車内置き去り事故を減らし、子どもの命を守るための「おしりクラクション」。周知と大人の意識改革を!
元幼稚園教諭の古賀あさ美さん(46歳)は、2021年に起きた保育園の送迎バス置き去り事故を受けて、子ども自身が命を守る方法として「おしりでクラクション」を広める活動を始めました。自作のステッカーを配ったところ、実際に訓練も行う機会が増えるなど、少しずつ広がりを見せています。
古賀さんが目指す未来と社会への想いを聞きました。全2回のインタビューの後編です。
ステッカーを配ることで、少しずつ知られていくおしりでクラクション
古賀さんはおしりの力を使って車のクラクションを鳴らす、おしりでクラクションを周知する活動をしています。
――現在、ステッカーを配布する活動をしているそうですが、デザインはだれが考えたのでしょうか?
古賀さん(以下敬称略) デザインは私が考えました。子どもが車の中に取り残されてしまった場合、クラクションを鳴らして助けを求める必要があります。おしりの力を使えば、腕の力のない子どもでも、クラクションを鳴らすことができるんです。
デザインを考える際は、おしりでクラクションを鳴らす様子がわかるように意識しました。ピクトグラムのような感じで、ハンドルに座っている様子を表現したんです。
色合いなどは、周囲のママ友やSNSでつながっている人たちにも相談しました。最初は黄色など目立つ色にしようかと思っていたんです。でも「車内で浮いてしまうから、もう少しなじむ色がいい」という意見が多くて。アンケートを取って、車の内装の邪魔にならない、淡い色合いに決めました。貼ってもらえなければ意味がありませんから・・・。
最初は100枚作り、周囲の人たちに直接手渡しました。
――ステッカーを配ったとき、周囲の反応はいかがでしたか?
古賀 「こうした知識を広めるのは大事なことだよね」などと言ってもらいました。ただ、最初は自分の知っている人たちに配ったため、大きな反響があったわけではありません。
でも、SNSで発信しているうちに、私の地元である山口県下関市から「ステッカーを配ってもいいですよ」と許可をもらいました。
そこで、保育園・こども園の園長先生たちが集まる会合で、急きょ4000枚配ることになったんです。そのころから少しずつ周囲の声が変わってきているのを感じました。
市長にも直談判!ようやく実現した「命の訓練」
――具体的にどんなときに、声が届いていると感じましたか?
古賀 小さい子どもがいるママと知り合ったとき「私はおしりでクラクションを広める活動をしています」と、ステッカーを見せたことがあるんです。すると「それ、子どもが保育園からもらってきましたよ。先生が「車に取り残されたらこういうふうにしてね」と説明してくれたそうです。ステッカー、車に貼っていますよ」と言われて。ちゃんと届いているんだとすごくうれしかったです。
――少しずつ認知されるようになったのを実感する出来事です。
古賀 2025年8月には、取り残され事故があった福岡県中間市で訓練をすることにもなりました。中間市の市長のSNSにダイレクトメッセージを送ったところ「ぜひ訓練をしましょう」と言われて。市の保育園の先生方に必要性を説明し、子どもたちにも実際に訓練を実施しました。
訓練のマニュアルは、全部自分たちで作成したんです。幼稚園教諭時代、火災が起きたときや不審者が現れたときのマニュアルを作っていた経験が役立ちました。
初めての訓練で実感した、実際に訓練する必要性
――実際に訓練したときはどんな様子でしたか?
古賀 みんな上手に行うことができました。なかには「大きな音が怖い」と言ってなかなかクラクションに座れない子もいました。あと数センチのところでおしりが止まってしまうんです。「まずは短い時間でいいから挑戦してみよう」と応援したら無事に鳴らせて。
よく、防犯ベルを持たせても、実際に使うのをためらう子がいるという話も聞きます。それと同様に、おしりでクラクションも知識だけを伝えるのではなく、実際に訓練することが大切だと実感しました。
そのときの様子は、マスコミにも報道してもらえました。
少しずつ認知が進むうちに、以前訓練を断られた保育園からも「おしりでクラクションのステッカーを子どもたちに配りたいです」と連絡をもらえて。さらにご縁があって、神奈川県川崎市の市議会議員も協力してくれることになりました。発信し続けてよかったと思います。
――とても大きな変化だと思います。
古賀 私自身の伝え方が変わったのも大きいと思います。
私が活動を始めたのは、2021年7月、福岡県中間市で保育園の送迎バスに、男の子が取り残され、死亡してしまった事故がきっかけだったんです。とてもショックで「車内置き去り事故を減らしたい」と思いながら活動していました。でも、2021年の事故以降も、同じように子どもが車の中に取り残される事故が何度も起きています。だんだんおしりでクラクションが広まったとしても、残念ながら置き去り事故が減るわけではないと気づきました。
改めて自分は何を伝えたいんだろうと考えたところ「子どもに自分の命を守る方法を知ってほしい、SOSを出せる環境づくりをしたい」と思いました。
考えを整理し、軌道修正をしたところ、少しずつ共感してくれる人が増えていったように感じます。
――子どもが自分の力で命を守る方法を学んでほしいという訴えは、多くの人に共感されると思います。
古賀 季節を問わず、活動を続ける必要性も感じています。一般的に「車内に取り残されて危険なのは、暑くて熱中症になりやすい夏」と思われがちです。
もちろんそのとおりですが、冬は低体温症のおそれがあるでしょう。新学期を迎える春も注意が必要です。新生活に慣れない子が疲れて車内で眠ってしまったり、バスで通学している子が路線を間違えたりというケースが増えます。幼稚園や保育園の場合、学年が変わり、新入生が入学することで、先生たちもさまざまなことに手を取られがちです。
つまり、1年中事故が起こる可能性があるわけです。悲しい思いをする人を減らすために、活動を続けていきたいです。
「おしりでクラクションを知っていて当たり前」の社会にしたい
――声を上げ続けるのはとても大切だと思います。
古賀 2025年 9月にも岐阜県大垣市のこども園での通園バス置き去り事故があったと報道されています。バスにはアラームが設置されていたのに、リモコンで解除されてしまったようです。
とても残念なことですが、悲惨な事故の記憶が風化してきているのではないかと感じます。私はそれがとても怖いです。しくみがあるだけでは、事故を防ぐことができません。だから、発信し続けていきたいと考えています。まずは、全国の保育園・幼稚園におしりクラクションのステッカーを配布することが目標です。
――古賀さんの言うとおり、決して風化させてはいけないと感じます。
古賀 私の理想は、「おしりでクラクションを知っていて当然」という社会です。
たとえば、「BABY IN CAR」のステッカーも、昔は珍しかったけれど、今では当たり前になっています。それと同じようにこの先「おしりでクラクションのステッカーが貼っていない車を見かけない」くらいになればいいなと思っています。
もちろん、私1人の発言だけでは、社会を変えていくのは難しいです。でも、少しずつでも活動をしていけば、いつか当然のように車の運転席におしりでクラクションのステッカーが貼られているとなるかもしれません。さらに、年に1回、幼稚園や保育園で子どもたちが実際におしりでクラクションを鳴らす訓練がされるようになるのではないかと期待しています。
――おしりでクラクションを鳴らせるのは子どもが何歳ぐらいからでしょうか?
古賀 早くて2歳くらいからです。その前はママ・パパ・保護者など周囲の大人が気をつける必要があります。ステッカーを貼るのは、大人に向けて「忘れないで」と注意をうながず意味合いも強いんです。
ただ、子どもがおしりでクラクションを鳴らせる年齢になっても、チャイルドシートから出ることができなかったら鳴らすことができません。
将来的には、メーカーも対策を考えてくれたらいいなと考えています。バスではなく、自家用車の話になりますが、チャイルドシートに座った子どもは、大人の手を借りないと、1人では降りることができません。自家用車に置き去りにされてしまった事故も起こっています。だからたとえば、チャイルドシートのベルトをはずさないと車をロックできないようにするなどの対応ができたらいいのではないかな、などと思っています。
お話・写真提供/古賀あさ美 取材・文/齋田多恵、たまひよONLINE編集部
「悲しい事件を風化させてはいけない」と、古賀さんは発信しています。社会全体が変わることを信じ、一歩一歩着実に歩み続けている古賀さん。きっといつか、おしりでクラクションのことをみんなが知るようになるはずです。
古賀あさ美さん
PROFILE
元幼稚園教諭。市民団体tetote代表。車内置き去り事故から子どもの命を守る【おしりでクラクション】を広めるため、ステッカーを無料配布している。
●この記事は個人の体験を取材し、編集したものです。
●記事の内容は2025年11月当時の情報であり、現在と異なる場合があります。


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