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「右の黒目が透明に見えた」生後4カ月で小児がん判明。「命を守るため」眼球摘出を決断【網膜芽細胞腫】

更新

地元の大学病院で1回目の全身化学療法を受けた、生後5カ月ごろ。

宮城県で看護師として働く柴田直子さんは2人の男の子の母親です。二男の理玖(りく)くん(6歳)は、生後4カ月のときに網膜芽細胞腫(もうまくがさいぼうしゅ)と診断されました。この病気は小児に発症する目のがんで、出生児1万5000人〜2万3000人に1人の割合で発症するといわれます。しかも、理玖くんの症状は両目ともこの病気である両眼性でした。
現在に至るまでの闘病の日々について直子さんに聞きました。全2回のインタビューの前編です。

「やっぱり理玖の目が変なんだ」。長男と二男の黒目の色の違いを感じた日

生まれて間もないころの理玖くん。生後4カ月まではとくに気になる様子もなく、すくすくと成長していました。

仙台市で看護師をしていた直子さんは29歳のときに結婚。32歳ごろから妊活を始め、2年後に長男・琉生(るい・8歳)くんを出産。そして、その3年後に理玖くんが生まれました。

直子さんが理玖くんの目を見て「何かおかしい?」と感じたのは、理玖くんが生後4カ月のときでした。

「その日は、長男がいつものリビングとは違う部屋で遊びたがったので理玖も連れていき、その部屋の畳の上に寝かせました。
そして何気なく理玖の顔をのぞくと、右の黒目が透明に見えたんです。いつもの部屋と違うので、部屋に差し込む光の加減でそう見えるのかな?と考え、長男も同じように寝かせて黒目を見てみましたが、長男の目は透明には見えません。
『やっぱり理玖の目が変なんだ』と思い、その日の夜、帰宅した夫にも見てもらいました。すると夫も『確かに何か違う感じに見えるね』って。

でも、このときはそれほど深刻には考えていなかったんです。たまたま次の日は、かかりつけの小児科で理玖の予防接種をする予定でした。ついでに相談してみよう、くらいの軽い気持ちでいました」(直子さん)

ネットで見つけた写真は二男の目にそっくり。解説には「小児がん」の文字が

理玖くんの右の黒目が透明に見えることに気づいた、生後4カ月ごろ。

かかりつけの小児科で理玖くんの予防接種が終わったあと、直子さんは医師に、理玖くんの黒目が透明に見えることを相談しました。

「しばらく診察した先生は、『透明というか白いね。詳しく診てもらう必要がある』と、小児眼科のある総合病院への紹介状を書き、診察の予約も取ってくれました」(直子さん)

総合病院の予約は1週間後。この1週間を直子さんはとても長く感じたそうです。

「早く検査してもらいたい。でも本当に何か病気が見つかったらどうしよう・・・。看護師として日々病気の患者さんに接してきたのに、このときの私は、怖くて目の病気について調べることができませんでした。3歳児と赤ちゃんのお世話にかかりっきりで、調べる余裕がなかったということもあります。

反対に夫は、調べずにはいられなかったようです。インターネットでいろいろと検索し、ある子どもの目の写真を見つけました。そして、『この子の目、理玖の目に似ていない?』って。私もその写真を見てみると、理玖の目の様子とそっくりでした。写真の説明文に目を移すと、『網膜芽細胞腫』『小児がん』という文字が飛び込んできました」(直子さん)

直子さんは看護師として働いていましたが、網膜芽細胞腫という病名はこのとき初めて知ったそうです。

「『小児がん』という強烈なワードだけが、頭の中でどんどん大きくなっていったのを、今もはっきりと覚えています。夫もそうだったのではないでしょうか。病名はほとんど頭に入りませんでしたが、夫婦ともに『理玖の病気はこれだろう』とほぼ確信しました」(直子さん)

問題ないと思っていた左目にも腫瘍があると判明。しかも長男にもリスクが!?

がんセンターを受診し、右目の眼球摘出が決まったころ。

1週間後、総合病院の小児眼科で理玖くんはいろいろな検査を受け、最後に先生の診察がありました。

「先生は厳しい表情をしていて、『まず家族歴を聞かないといけないな』と口火を切りました。この言葉を聞いたとき『ああ、やっぱり理玖は網膜芽細胞腫なんだ』と思いました。

夫と一緒に目の写真を見たあと、網膜芽細胞腫についてある程度勉強したので、遺伝性のものがあることを知っていたんです。
とはいえ、先生が『病名は・・・』と言いながら紙に『網』の字を書き始めたのを見た瞬間、体が震え、夫と顔を見合わせました。しかも、先生は続いて驚くべきことを言ったのです。『腫瘍は右目だけではなく、両目にある』と。

両目に発症する網膜芽細胞腫は遺伝性で、片目の場合の多くは非遺伝性であることも、事前に調べていました。この説明を受ける前、理玖の診察の流れで、先生は私たち夫婦の目も診ていて、異常なしと言われていました。だから、遺伝性ではない、病気があるのは片目だけだと信じていたんです。理玖の黒目が白く見えるのは右目だけ。左目は問題ないと安心していました」(直子さん)

覚悟していた以上にシビアな現実を突きつけられた直子さん。しかし、さらにショックな一言が先生の口から飛び出しました。

「『お兄ちゃんがいるの?何歳?その子も気になるな』と先生は言いました。まさか長男にも同じ病気のリスクがあるの!?
次々と知らされる衝撃的な情報を処理できず、私も夫も何も言えなくなっていました」(直子さん)

「それで命が助かるのなら」。眼球摘出という、つらく悲しい選択を受け入れる

右目の眼球を摘出する手術を受けたあと、病室に戻ってきたところ。

理玖くんは両眼性の網膜芽細胞腫という診断はつきましたが、この病院で治療はできないため、紹介された大学病院を翌日受診することに。

「小児がん拠点病院になっている大学病院なので、そのまま入院することも想定して病院に向かいました。ところが、ひと通り検査をしたあと、『網膜芽細胞腫の専門医がいる東京の国立がん研究センター(以下、がんセンター)に紹介状を書くので、そこで治療方針を決めてきてください。治療内容によってはこの病院でできることもあります』と言われました。

理玖の病気はこんなに大きな病院でも治療ができないんだ、網膜芽細胞腫ってそんなに怖い病気なんだと、改めて大きな不安に襲われ、私はぼう然とするばかりでした」(直子さん)

このとき、普段はおっとりしていることが多い夫の智基さんが、「驚くほどの行動力を発揮してくれた」と、直子さんは当時を振り返ります。

「大学病院を受診した翌日の朝、夫はがんセンターに電話し、なんとか1日でも早く診てもらえないかと相談してくれました。本当にありがたいことに病院側も事情を理解してくれ、網膜芽細胞腫の専門医である鈴木茂伸先生が、その翌日の手術の合間に診てくれることになったんです」(直子さん)

翌日、直子さん夫妻は理玖くんを連れてがんセンターに向かい、鈴木先生と治療方針について話し合いました。

「鈴木先生に診察していただいた結果、右目は広範囲に腫瘍が広がっているため眼球を摘出する必要があり、左目は眼球温存率90%以上。視力にかかわる部分には腫瘍がないため、治療すれば視力はほぼ普通に残せる可能性が高い、といった説明がありました。

右目の眼球摘出については、事前にその可能性があることをネットで調べていたので、その話が出るだろうとある程度覚悟をしていました。がんセンターを受診する前に夫と何度も話し合い、命さえ助かるのであれば、眼球摘出もやむを得ないと考えていました。
万が一全盲になることがあったとしても、命さえあれば絶対に乗り越えられる。だから命だけは助けてほしい。それが私たち夫婦の心からの願いでした。

その一方で消せない迷いもありました。赤ちゃんの理玖は自分の意志を伝えることができない。親とは言え、眼球摘出という大きな決断を、ほんの数日で決めてしまっていいのだろうかと。
理玖の目が見えるようになるなら、自分は一生目が見えなくなってもいいと、私も夫も考えました。子どもの病気を代わってあげたいというのはよく聞く言葉ですが、『本当にそう思うんだね』と夫と話しながら、2人で泣きました。
夫とは泣きながら繰り返し話し合いました。そして行き着いた結論は『命には代えられない』。これに尽きました。

だから、鈴木先生から『右目は眼球摘出、左目は全身化学療法』という治療方針の説明を受けたときは、夫とともに『その方針でお願いします』と即答しました。鈴木先生が『賢明な判断だと思います』と言ってくださったことで、心が少し軽くなりました。また、左目の視力が残る可能性が高いことが、私たちにとっての救いでした」(直子さん)

顔の右半分をガーゼと眼帯で覆われた二男を見て、もう右の眼球がないんだと・・・

右目の眼球摘出手術を受けたあとの理玖くん。生後5カ月ごろ。

右目の眼球摘出と左目の全身化学療法は地元の大学病院で行い、その後に必要になる網膜芽細胞腫の専門的な治療はがんセンターで行う、という具体的な治療の進め方も決定。
がんセンターを初めて受診した日から2週間後、理玖くんは右目の眼球摘手術を受けることになりました。そのとき理玖くんは生後5カ月でした。

「手術を受ける覚悟はできたのですが、実はもうひとつ大きな不安がありました。両眼性の網膜芽細胞腫の場合、脳にも腫瘍ができるケースがあると聞いていたことです。
大学病院では手術後に脳のMRI検査をする予定だったらしいのですが、『心配なので1日でも早く調べてほしい』と、入院前の受診時に小児科の先生に相談しました。
今考えると、MRIの予約を調整しなおすのは簡単なことではなかったと思います。でも、先生は『お気持ちはわかります』と受け入れてくれ、眼球摘出の手術前にMRI検査を受ける段取りをしてくれたんです。先生方のご対応には今も感謝しています」(直子さん)

理玖くんの右目の眼球を摘出する手術は2020年7月17日。その前々日に入院し、MRI検査を行いました。

「すぐに結果がわかり、『脳に腫瘍は見られない』と先生から説明がありました。第1関門クリア!これで安心して手術を受けられる!と喜んだのもつかの間、続く言葉を聞いて、私も夫も一気に緊張が高まりました。『右目の腫瘍が視神経まで行っているように見える』と・・・。
腫瘍が視神経までいっているということは、転移の可能性がある、ということなんです。
しかも実際どうなのかは眼球を摘出したあと、病理検査の結果が出ないとわからないため、結果が出るのは手術の2週間後になるとのことでした」(直子さん)

直子さん夫妻はMRI検査でわかったいいことと悪いことのうち、悪いことのほうに大きな不安を抱えたまま、翌日の手術を迎えました。

「私が理玖を抱っこし、夫も手術室の入り口まで付き添い、私はそのまま手術室の中へ。手術台に理玖を寝かせ、酸素マスクでとろんとし始めたところで外に出ました。

手術室に入ったのが9時、病室に戻ってきたのが14時半。理玖は手術室に5時間半いたことになります。この中には、手術前の準備や手術後のケアの時間も含まれ、眼球を摘出する手術自体は1時間ほど。あとは、全身化学療法のために必要な中心静脈カテーテルを、胸のあたりに入れるための時間でした。赤ちゃんはこれが大変らしく、カテーテル挿入に時間がかかったと、手術後に先生より説明を受けました。

手術室に迎えに行くと、理玖はまだ麻酔から完全には覚めていない状態でした。その顔の右側半分には大きなガーゼと眼帯が。その姿を見た瞬間、『もう理玖の右目には眼球がない』という現実を突きつけられ、胸がギュッと痛くなりました。理玖の病気がわかってからつらいことはたくさんあったけれど、このときが一番きつかったかもしれません」(直子さん)

眼球のない目の中に綿球を入れる様子を直視できず、思わず涙がこぼれる

義眼のケアをする最近の様子。スポイトを使って、直子さんが義眼をはずしています。

右目の眼球を摘出する手術が無事終わり、病室に戻った理玖くんにアクシデントが起こりました。

「理玖が泣き出したら、大きなガーゼと眼帯の下にある綿球がポロッと出てきたんです。綿球は眼球があった場所に入れられていたものです。うろたえながらもナースコールをすると、来てくれた看護師さんも少しびっくりした様子。すぐに先生を呼んでくれました。

先生はその場で眼帯とガーゼをはがし、綿球の入れ替えを始めたのですが、ついている看護師さんは1人で、理玖は手足をバタバタさせてギャン泣き状態。私が理玖を押さえなければいけない状況だと理解しましたが、眼球のない理玖の顔を直視できず、顔を背けて理玖を押さえることだけに気持ちを集中させました。
でも、先生が新しい綿球を入れようとしている様子は、視界の端に見えてしまいます。看護師とはいえ、わが子のこの姿は見ていられなくて、初めて公の場で涙をこぼしてしまいました」(直子さん)

手術をした右目の状態が落ち着くには2週間ほどかかり、転移に関する病理検査の結果が出るのもほぼ同じ時期。この2週間、直子さんは緊張の連続だったそうです。

【鈴木茂伸先生より】両眼性の網膜芽細胞腫は腫瘍が転移したのではなく、多発した状態です

理玖くん6歳。がんセンターへの通院で、大好きな新幹線に乗れるのを喜んでいるところ。

網膜芽細胞腫は小児の眼(網膜)から生じる悪性腫瘍で、両眼性と片眼性があります。両眼性は転移ではなく多発している状態で、将来、子どもに遺伝する可能性があります(遺伝性)。また、両親が網膜芽細胞腫を発病していなくても、きょうだいに発病することがあるため、きょうだいも眼底検査を受けることがすすめられます。
腫瘍が眼球内にとどまっていればほぼ転移しませんが、眼球壁をこえて広がっていると、転移の可能性が高くなります。
発見の契機となる症状は、瞳孔が白く見える白色瞳孔、斜視などです。お子さんの目がおかしいと思ったら、健診時や医療機関で相談したり、小児の眼を積極的に診察している眼科で診察を受けたりしていただくことが重要です。

▼続きを読む<関連記事>後編

お話・写真提供/柴田直子さん 医療監修/鈴木茂伸先生 取材・文/東裕美 構成・編集/仲村教子(entente) たまひよONLINE編集部

インタビューの後編は、手術の2週間後にわかった転移に関する病理検査の結果、そして、左目の化学療法、幼稚園・小学校生活などについて聞きます。

「たまひよ 家族を考える」では、すべての赤ちゃんや家族にとって、よりよい社会・環境となることを目指してさまざまな課題を取材し、発信していきます。

柴田直子さん(しばたなおこ)

PROFILE
仙台市在住。8歳と6歳の男の子の母で看護師。二男は両眼性の網膜芽細胞腫の経過観察中。2023年に初めてレモネードスタンドに参加したのを機に小児がん支援の活動を始め、現在は、宮城県の小児がん支援団体、NPO法人アンドブライツ副代表理事。

アンドブライツのサイト

鈴木茂伸先生(すずきしげのぶ)

PROFILE
国立研究開発法人国立がん研究センター中央病院 眼腫瘍科長。日本眼科学会 眼科専門医。日本がん治療認定医機構 がん治療認定医。希少疾患であり、一般眼科医にとっては経験が乏しい眼部の腫瘍に対して積極的な治療を行っている。

●この記事は個人の体験を取材し、編集したものです。
●記事の内容は2026年8月の情報であり、現在と異なる場合があります。

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