ダディとパパで双子を育てるアーティスト・荒川ナッシュ医。ヴェネチア・ビエンナーレでのテーマは「草の赤ちゃん 月の赤ちゃん」
荒川ナッシュ医(あらかわなっしゅ・えい)さんは、2026年5月9日〜11月22日にイタリア・ヴェネチアで開催される「第61回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展」における日本館の出展作家です。医さんはアメリカ・ロサンゼルス在住のパフォーマンスアーティスト。絵画とパフォーマンス、観客参加を組み合わせた作品が知られています。
医さんは、2024年に卵子提供・代理懐胎で男女の双子の赤ちゃんを授かり、現在は子育て真っ最中です。子育てとアートについて、ヴェネチアでの作品のことについて「死なない住宅」といわれる三鷹天命反転住宅にて話を聞きました。
全2回のインタビューの後編です。
誕生後の数カ月は、2人で育児に専念した特別な時間
――2024年12月、テキサス州ヒューストンの病院で代理懐胎によって双子の赤ちゃんが誕生しました。3週間ほど新生児集中治療室に入院したそうですが、退院後はすぐ自宅に戻りましたか?
荒川ナッシュ医さん(以下敬称略、医) 生後3週間たったクリスマスに退院して、そのまま飛行機でテキサスからロサンゼルスに帰りました。新生児との4~5時間のフライトは、事前準備がけっこう大変でしたね〜。病院が、チャイルドシートに長時間乗れるかなどのテストをしっかり準備してくれて、その上で搭乗しました。
機内ではバシネットを2つつけてもらって、フライト中は2人ともずっと寝ていてくれて助かりました。フライトアテンダントたちがサンタのかっこうをして祝福してくれて、すてきなクリスマスになりました。
――退院後のお世話はどうでしたか?
医 私たちは州の育休制度を利用して、生後しばらくは2人で子育てに専念しました。私は有給の育休を8週間取得して、フォレストは勤務先の育休制度を利用して収入の70%ほどを受給しながら8週間の育休をとりました。
双子のお世話をするうちに、この子たちはわれわれしかケアしてくれる人がいないんだ、われわれがいないと生きていけないんだ、と日がたつごとに親としての責任を感じていきました。
――初めての子育ては大変でしたか?それとも楽しいと感じましたか?
医 どっちもですよね。双子しか育てていないから比べられませんが、双子ならではの大変さももちろんあったと思うんです。でもそれ以上に、楽しい気持ちのほうが大きかったです。自分の記憶にない自身の赤ちゃん時代を追体験するようなおもしろさもありましたし、このときしか体験できない特別な時間だったと思います。
双子たちが生後3カ月になるくらいまでは、日本から私の母がサポートに来てくれてとても助かりました。
――アメリカは公的な子育てサポートサービスなどはありますか?
医 とくに公的なサポートはないので、育休終了後からはベビーシッターにもお願いしています。保育園のようなチャイルドケアはあるんですが、アメリカはとても高額なんです。双子だから2倍ですよね。だから3〜4歳くらいまではベビーシッターと一緒にケアしようと考えています。
また、私たちは双子を連れて週1回、ロサンゼルスにある日本のお寺で行われている“ベビーてらこや”に通っています。日本人や日本にゆかりのある赤ちゃんがいる家庭が集まって交流する場で、もちつきや豆まきなど日本文化の行事もあるんです。
双子をバイリンガルとして育てたいので日本語に触れる機会としても大切にしています。それに子育て中ってお世話に手いっぱいになって孤立しがちなので、だれかに会えるネットワークとしても大切な場所です。
クィアの子育てを題材にしたアート作品
――育休終了後、仕事と子育ての両立で大変だと感じることは?
医 今年、イタリア・ヴェネチアで開催される「第61回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展」の日本館の代表アーティストに選ばれました。日本がこの美術展に参加してから70年の節目に国の代表として作品を発表できることは大変名誉なことだと思っています。
ただ、その依頼の話をいただいたのは双子が生後3〜4カ月のころで、ものすごく育児が大変な時期。毎日子どもたちのことばかり考えていたころでした。だから子どもや子育てを軸にした作品しかない、と思い、取り組み始めました。
でもそのころだけでなく、本当に綱渡り状態というか・・・、睡眠時間が取れなくて生活リズムが崩れ、それを立て直す間もなく次々とタスクがやってきて、やらなければいけないことがどんどんたまっていくような状況。どこかで「これはもうできません」と切り捨てる判断をしないとまわらない場面もあります。だから、友だちや家族にいろいろなサポートをお願いしています。
――ヴェネチアにはお子さんたちも一緒に行く予定ですか?
医 はい。双子とフォレストと一緒です。ヴェネチアの予算にはチャイルドケアの費用も入れてもらっているんです。これも現代アーティストとしての1つのトライです。子育てが始まると仕事をあきらめざるを得ない人もいると思いますが、今後、子育てしながらアートの仕事を続けたい人の両立をサポートできるような体制を検討して、記録に残したいと考えています。
――今回の展示ではどのような作品を考えているのでしょうか。
医 「草の赤ちゃん、月の赤ちゃん」というテーマで、200体の赤ちゃんの人形を核にした作品です。赤ちゃんの声によるサウンド・アートが響く中、赤ちゃん人形を抱っこしながら館内と庭を回遊する体験型インスタレーション(空間全体を作品としたアート)です。
赤ちゃんがサングラスをかけていたり、来場者に赤ちゃん人形のおむつ替えをしてもらったりと、ユーモラスなしかけもあります。楽しい参加型要素とともに、過去の戦争のこと、移民やマイノリティーの歴史やアイデンティティー、労働の問題などにアプローチしたいと考えています。私の世代が教えられなかったことを、未来の世代の赤ちゃんたちに託すような内容です。
私自身が親となり、日々の育児を通して感じる「新しい家族のあり方」や「多様性」「日本らしさ」への問いもあります。私たちのようにクィア(※)の人たちの子育てを題材にするアート作品はまだ少なく、だからこそ責任も感じますし、それが醍醐味でもあると感じます。
――日本館での展示を舞台にした映像作品を制作するためのクラウドファンディングも行ったそうです。
医 クラファンは4月12日まで行っていました。映像は、子どもを産まない選択をされた方々などを取材されている映像作家の中村佑子さんや、ふぁみいろネットワークという団体の共同主催の佐伯英子さんと、一緒に作ります。パフォーマンスや空間の臨場感を記録するとともに、代理懐胎や卵子提供など、日本では議論の多いテーマも扱う予定です。より深い議論が生まれるような映像にしたいと思っています。ヴェネチアまでは来られない人たちにも記録映像を見てほしいと思いますし、双子たちの記憶には残らないだろうから、将来一緒に見返せたら、とも思っています。
※LGBTQ+の「Q」にあたり、性のあり方が異性愛・男女二分に当てはまらない人や考え方のこと
家族はともに絆を育むチーム
――フォレストさんとの家庭での役割分担についてはどうしていますか?
医 同性カップルの場合は伝統的な性別役割分担は比較的少ないと思いますが、子育てをしていると、伝統的な「母親らしさ」「父親らしさ」の型がどうしても現れてくることも感じます。
――母親らしさ・父親らしさの型とは具体的にどんなものでしょうか。
医 私の亡くなった父親は生前は中学校教員をしていて、母親は長年子どものケアにかかわる仕事をしながら家事を一手に引き受けてきました。一方、パートナーのフォレストの父親は大学教授で、母親も仕事をバリバリしてきたタイプです。
私自身は育った環境から、母親は家事、父親は仕事、のような昭和的なステレオタイプが残っている部分もあるので、そうならないように気をつけることを意識しています。私たちが協力して子育てするために、ベビーシッターを利用したり、旅行中は食事にレトルトを取り入れたりと、柔軟で自由なやり方を模索しながら無理の少ない子育てをしていきたいと思っています。
――1歳を過ぎた双子たちですが、2人はそれぞれどんな個性ですか?
医 私は星占いが好きで、双子たちは射手座なんですけど、やっぱり個性は全然違います。同じ星座でも双子だとどういう違いが出るんだろう、というのは興味深いですね(笑)
娘は甘えん坊でおしゃべり、眠るのがもったいない、という感じでいつもおめめぱっちりな子です。息子はひょうきんでマイペース、よく寝てよく食べる子。ひょうきんさは私の兄に似てる感じがします。
――医さんにとってお子さんたちはどんな存在ですか?
医 子どもはまだ何者でもなく、いろんな選択肢をもち、自由と強さをもつ存在だと思っています。家族は絆(きずな)を一緒に育むチームのようなものですね。
私は仕事柄、世界中に出張することが多いんですが、今年は輪にかけて忙しく、出張先へは家族みんなで移動することが多いです。フォレストはリモートで仕事ができますし、私の仕事もサポートしてくれるのでとても心強いです。
せっかくこういう仕事をしているので、子どもも仕事場へ連れて行って、いろんな人に育児にかかわってもらうこともいいことだと思います。それに美術館やアートスペースってあんまり赤ちゃんが頻繁に出入りする場所ではないので、そういう場所にわれわれ親子が存在して、可視化するだけでもいい変化につながるんじゃないかと思っています。
お話・写真提供/荒川ナッシュ医さん 取材協力/国際交流基金 撮影協力/三鷹天命反転住宅 イン メモリー オブ ヘレンケラー 撮影/矢部ひとみ 取材・文/早川奈緒子 編集・構成/仲村教子(entente)、たまひよONLINE編集部
医さんファミリーが滞在していた三鷹天命反転住宅での取材中、フォレストさんは仕事をしつつ双子のお世話に、撮影にと大忙し! 授乳やおむつ替えもありながらのにぎやかな取材でした。すてきなアート空間で家族4人の仲むつまじい様子を撮影させてもらいました。
医さんが日本代表として出展する「第61回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展」は、イタリア・ヴェネチアで2026年5月9日〜11月22日に開催されます。
「たまひよ 家族を考える」では、すべての赤ちゃんや家族にとって、よりよい社会・環境となることを目指してさまざまな課題を取材し、発信していきます。
荒川ナッシュ医さん(あらかわなっしゅえい)
PROFILE
1977年福島県生まれ。1998年20歳で渡米し、ニューヨークで21年間、その後はロザンゼルスを拠点に制作活動を行うパフォーマンス・アーティスト。自身の作品制作のほか、ロサンゼルスのArtCenter College of Design大学院アートプログラムにて教授を務めている。2023年に同性婚、2024年に双子が誕生した。
●この記事は個人の体験を取材し、編集したものです。
●記事の内容は2026年4月当時の情報であり、現在と異なる場合があります。


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