「この子に生きてもらうために」631gで生まれ、医療的ケア児に。通院は往復3時間。ワンオペで休む暇もなく…~スウェーデンでの医療的ケア児ママの育児~
妊娠・出産では、ときに予測しない事態が起こることがあります。スウェーデン人と結婚し、2018年に長男を出産したゆきさんもその1人。順調と言われていた妊娠23週に突然出血し、緊急帝王切開で長男を出産しました。出産後、長男は脳出血、水頭症(すいとうしょう)などを発症し、医療的ケア児に。現在は、スウェーデンに移住し、夫と医療ケアが必要な長男、そしてスウェーデンで生まれた二男と暮らすゆきさんにお話を聞きました。全2回インタビューの後編です。
「これからは自分1人で頑張らなくちゃ…」喜びと不安が入り交じった退院
脳出血、水頭症、未熟児網膜症、肺気胸…と、いくつもの山を越えて、生後6カ月で退院し、ようやく家族の元で暮らせるようになったマティアスくん。しかし、退院後はマティアスくんをやさしく見守ってくれていた医師や看護師などのたくさんの目もなければ、マティアスくんの状態をすぐに確認できるモニターもありません。
入院中はずっと一緒にはいられないけれど、そこにいれば最前線で命を守ってもらえている――そんな感覚すらあった病院を退院することについて、ゆきさんはうれしいものの、不安も募っていました。そして、退院と同時に、ほぼワンオペでのマティアスくんのお世話、医療的ケアもスタートするのです。
「普通のお世話に加えて、搾乳もあるし、昼夜問わず3時間おきに経鼻経管栄養からの注入もしなくちゃいけない。注入が終わったら、使った器具の消毒もしなくちゃいけない。あと、おなかに力を入れるのが難しいみたいで自力での排便がうまくできないので、退院後1年半くらいは浣腸(かんちょう)が必要でしたね。
あとは、フルタイムで働いている両親のもとにお世話になっている分、自分でできることはやろうと、料理・洗濯・掃除など家事全般は私がやっていました。
この子に生きてもらうためには、自分1人で頑張んなきゃいけないんだと思うと不安はいっぱいありました。マティアスが生まれてからは、もうずっと寝不足で。その寝不足がもう当たり前のようになってしまった時期もありましたね」(ゆきさん)
ゆきさんとマティアスくんは、ゆきさんの両親と一緒に暮らしてはいたものの、両親ともフルタイムで働いていたので、帰りも遅く、頼れる人はあまりいなかったそうです。医療的ケアが必要なマティアスくんを、気軽に預けられるところもありません。
「土日休みの両親にマティアスのお世話をみてもらうとしても、1時間ぐらいが限度。1日預けて…というのは、さすがに難しかったです。
たとえば、両親は、経鼻経管栄養の注入はできても、もし管が抜けてしまったら入れ替えをすることはできません。何かあったら…と思うとなかなか長時間預けることは難しかったんです。2週間に1度、訪問看護師さんが来てくれるんですが、田舎だからか、こんな小さな医療ケア児は経験がないという方ばかりで…。健康状態を見てくれたりはするんですが、入浴は介助のみ、経鼻経管栄養の管の入れ替えは見守るのみなど、代わりにやってもらうことはできないんですよね。
それでも、2週間に1度の看護師さんの訪問は、日中の話し相手になってくれたし、発熱など不安なことがあると、訪問日でなくても連絡して『どうすればいいですか?』と相談すると医療センターにつないでくれたりするので、精神的に頼りにさせてもらっていました。
だから、両親がマティアスを見てくれている間に、1時間ぐらいちょっと寝たり、気晴らしにスーパーまで散歩したり、食べたいものを買ったり…。それがたまの息抜きという毎日でした」(ゆきさん)
加えて、マティアスくんは退院後も定期的な診察やリハビリが必要だったので、通院もしなければなりません。お話を聞くだけでも、ゆきさんの毎日はとてもハードです。
「市内の総合病院のほかに、片道1時間半かけて、入院していたこども病院に通っていました。新生児科、眼科、脳外科、整形外科など、受診しなくちゃいけない科もたくさんあり、先生の都合もあったので、なかなか1度では済まなくて、月に何度も通わなくちゃいけないこともありました。
赤ちゃん連れというだけで、荷物が多くなってしまうと思うんですが、マティアスの場合は、搾乳器や吸入するためのシリンジやボトルも必要でしたし、経鼻経管栄養から注入すると吐いてしまうことも多かったので、着替えもどっさり。毎回、家出?って思うくらいの荷物量でした。そのころを振り返ると、頑張ってたなと思いますね。
毎日忙しかったですが、日本で産んだからこそ、言葉も通じるし、NICU の搾乳室で一緒になったママとお話もできたし、気持ち的には救われていたと思います」(ゆきさん)
こうして退院後10カ月がたち、マティアスくんは1歳4カ月に。ビザの準備もでき、医師からもスウェーデンまでのフライトにOKが出て、パパの待つスウェーデンに移住することになりました。とはいえ、スウェーデンまでのフライト時間は約14時間。ただでさえ長時間のフライトですが、大丈夫だったのでしょうか。
「体が小さかったので、バシネット(機内に設置できる簡易型ベビーベッド)を使わせてもらいました。3時間おきの経鼻経管栄養が欠かせないので、バシネットに携帯電話用の三脚のようなものを取り付け、さらにS字フックをかけて、チューブをつるすような形に。
お湯をもらったりはできましたが、器具を洗ったりはできないので、シリンジなどはたくさん持っていって、なんとか14時間のフライトを乗りきりました。パパも一緒に来てくれていたので、その点は安心でしたね。
パパもたくさん待っていてくれましたが、スウェーデンでは、パパの両親もマティアスにようやく会うことができて、とても喜んでもらえました」(ゆきさん)
スウェーデンでの生活は、孤独から始まった…
家族大歓迎でスウェーデンに迎え入れてもらったものの、ゆきさんは当時英語もスウェーデン語も話せなかったため、気軽に育児や日常について話のできる友だちはおらず、また時差のため、友人や日本でできたママ友とリアルタイムで話すこともできず、どこに悩みを吐き出せばいいのか、だれに相談すればいいのかわからず、孤独を感じる場面が多くあったそうです。そんなとき、マティアスくんが胃ろう※1の手術を受けることになったのです。
※1 おなかに穴をあけて胃にチューブをつなげ、チューブから胃に直接食べ物を流し込む方法。必要なエネルギー、栄養を得ることができる。ただし、処置には手術が必要となる。
「スウェーデンでは、地域でいちばん大きな大学病院に通っています。日本で通っていたこども病院にマティアスの病歴を英語で記した資料を作ってもらっておき、それを大学病院に持って行って通院がスタートしました。病院探しは、夫が調べて、『こういう子がいるので診てほしい』と事前に連絡して病院とやり取りをしておいてくれたので、受診までとてもスムーズでした。
その病院で、日本人の看護師さんに出会えたんです。彼女がいてくれたので、説明もしっかりしてくれて、『何かあったら言ってね』と言ってもらえて。スウェーデンに来て初めて日本人に直接会えてお話ができて、スウェーデンの日本人コミュニティーを教えてもらったり、マティアスと同じ年の子を育てているママを教えてもらったり。その方との出会いでスウェーデンでのつながりができ、安心できるようになったんです。本当に奇跡みたいというか、マティアスが出会わせてくれた感じですね。
胃ろうの手術については、これまで経鼻経管栄養で栄養をとっていて、いずれは鼻のチューブも取れるかなと思っていたんですが、マティアスは口から食べることが苦手で…。でも、体はどんどん成長して力もついてきて、違和感からなのか、鼻のチューブを自分で抜いちゃうことが増えてきて。入れ直すのも嫌がって大変で、私も申し訳なさがいっぱいだし、お互いストレスが増えてきたので、安全のためにも胃ろうがいいんじゃないか、という病院からの提案でした。それで、2歳1カ月で手術をして胃ろうにしました。
現在は口からも食べますが、栄養の割合としては1割あるかないかくらい。私としては、もちろん口から食べてほしい気持ちはありますが、胃ろうから栄養は取れているから、まずは楽しく食べることを大切にして、彼のペースで進んでいけばいいかと思っています。好きな食べ物はミートボールとソーセージ。あとは、クネッケブロードというスウェーデンのかたいパン。やわらかいパンより歯ごたえのあるものが好きみたい。野菜と果物は苦手ですね」(ゆきさん)
その後、マティアスくんにまた転機が。なんと、ゆきさんがスウェーデンで第2子を出産し、マティアスくんは2歳でお兄ちゃんになったのです。
「できれば子どもは2~3人授かりたいなと思っていたものの、実は妊娠がわかっても当時は素直に喜べず、不安が勝っていました。また早産してしまうのではないかという不安をずっと抱えていたからです。とくに、命の線引きがある妊娠21~22週までがとても不安で。マティアスを出産した妊娠23週を乗り越えられるかというのもずっと心配していて、乗り越えてからは1日でも長く長くおなかにいてと願っていました。
マティアスのときは緊急帝王切開だったんですが、こちらでかかっていた産院では『妊娠経過が順調でさかごでなければ、経膣(けいちつ)分娩ができる』と言われていて、VBAC※2で産むことに。リスクの説明もとくにありませんでしたね。
※2 出産で帝王切開をした人が、次回以降の妊娠で経腟分娩を行うこと。
硬膜外麻酔(こうまくがいますい)をして無痛に近い分娩にするか、笑気ガスを吸いながらの分娩にするかの説明はあり、私はどちらも使用することに。ただ、二男出産時はスウェーデン語が全くわからなかったので、妊婦健診時にお願いして日本語がわかるドクターをつけてほしいと希望を伝えていたんです。ですが、正期産(せいきさん)に入ってすぐの妊娠37週で出産になり、ドクターの手配が間に合わなくて。夫が立ち会いで少し通訳してくれたものの、言語がわからないままの出産になっちゃいました」(ゆきさん)
こうして、二男トールくんが生まれ、マティアスくんはお兄ちゃんに。兄弟はスウェーデンですくすくと成長し、現在マティアスくんは6歳、トールくんは4歳になりました。マティアスくんは今年の夏から小学0年生(保育園と小学校の間のようなプレスクール)になります。福祉大国と言われる北欧のスウェーデンでは、医療的ケアが必要な児童の受け入れもすんなりと進んだそうです。
「マティアスは2歳になる少し前からスウェーデンの保育園に行き始めたのですが、そのときも入園はスムーズでした。入園当時はまだ経鼻経管栄養でしたが、ドクターや看護師さん、リハビリの先生、そして私が保育園に行って手順を教えると『はい、わかりました』という感じ。
もちろん管が抜けてしまったときはお願いできないので、私が迎えに行かなくてはなりませんでしたが、通常の栄養補給であれば大丈夫でしたし、入園も『ここに行きたいです』といえば、必ず受け入れてもらえます。医療的ケア児に必要なケアは、それぞれ違いますが、園にいる方で対応できないときは、その子専用のアシスタントヘルパーさんがついてくれるように自治体が手配してくれるそうです。
小学0年生については、本来ならマティアスは去年から行く年齢ではあるのですが、いろいろあって今年からに。どこの小学校に行くかはこれから決める予定で、最初は普通学級に行くことを考えています。そのほうが、いろいろなお子さんとたくさん遊べるかな、と思ったからです。普通学級に行ってみて、やっぱり特別支援学校のほうが合っているなということになれば、特別支援学校に転校させる選択肢もまだありますし。
小学校で医療的ケアをどこまでサポートしてもらえるかはこれから説明を受ける感じではありますが、アシスタントヘルパーさんについてもらうことになりそうです。まだおむつをはいているので、おむつの交換や胃ろうのサポート、教室移動があれば一緒に行ってもらう形になるのかな。マティアスも小学校に行くのをとても楽しみにしています」(ゆきさん)
こうして過ごしてきた6年間。マティアスくんの出産から、本当にいろいろなことがあったゆきさんですが、現在、マティアスくんに思うこととは――。
「日々の生活ではとにかくマティアスのペースを大切にしています。4カ月近く早く生まれましたし、成長はゆっくりさん。二男のトールは定型発達でどんどん成長していきますが、2人を比べることなく、1人1人のペースで成長することを大切にしていますね。
マティアスが生まれた6年前、とにかく生きて、生きてほしい、帝王切開で切ったところを開けておなかの中で育ててあげたい…そんなことさえも思っていたあのころ。今では1つできることが増えると、これもできたら、あれもできたらと欲が出てしまっていますが、こうなってほしいと未来を考えられることさえ奇跡で、当たり前ではありません。
今はただ、マティアスのやりたいこと、楽しいことをもっと見つけて、彼のペースで成長していってほしいと願っています。マティアスとトールに望むのは、仲よく、時にけんかをして、でも支え合いながら毎日を笑って過ごしてくれたらいいな、ということですね。
妊娠、出産は奇跡でかけがえのない経験です。わが子だから悩み、不安になったり大変なことがありますが、喜びもたくさんたくさんあります。私は過去に孤独だなと感じることが多くあり、不安定になっていたころもありますが、よくまわりを見てみると助けてくれる人がいました。簡単に大丈夫と言ってはいけないとは思いますが、今、妊娠中の方、育児中の方もきっと大丈夫です。ママたち、子どもたちの笑顔があふれる日々になることを心から願っています」(ゆきさん)
お話・写真提供/ゆきさん 取材・文/酒井有美、たまひよONLINE編集部
生まれたときから、たくさんの課題に小さな体で闘ってきたマティアスくん。そのマティアスくんを守り、そしてようやく一緒に住めるという喜びと、退院後は1人でケアをしていかなければいけないという不安の中、マティアスくんと一緒に頑張ってきたゆきさん。たいへんというひと言では済まないほどの日々だったかと思いますが、家族の絆(きずな)も強く強く結ばれてきたことでしょう。小学校入学でまたひとつ成長するマティアスくんと、ゆきさん家族にたくさんの笑顔があふれる毎日を送ってほしいです。
「たまひよ 家族を考える」では、すべての赤ちゃんや家族にとって、よりよい社会・環境となることを目指して様々な課題を取材し、発信していきます。
ゆきさん PROFILE
長野県生まれの29歳。留学中のスウェーデン人と日本で出会い、結婚。2018年に妊娠23週4日で緊急帝王切開にて長男を出産。産後、長男は脳出血、水頭症などを発症し、医療的ケア児に。2020年にスウェーデンに移住し、2021年にスウェーデンで二男を出産。現在はスウェーデン在住で、夫と6歳の長男、4歳の二男と暮らしながら特別支援学校で働くママ。
参考文献
明石医療センター「胃瘻について」
●この記事は個人の体験を取材し、編集したものです。
●掲載している情報は2025年2月現在のものです。