娘は100万人に1人未満の難病。皮膚の疾患、難聴、脱毛症、失明リスクも【KID症候群・体験談】
満生雛子さんの長女・千尋(ちひろ)ちゃんは生まれてすぐ皮膚の角層が非常に厚い魚鱗癬(※)と難聴の治療を始め、生後9カ月には角膜炎を発症。KID症候群と診断されました。角膜炎が進行すると失明の恐れもある千尋ちゃん。日常生活や「チーム千尋」で臨む育児について聞きました、全2回のインタビューの後編です。
※「魚鱗癬(ぎょりんせん)」という病名を、2025年5月に「表皮分化疾患」と改訂することが提案されましたが、本稿では「魚鱗癬」と表記します。
皮膚がんのリスクが高い疾患。脱水の危険も高くお出かけ時はいつも重装備
――千尋ちゃんの日常の育児では、どのようなケアが必要ですか?
満生さん(以下敬称略) 保湿ケアと目薬が欠かせません。保湿ケアは1日2回。魚鱗癬は皮膚が乾燥しやすくバリア機能が弱いという特徴があるため、朝と入浴後に入念な全身保湿ケアを行います。夜はかゆみ止めも塗りますが、それでも、かゆくて泣いたり、深夜に目が覚めてしまったりすることもあります。そのため、保湿効果が朝まで持続するように、入浴と保湿のタイミングを寝る直前に調整しています。
目薬は1日6回。角膜炎を悪化させないために、ヒアルロン酸の目薬を点眼します。目薬はしみるようで、1年以上毎日行っているのに、今でも機嫌が悪いと泣いたり嫌がったりします。
外出時は重装備です。角膜炎の影響で光に過敏なため、遮光入りメガネはマスト。また、魚鱗癬の人は皮膚がんリスクが高いため、日焼け防止アームカバーと日焼け止めも必要です。さらに、魚鱗癬は体温調整も苦手という特徴があり、夏は保冷ベストと首に巻く保冷剤を装着しています。脱水症にもなりやすいので、水筒はもちろん持ち歩くし、外出前は必ずスポーツドリンクをコップ1杯飲むようにしています。
――ほかに、苦労していることはありますか?
満生 千尋が、メガネと補聴器をはずしてしまうことです。生後9カ月から使っていますが、本人はつけるのが不快のようで、家に帰ると靴を脱ぐようにどちらもはずしてしまうんです。最初のころは、こちらが無理につけようとすると、怒ってメガネをかんだり、割ったりしてしまうこともありました(笑)。
――かんだり、割ったり…! はっきりと自己主張するタイプなんですね。
満生 とても活発なんです。とにかく食べることが大好きで、おなかがすくと、自分で冷蔵庫の前に踏み台を運んできて、冷蔵庫をよじ登るようにして食べ物を探します。いつも帰宅後は夕飯までのつなぎで食パンを1枚あげるんですが、たりなくて、気がつくと生野菜を丸かじりしていることもあります。生のピーマンを丸かじりしたときは、さすがに苦かったみたいで、ペッと出していました(笑)。
また、よく走り回る子で、いつも、おもちゃを追いかけまわしています。入浴後は、私と追いかけっこ。すぐに保湿しなくてはいけないのに、娘がリビングにあるすべり台をすべりたくて、走り出してしまうんです。だから、私は全裸の千尋を追いかけて、最後はプロレス技みたいな体勢で、押さえて保湿をしています(笑)。
こんなおてんばな一面があるんですが、一方で、笑顔が天使のようにかわいくて、家族にとっては癒やしの存在なんです。病気をもって生まれることを自分で選んでわが家に来てくれた、勇敢な天使のように感じることもあります。
「チーム千尋」で病気に向き合う
――千尋ちゃんは難聴を抱えていますが、日常のコミュニケーションはどのようにしているのですか?
満生 補聴器を付けた状態で名前を呼ぶと反応できるくらいは聞こえているようですが、コミュニケーションは、手話や指文字、ジェスチャーを使っています。また、生後6カ月から難聴の療育に月に2回通い、言語聴覚士から手話や言語を学んでいます。
保育園の先生も、千尋のために簡単な手話や指文字を学んで、コミュニケーションをとってくれています。
4歳になる長男の珀も、私や夫が使う手話やジェスチャーを自然に覚えたようで、妹に手話やジェスチャーを使うこともあります。
――お兄ちゃんも頼りになる存在ですね。お兄ちゃんと千尋ちゃんは、どのような関係ですか?
満生 けんかも多いですが、よく一緒に踊ってはしゃいでいますね。珀は、「千尋ちゃん、座っとったらかわいい、動くと怪獣!」と言っています(笑)。一方で、珀は、千尋のサポートもしてくれます。娘が補聴器をつけ始めたとき、息子はまだ3歳でしたが、補聴器をつける理由を話しておいたら、補聴器がはずれると「ママ、はずれているよ」と教えてくれました。
そんな2人を見ていると、言葉を超えて心でつながっていると感じます。
――千尋ちゃんを助けてくれる存在がたくさんいるんですね。
満生 そうなんです。保育園の先生、療育の先生、病院のスタッフのみなさん、私の友人、そして家族。この「チーム千尋」で病気と向き合い、育てていると思っています。うれしいことに、保育園の先生は、先生のほうから「『チーム千尋』に入れてください」と言ってくれたんですよ。「チーム千尋」の存在があれば、娘は大丈夫と思えます。
「魚鱗癬の会」の患者家族との交流で将来の見通しが立った
――ほかに支えになっているものはありますか?
満生 魚鱗癬の子どもと家族のための集まり「魚鱗癬の会」です。代表の梅本さんには、魚鱗癬の確定診断が出る前から連絡を取り、私の不安な気持ちを聞いてもらっていました。そのころの私は、娘が難病なのかどうなのか不安で、震える手で梅本さんに電話したことを憶えています。
千尋が1歳3カ月のときには、初めて交流会に参加し、同じKID症候群の方やご家族の方からお話を聞いたり、私たちの話を聞いていただき、気持ちが軽くなりました。たとえば、「何歳のときにこんなことが起きたよ」といった体験談を聞いて、娘のさまざまな症状がKID症候群によるものだと腹落ちしました。また、今後の見通しになる情報としては、娘は難聴に加えて失明するリスクもあるから、就学前にひらがなを習得しておいたほうがいいこともわかりました。
先日も、1年ぶりの交流会に参加して、この1年間のできごとを報告し合いました。何よりお互いの元気な姿を見られたのがうれしくて、本当に行ってよかった。これからも会える機会を大切に、参加していきたいと思っています。
これからも「チーム千尋」がついている!まもなく人工内耳の手術に挑戦
――今、心配なことは何ですか?
満生 角膜炎が進行して視力が低下することです。私としては、少しでも進行を防げるよう目のケアを頑張りたいと思っています。
また、難聴については、まもなく、人工内耳の手術を予定しています。人工内耳は、聞こえを補助する医療機器を耳に埋め込み、音を認識できるようにするものです。人工内耳をつけると補聴器より聞こえがよくなることが期待できます。
――千尋ちゃんと、珀くんにはこれからどのように育っていってほしいですか?
満生 2人とも、自分らしさを大切に育ってほしいと思っています。
千尋には、これから先、落ち込むことがあっても、どんなことがあっても、「チーム千尋」がついていることを忘れないで、強く育ってほしいなと思います。
珀には、妹の療育や病院に付き合ってもらう時間が長くなっているけれど、だからこそ、自分が好きなこと、やりたいことは我慢せず、自分らしく成長してもらいたいです。珀も、千尋も、ママとパパにとってかけがえのない宝物だよと伝えたいです。
【乃村俊史先生から】患者さんと手を取り合い、よい未来を作っていきます
私たち皮膚科医は、診察室の中での様子しか知りませんが、実際の患者さんやそのご家族は24時間ずっと病気と闘っているということを改めて思い知らされました。皮膚のケアや目のケア、そして紫外線対策など、その毎日の努力に本当に頭が下がる思いです。患者会には私もよく参加していますが、皆さんがとても前向きなところにいつも心打たれています。医療者と患者さんの双方が手を取り合って、よい未来を作っていくことが大切だと思います。
お話・写真提供/満生雛子さん 監修/乃村俊史先生 取材・文/大部陽子、たまひよONLINE編集部
「病気は憎いけれど、娘のおかげでたくさんの人に出会えた」と満生さん。この出会いが「チーム千尋」につながり、満生さんはチームで千尋ちゃんの病気と向き合う体制を築いていきました。そして、取材後に人工内耳の手術を無事に終えた満生さんは、「(千尋ちゃんの)音への反応がよく、これからたくさん音を聞かせて言葉につなげていきたいと思います」と話していました。
「たまひよ 家族を考える」では、すべての赤ちゃんや家族にとって、よりよい社会・環境となることを目指してさまざまな課題を取材し、発信していきます。
満生雛子さん(みついき ひなこ)
PROFILE
保育士。2023年に第2子である千尋ちゃんを出産。夫と長男の珀くん(4歳)の4人家族。
乃村俊史先生(のむら としふみ)
PROFILE
2002年北海道大学医学部卒業後、09年大学院医学研究科博士課程修了。英国ダンディー大学研究員を経て、20年より筑波大学皮膚科教授。科学的な視点で疾患を理解し、診療に活かすこと、患者さんに温かく接することを掲げ、後進の教育にも力を入れている。専門は、遺伝性皮膚疾患(とくに魚鱗癬と掌蹠角化症)、アトピー性皮膚炎、化膿性汗腺炎。
参考
●この記事は個人の体験を取材し、編集したものです。
●記事の内容は2025年7月の情報で、現在と異なる場合があります。


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