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生後5カ月での右目摘出手術、そして抗がん剤治療。義眼は7個目。右目摘出から始まった義眼との生活【網膜芽細胞腫】

更新

理玖くんの右目には義眼が入っています。写真は初めて義眼を入れた生後5カ月ごろ。

生後4カ月のとき、両目とも小児がんの網膜芽細胞腫(もうまくがさいぼうしゅ)と診断された柴田理玖(りく)くん(6歳)は、生後5カ月のときに右目の眼球を摘出する手術を受け、以来、義眼を着用しています。左目は化学療法などの治療を行い、現在は経過観察中です。
直子さんに聞いた全2回のインタビューの後編は、手術・治療中のことや、退院後の生活などについてです。

▼<関連記事>前編を読む

大きな不安だった病理検査。結果が出るまでの長い長い2週間が過ぎる

一時退院して3カ月ぶりに自宅に戻りました。パパ、お兄ちゃんと一緒に。

理玖くんに付き添う直子さんにとって、摘出した眼球の病理検査の結果を待ちながらの術後の2週間は、つらく、緊張の連続の日々でした。

「赤ちゃんって眠くなると目のあたりをごしごしこすったりしますよね。理玖にもそのしぐさがあったのですが、手術後の右目は眼帯とガーゼのせいでそれができなくて・・・。イライラするのか、ギャン泣きするんです。
しかもだんだん器用になってきて、眼帯とガーゼのすき間に指を入れて、はがそうとしちゃう。それを阻止するために24時間気が抜けない日々でした」(直子さん)

2週間がたち、綿球とガーゼをはずせることになりました。

「目の中はとてもきれいになっているから、もう保護はいらないということでしたが、眼球のない目を理玖がこすってしまうのが心配で、院内の売店で貼る眼帯を買って使ってみました。
でも、理玖がかゆそうにするのがかわいそうで3日でやめ、何もせず過ごすことに。理玖が右目をこすることはなかったし、眼球のない目に私もようやく慣れ、お互いにストレスなく過ごせるようになりました」(直子さん)

そんな日々を過ごすうちに、ようやく、心配していた病理検査の結果が出ました。

「先生は『視神経への浸潤はありませんでした』と。つまり、転移の危険性はないということ!ちょうど付き添いの交代で病室に来ていた夫も一緒に話を聞くことができ、2人で理玖を抱きしめて喜び合いました」(直子さん)

左目の全身化学療法は手術の5日後から始まっていて、病理検査の結果を聞いたのは1クール目が終わったあとのことでした。そして、一時退院の話も出ました。

「転移の危険性がなかったこと、わが家は大学病院から近くて週2回の外来通院が可能なこと、そして3歳の長男がいることを考慮してくれ、8月初めに一時退院ができることになりました。
理玖の右目にはまだ義眼が入っていなくて、まぶたは閉じたまま。長男が理玖に会う前に説明しておこうと思いました。

『理玖のおめめには悪者がいたから、お医者さんに取ってもらったんだ。だからおめめがひとつしかなくなっちゃったの。理玖に困ったことがあったら家族みんなで助けてあげよう。琉生(るい)にもお願いできる?』

3歳児がどこまで理解できたのかわかりませんが、3カ月ぶりに家に帰ってきた理玖を見て、琉生はとてもうれしそうでした。2人が一緒にいる姿を見て、私はとても幸せな気持ちになりました」(直子さん)

義眼外来を初受診。義眼が入った息子の顔を見て「なんて自然なんだろう」と感動

MRI検査のために入院した3歳9カ月ごろ。

理玖くんは8日後に再入院し、全身化学療法の2クール目が始まりました。この間に、病院内の義眼外来も受診します。

「義眼外来を初受診した日は、夫も仕事を休んで付き添ってくれました。
義眼外来では義眼士さんに診てもらいます。机の上にずらりと義眼が並んでいて、義眼士さんはその中から何個か選び、その1つをスポッと理玖の目に入れてくれました。理玖が義眼を初めて装着した瞬間です。理玖はちょっとだけ泣きましたが、すぐに泣きやみ、何の違和感もなさそう。思っていたよりもずっと自然だったことに、まず感動しました。
義眼は成長とともに作り直す必要があるので、現在使っているものは7個目です」(直子さん)

がんセンターでしかできない治療を受けるために、定期的に仙台から東京へ

幼稚園生活がスタートしたころ。理玖くんは毎日元気に通っていました。

理玖くんは地元・仙台の大学病院での治療と並行して、東京にある国立がん研究センター(以下、がんセンター)での診察・治療も受けました。

「2クール目の全身化学療法で左目の腫瘍がかなり小さくなっていることが確認できたので、地元の大学病院で続けて3クール目を行ったあと、がんセンターで『選択的眼動脈注入』という治療法を行うことになりました。

これは、がんセンターが開発した治療法で、眼の動脈に直接抗がん剤を注入することで、全身への副作用を抑えつつ、眼の腫瘍にだけ薬剤を効かせられるというもの。
今のところ、国内ではがんセンターでしかできない治療法なのだそうです。
この治療とレーザー治療を2020年10月に行いました。治療自体は1時間半程度で終わりましたが、全身麻酔で行うこともあり、3泊4日入院。理玖が生後7カ月のときです」(直子さん)

このあとも定期的にがんセンターで治療を受けました。

「11月、12月、翌年1月、2月に、2泊3日でレーザー治療と、目の中の硝子体というゼリー状のところに抗がん剤を注射する治療を行いました。
とてもうれしいことに治療は予定どおりに進み、以後は経過観察でOKに。経過観察にたどり着くことを第1目標にしていたので、肩から力が抜けたことを覚えています。理玖が1歳を迎える直前でした。
なにより、小さな体でたくさんの治療を耐え抜いた理玖に、『本当によく頑張ってくれたね!!』と、感謝の気持ちでいっぱいでした。

ただ、治療が終わっても半年間は再発のリスクが高いといわれていて、そのことはずっと忘れられません。月1回のがんセンターでの経過観察と、地元大学病院で定期的に行うMRI検査の日が近づくたびに心配になり、結果を聞いて安心する・・・というのを繰り返していました」(直子さん)

「二次がんのリスクがある」と。小さな異変も話してもらえる親子関係を築こうと決意

4歳ごろ。大好きなお兄ちゃんといつも一緒に遊んでいます。 

理玖くんが発症した両眼性の網膜芽細胞腫は遺伝性のため、きょうだいにも発症のリスクがあるといわれています。そして網膜芽細胞腫の多くは3歳までに発症。理玖くんの病気がわかったとき、長男の琉生くんは3歳になる直前でした。

「先生からは、『今ちゃんと見えているのであれば可能性は低いと思うけれど、一度、目の検査することをおすすめします』と言われました。これまで琉生の目が見えていないと感じたことはありませんが、実は片目が見えていないとかある・・・?と不安になり、琉生が3歳1カ月のとき眼科で検査を。私は理玖の付き添いがあるので、夫と義母が連れて行きました。

検査の結果は問題なし!念のため半年後にもう一度検査をしましたが、それも問題なし。琉生にはリスクがないとわかったことは、私たち夫婦にとって大きな希望となりました」(直子さん)

がんセンターでの4回目の局所治療が終わった2021年2月、直子さん夫妻と1歳になる直前の理玖くんは、地元の大学病院で遺伝カウンセリングを受け、「がん遺伝子パネル検査」という遺伝子検査をすることを決めます。

「理玖はすでに、突然変異による遺伝子異常が原因の遺伝性の網膜芽細胞腫だと説明を受けていたので、二次がんのこと、兄の琉生のリスク、将来の理玖の子どもへの影響が気がかりでした。遺伝カウンセリングで相談し、がん細胞に起きている遺伝子の変化を調べ、がんの特徴を知ることができる検査を受けることにしました。検査は摘出した眼球を使って行われました。

ある程度は覚悟していたんですが、『がん細胞以外にも遺伝子異常がある可能性が高い』という結果が。今後、目以外にも腫瘍ができる可能性があるということです。
さらに、腫瘍細胞以外の細胞に遺伝子の異常があるかどうかを調べる血液検査を行ったところ、血液でも遺伝子の異常が見つかりました」(直子さん)

遺伝科の先生2人と遺伝子カウンセラー1人が同席し、説明がありました。

「理玖のきょうだいである琉生が同じ遺伝子異常を持っている可能性は3%、理玖の子どもに遺伝する確率は49%、二次がんについては、骨肉腫、軟部組織肉腫、黒色腫、脳腫瘍、肺がん、膀胱がんなどのリスクがあり、思春期から成人期に発症することが多い、といった説明がありました。いろいろ調べる中で二次がんのリスクがあることはすでに知っていたんですが、具体的な病名を聞くのはつらかったです。

でも、リスクがあるとわかっていれば、早期発見につなげられるとも考えました。理玖が自分の体の小さな異変を感じたとき、すぐ話してもらえるように、これからもずっとコミュニケーションが密にできる関係をつくっていこうと強く決意しました。

その後、琉生も遺伝子検査を行い、遺伝子異常はないことが判明。ほっと胸をなでおろしました」(直子さん)

義眼をはずした二男の姿を見た友だちに、『怖い』と言われたことが

虫取りをして外を走り回った、5歳のとき。

2023年4月、理玖くんは幼稚園の年少クラスに入園しました。

「先生方は理玖の病気のことも義眼のことも理解してくれ、安心して通園できました。ただ、園で義眼がはずれたり、ずれたりしたら、お友だちがびっくりするのではないか、そのとき『怖い』などの発言があったら、理玖が傷つくのではないか。それだけが心配でした。幸い年中クラスまでは、そのような事態になることはありませんでした」(直子さん)

年長クラスの5月下旬に、直子さんが心配していたことが起きました。

「義眼がずれてしまったので職員室に連れてきたと、幼稚園から連絡がありました。入園時の面談で、園で義眼がはずれたり、ひっくり返って白目のような状態になったりした場合は、私が直しに行くことになっていたんです。年長のときも今も、理玖は自分で義眼をはずせるけれど、入れることはまだできません。

この連絡があったときはたまたまタイミングが悪く、私は仕事中で、急いで帰っても1時間はかかります。1時間そのままでいるより義眼をはずしたほうがいいと考え、先生から理玖に伝えてもらいました。すると先生が『理玖くん、自分で義眼をはずしました!このままでいいから早く教室に戻ってみんなと遊びたいって言っています』って。

理玖はたくましくなったなあと感心しつつ、義眼のない顔を見てびっくりする子がいるかもしれないから、理玖が教室に戻る前に先生から説明してほしいとお願いしました」(直子さん)

その後、直子さんは幼稚園に駆けつけ、先生から状況を聞きました。

「理玖は義眼をはずしているけれど普通に遊べると説明してくれたそうです。理玖が教室に戻ると、最初は不思議そうにしていた子もいたけれど、すぐにいつもどおりに遊んでいたとか。理玖もすんなり仲間に入っていたそうです。ただ1人だけ『怖い』と言った子がいて、理玖に聞こえていたかもしれないから、ちょっと気になっているとも言われました。

『怖い』と感じるのは、子どもの素直な感情だと思います。でも、理玖がどう受け止めたのかが心配で、帰宅後、それとなく聞いてみました。返ってきたのは気のない返事のみで、本当に気にしていないのか、嫌なことだから話したくないのか、私が心配しないように黙っているのか、今でも理玖の本心はわかりません。
今後もこういうことが何度もあると思うので、乗り越えられるくらい強くなってほしいし、つらいことは一緒に乗り越える家族がいることは忘れないでほしいと願っています」(直子さん)

今年4月、理玖くんは小学校に入学しました。

「お友だちがたくさんでき、困ったことやできないことは今のところありません。見えている左目を大切にしてほしいという気持ちはありますが、けがを避けるために体育をさせないとか、遊びを制限するといったことは考えていません。理玖には、これからたくさんのことを経験してほしいです」(直子さん)

経験したからわかる、付き添い保護者の過酷な入院生活に寄り添う活動をしたい

2023年2月のレモネードスタンドに行ったとき。理玖くんは3歳。

直子さんは現在、宮城県の小児がん支援団体、NPO法人アンドブライツの副代表を務めています。

「きっかけは琉生が通っていた空手教室の先生が、小児がん支援のレモネードスタンドのお手伝いをしていたこと。このレモネードスタンドを主催したのが今のNPO法人の代表です。会場で代表と会い、一緒に活動をしたいです!と伝えたのが、私の小児がん支援活動の始まり。2023年2月のことです」(直子さん)

直子さんの活動の原点は、「病気の子どもに付き添う保護者に寄り添いたい」という思いだそう。

「突然わが子が入院することになり、多くの保護者は心の準備ができないまま付き添い生活を始め、自分のことは完全に後回しです。
私も理玖が入院中、食事はコンビニ弁当があればいいほうで、買う時間がなければ買い置きのお菓子で済ませ、それもなければ食事はなしに。そんなことが何度もありました。理玖の治療さえちゃんとできればいいと考えていたんです。

でも、今振り返ると心身ともにかなり不健康な状態です。付き添い保護者が少しでも楽になれるようなお手伝いをしたい、大変な状況に置かれた保護者に寄り添いたい、そう願って活動を続けています」(直子さん)

【鈴木茂伸先生より】温存した眼球の腫瘍は、全身化学療法と眼球の局所治療で抑えられ、治療後は定期的に眼底検査を実施

今年7月の家族旅行の写真。「4人で過ごせる時間は何よりの宝物です」と直子さん。

眼球内に腫瘍が充満している状態、緑内障や炎症を併発している場合、腫瘍が眼球外に広がっている場合などは、眼球摘出が必要です。それ以外の場合は眼球を温存することを目指して治療します。
最初に全身化学療法を行い、腫瘍が小さくなった時点で眼球だけの抗がん剤治療である選択的眼動脈注入、硝子体注入、レーザーなどを併用して腫瘍を抑えていきます。複数回の眼球局所治療が必要です。治療によって腫瘍が消失したり、石灰化という固まった状態になったら、経過観察に移ります。
治療後半年は月1回、その後は2カ月に1回など、間隔を延ばしながら定期的な眼底検査を継続します。もし再発が見つかったら、早めに追加治療を行う必要があります。
理玖くんは5年経過しているので、眼球内の再発の可能性は低いですが、網膜剥離(もうまくはくり)や白内障などの晩期合併症、二次がんなど、年齢に応じた疾患の可能性があるため、定期的な眼科検査と、症状に応じた全身の検査が重要になります。
症状の気づきが重要であり、親子のコミュニケーションは大切だと思います。

お話・写真提供/柴田直子さん 医療監修/鈴木茂伸先生 取材・文/東裕美 構成・編集/仲村教子(entente)、 たまひよONLINE編集部

生後4カ月から網膜芽細胞腫との戦いが始まった理玖くん。今も4カ月に1回、国立がん研究センターで経過観察を行っていますが、理玖くんは大好きな新幹線に乗れるのを毎回楽しみにしているとか。自分で義眼を入れる練習も、そろそろ始める予定だそうです。

「たまひよ 家族を考える」では、すべての赤ちゃんや家族にとって、よりよい社会・環境となることを目指してさまざまな課題を取材し、発信していきます。

柴田直子さん(しばたなおこ)

PROFILE
仙台市在住。8歳と6歳の男の子の母で看護師。二男は両眼性の網膜芽細胞腫の経過観察中。2023年に初めてレモネードスタンドに参加したのを機に小児がん支援の活動を始め、現在は、宮城県の小児がん支援団体、NPO法人アンドブライツ副代表理事。

アンドブライツのサイト

鈴木茂伸先生(すずきしげのぶ)

PROFILE
国立研究開発法人国立がん研究センター中央病院 眼腫瘍科長。日本眼科学会 眼科専門医。日本がん治療認定医機構 がん治療認定医。希少疾患であり、一般眼科医にとっては経験が乏しい眼部の腫瘍に対して積極的な治療を行っている。

●この記事は個人の体験を取材し、編集したものです。
●記事の内容は2026年8月の情報であり、現在と異なる場合があります。

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