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ピアニストと医師を目指す双子の長男・二男、難病の三男、そして5歳の長女。「だれも何もあきらめてほしくない」母の思い

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弘一郎くん8歳。第4子・長女の七五三のお祝いのとき。

東京都内に家族6人で暮らす山下まやさんは、19歳の双子、10歳の三男、5歳の長女の母親です。長男の順一朗さんと二男の宗一郎さんは医学部生でありながら、ピアニスト『兄ーズ』としても活躍中。三男の弘一郎くんは生後2カ月で指定難病の「大田原症候群」と診断されました。医療的ケアが必要な弘一郎くんの子育てのことを中心に、まやさんに家族のことについて聞きました。全2回のインタビューの後編です。

▼<関連記事>後編

24時間医療的ケアをする生活も9年目に

生まれて退院したばかりの第4子・長女と5歳の弘一郎くん。

弘一郎くんが生まれながらもっている病気、大田原症候群は、新生児期から生後3カ月以内に発症する重症のてんかん性脳症です。治療が難しく発達が遅れる病気で、患者数は日本全体で500人未満と推測されています。生後すぐから入院していた弘一郎くんが、退院したのは1歳直前のこと。それからは、自宅で24時間の医療的ケアをする生活が続いています。

「弘一郎に必要な医療的ケアは、気管切開をした人工呼吸器の管理と、たんや鼻水の吸引です。症例数が少ない大田原症候群のなかでも、弘一郎のように自発呼吸が難しく呼吸器をつけている例はほとんどないようです。
乳児期は数秒ごとに、1日に何百回ものてんかん発作がありました。現在は対症療法の投薬などによりだいぶ改善して、大きな発作が1日に2〜3回にまで減っています」(まやさん)

弘一郎くんは、朝・昼・晩の食事と寝る前の水分や、薬などは胃ろうでとっています。

「食事は弘一郎用にミキサー食を作り置きして冷凍しておいたものを、解凍して食べさせています。食事は和食や中華料理や、ときには頑張ってフランス料理を作ることもあります。というのも、私は家にいる時間が長く、外食などもほとんどできないので食べたいものは全部自分で作る必要があったから、いろんな料理にチャレンジしてきたんです。三國シェフの本のレシピを見て料理して『うまい!』『私、天才!』なんて言いながら食べています(笑)」(まやさん)

弘一郎くんの日中のお世話は、訪問看護師やヘルパーのサポートがありますが、夜間のケアはずっとまやさんが行ってきました。

「私は何かあったらすぐに動けるように、弘一郎のベッドの半径2メートル以内に寝ています。夜は、鼻詰まり、酸素低下、呼吸器がはずれるなど、さまざまなアラームが鳴るので、こま切れ睡眠になることが多いです。

その生活も10年目になって慣れてきたこともあり、アラームが鳴る前に『呼吸の音がおかしいぞ』と気づいて起きることもあります。弘一郎は比較的よく眠る子なので私も休めているんですが、体調を崩すと、30分おきなど頻繁にアラームが鳴り、まとまった睡眠が取れない日もあります」(まやさん)

24時間の医療的ケアと、こま切れ睡眠、さらにほかのきょうだいの子育てという多忙な生活を送るまやさん。とくに大変なことはどのようなことなのでしょうか。

「ほとんどのことに慣れてしまって、何が大変なのかわからないほど弘一郎のケアは生活の一部になっていますね。ただ、通院などのための外出や家族での旅行などは、事前の入念な調査や準備をしなくてはいけないので、ちょっと大変かも。車いすが入れるか、段差はないかなど調べる必要があります。
だから日常でも『おなかすいたね、ちょっと食べに行こうか』というようなことはできません。

日中はワンオペになることが多く、以前は私がちょっとコンビニに買い物に行くことも難しかったですが、兄たちが大学生になって弘一郎を見てくれるようになったので、私も外出できる機会が増えてありがたいです」(まやさん)

ピアニストの兄たちが医師を目指す理由

第4子・長女が生まれて、初めての節分。

弘一郎くんは数カ月に1度、てんかんの主治医の診察を受けるほか、訪問医による月2回の診察も受けています。まやさんは、自宅に出入りする医師や看護師などの訪問医療チームに「大きく支えられた」と話します。

「訪問医の先生は、弘一郎だけでなく家族にも声をかけてくださるんです。兄たちがピアノコンクール期間中の練習でピアノの音が大きく響いていると『頑張れることがあるっていいね』と応援してくれますし、中学受験の勉強中は『手がちぎれるまで字を書くんだよ!』と冗談を言いつつも激励してくれました。医療的ケアが必要な子のきょうだいは、親が病児につきっきりになると疎外感を感じやすいものです。ですが、医療チームの皆さんの声かけによって、双子の兄たちが『自分も家族の輪の中にいる』と感じられるようになっていたと思います。

訪問医の先生は、家が散らかっていれば、私にも『忙しい?大丈夫?』と様子を聞いてくれます。何気ないひと言ですが、そうしたこまやかな気づかいが介護疲れをふわっと緩和させてくれるんですよね。理解してくれる人がいると思うだけでも力になりました」(まやさん)

双子の兄たちが医学部を目指すようになったのも、弘一郎くんという弟がいたことや、弟にかかわる医療が身近にあったことが影響したからだとまやさんは話します。

「双子が医師を目指すと決めたのは中学3年のころでした。『俺、医者になろうかな』『え、お前も? 』なんて2人で会話をしていたことを覚えています。

彼らは親が弟の呼吸器の酸素を調整するようなケアや、月2回医師が弟を診察する姿などをずっと見てきました。日常的に医療が身近にある環境で育った彼らにとって、医師を目指すことは自然だったようです。それに、医師になって大好きな弟の病気を治したい、と。

彼らにとって家の中の環境は大変だったはずですが、自分たちの経験をいかして人のために仕事にしていこうと考えてくれたことは、親としてとてもうれしく思っています」(まやさん)

自宅で過ごしながら起業、そして第4子を出産

弘一郎くんの七五三のお祝い。

弘一郎くんが生まれる前は長く人材派遣会社で働いていたまやさんでしたが、家族で作った「こうちゃん憲法」のもと、弘一郎くんとともに生きるために仕事を手放すことに。しかし、その後1年で起業を決意。現在は自宅を中心にピアノ教室にかかわる事業を行っています。

「弘一郎を産む前は育休後に仕事復帰するつもりでいましたが、弘一郎に24時間の医療的ケアが必要になり、自宅から離れられない状況では復帰が難しく、退職することにしたんです。

弘一郎の退院後1年ほどは介護一筋で過ごしましたが、だんだん慣れてきたころに自宅でできる仕事をしようと思い立ちました。わが家には2台のグランドピアノがありますが、双子の外出中に弾く人はいません。そこで、ピアノ講師と生徒さんに来てもらう形でピアノ教室を主宰し、私は自宅での練習方法や目標管理などのカウンセリングを担当することにしたのです。

起業したのは双子が11歳、弘一郎が2歳のときのこと。現在はさらに、ピアノのレッスンのほかにパートナー契約をしているピアニストと一緒に保育園や放課後デイサービスへ訪問レッスンをする、といった音楽プログラムを提供しています。仕事を通して社会とつながっていると実感できることも、やりがいになっています」(まやさん)

そしてまやさんは5年前、第4子の女の子を出産しました。

「上の子たち3人は帝王切開で出産しましたが、帝王切開は3回までできるといわれているので『あと1回チャンスがある』と思ったんです(笑)。それに、女の子も育ててみたいという気持ちもありました。でも3回目の妊娠は妊娠後期まで男の子だと言われていて、『私のおなかからは男の子しか出てこないんだな』と思っていたところへ最終的に娘が生まれてきてくれて、驚きと喜びでいっぱいでした。

つい最近娘を産んだと思ったのに、もう5歳だなんて。春からは小学生なので、この前あわててランドセルを買いました。兄たちやまわりの大人たちみんなからかわいがられて育っています」(まやさん)

家族に小さな幸せを届けてくれる存在

順一朗さんと宗一郎さんは、中学生のころから弘一郎くんの医療的ケアを手伝ってくれるようになりました。写真は胃ろうに食事を注入しているところ。

現在、特別支援学校の4年生の弘一郎くん。きょうだいも弘一郎くんのことが大好きです。

「弘一郎はしゃべれませんし、いたずらもしませんし、呼吸器の『シュコーシュコー』という音だけを発している静かな子です。でも弘一郎が学校へ行くと、家がもっと静かになるんです。それが寂しいんですよね。兄たちも妹も『こうちゃんがいないと寂しいね』と言います。弘一郎がいることでみんなが安心するような存在です」(まやさん)

弘一郎くんの出産によって仕事も生活も大きく変化したまやさん。子育てへの考え方にも変化がありました。

「弘一郎が生まれて、まだまだこんなに知らない世界があったことに驚きました。健常児を育てるときには進学や将来のことをいろいろと考えましたが、弘一郎はただ『健康』と『生きていること』を願う存在。とてもシンプルでもっとも大事なことについてひたすら時間を注いで育ててきました。今日まで、こんなにバリエーションのある子育てができて、私の人生はなんて濃いのだろう、と感じています。

弘一郎がまばたきをしただけでうれしくなります。たまにため息をつくだけで家族が笑い、おならをすればみんな大爆笑! そんな幸せをくれるパワーをもった子です」(まやさん)

お話・写真提供/山下まやさん 取材・文/早川奈緒子 編集・構成/仲村教子(entente)、たまひよONLINE編集部

難病のきょうだいがいてもやりたいことをあきらめさせない、と決めたまやさん夫婦は、順一朗さんと宗一郎さん双子のピアノコンクールやレッスン、受験なども役割分担してサポートしてきました。「夫婦二人三脚で4人の子どもを育ててきました。夫なくしては成り立ちません」とまやさん。夫婦でお互いを補い合い、家族との会話を大事にしながら精いっぱい子育てしている様子がうかがえました。

「たまひよ 家族を考える」では、すべての赤ちゃんや家族にとって、よりよい社会・環境となることを目指してさまざまな課題を取材し、発信していきます

●この記事は個人の体験を取材し、編集したものです。
●記事の内容は2026年3月当時の情報であり、現在と異なる場合があります。

夢を奏でる ピアニストと医師の二刀流を目指す双子の物語

双子連弾ピアニストとして2024年3月にプロデビューした兄ーズ、山下きょうだい。ピアニストと医師の二刀流をめざす双子の挑戦と、家族の絆を描く物語。兄ーズ(山下順一朗・ 山下宗一郎)著/1760円(KADOKAWA)

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