫を頼ることができず、ワンオペで三つ子を育てていました。私も双子を育てましたが、双子でもワンオペではとても無理だと感じていました。三つ子なんて、とても大変だと容易に想像できました。

そのママは、保健師の訪問を受けた際に、子どもを一時的に預けるファミリーサポートセンターの利用をすすめられたのですが、3人の赤ちゃんを連れて事前面談に行くことができなかったんです。報道では、家族はエレベーターのないアパートの4階に住んでいて、3人の赤ちゃんを抱っこして階段を下りるのが無理だったとも報じられていました。

この事件を知ったときに、私はひとごとではないと思いました。あいち多胎ネットのメンバーも同じことを言っていました。

あいち多胎ネットでは、多胎家庭交流会のイベントなどを行い、多くのママ・パパが参加してくれています。しかし、本当に困っている人は、家から出られないんです。家から出られない多胎家庭のママ・パパとコンタクトをとり、サポートしていくことが、あいち多胎ネットの役割でもあります。

多胎家庭は、訪問看護も視野に

訪問看護で多胎家庭をサポートする、榊原さん。

榊原さんは、愛知県名古屋市の訪問看護ステーション「恕庵」(じょあん)で看護師・助産師として、多胎家庭の訪問看護も担当しています。

――多胎家庭の訪問看護について教えてください。

榊原 先ほども話したように、多胎家庭で本当に困っているママ・パパは、家から外に出られないんです。

訪問看護というと高齢者や医療的ケア児の訪問看護をイメージするママ・パパもいるでしょうが、多胎の場合は早産で小さく生まれた赤ちゃんが多く、何らかの病気をもっている子もいます。発達も遅めです。また多胎育児は、とくにワンオペだとママ(パパ)が食事をとったり、眠る時間もなく、体調を崩すこともあり、訪問看護が必要なケースが多々あります。

――「恕庵」について教えてください。

榊原 「恕庵」は、名古屋市名東区、守山区、東区、天白区、千種区などが訪問エリアです。現在スタッフは5人で、私のほかに、もう1人多胎ママの看護師がいます。
現在は、0~1歳の子どもがいる10家庭ぐらいの多胎家庭を訪問看護しています。
訪問看護はいつか卒業するため、私たちは看護計画を立てて、卒業後、赤ちゃんとママが孤立しないように、支援への橋渡しも行っています。

――訪問看護を希望する場合は、どうしたらいいのでしょうか。

榊原 産後、ワンオペ育児になる場合は、妊娠中から医師に相談して、産後、退院したらすぐに訪問看護を受けられるようにするのが理想です。
それが難しいときは、新生児訪問や1カ月健診のときなどに「訪問看護を受けたい」と伝えてください。多胎育児は新生児期がまずは1つの大きな山なので、なるべく早い段階からサポートを受けることをすすめます。

――多胎家庭の場合、産後パパ育休はどのように取るといいでしょうか。

榊原 多胎育児はサポートのバランスが大切です。親などサポートしてくれる人がいるときは産後パパ育休を取らず、だれからもサポートが得られず、ママ1人になってしまうときに育休を取ってはどうでしょうか。一度にまとめて取るよりも、夫婦でよく相談して、大変なときに分割して取るのがいいと思います。

また私の場合は、自治体が行っている産後のヘルパー派遣を知らずに、利用することができませんでした。毎日、双子の育児に追われて、自分で調べる余裕もありませんでした。頭が回らず、行政サービスに頼ることを思いつきませんでした。
そのためパパが、利用できる支援を調べて、手続きをするのもママを助けることにつながります。

お話・写真提供/榊原綾子さん 協力/一般社団法人あいち多胎ネット 取材・文/麻生珠恵、たまひよONLINE編集部

多胎育児の割合は、100人に1人といわれています。
榊原さんは「少子化に加えて、多胎育児をしているママ・パパは100人に1人と少ないため、孤立化しやすい傾向があります。少子化対策で国や自治体は子育て支援に力を入れていますが、多胎育児の場合は、孤立化などが原因で支援が行き届かない場合もあります。そうした人たちを救っていかなくてはいけない」と話します。

「たまひよ 家族を考える」では、すべての赤ちゃんや家族にとって、よりよい社会・環境となることを目指してさまざまな課題を取材し、発信していきます。

あいち多胎ネット

●この記事は個人の体験を取材し、編集したものです。
●記事の内容は2024年12月の情報であり、現在と異なる場合があります。

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