9月入学、振り回される教育現場 議論の前に公立小にオンライン授業を・専門家に聞く
コロナ禍で、突然、浮上した9月入学。政府は9月入学について、2020年度、2021年度の導入は見送りましたが、今後はどうなるのでしょう。気になる9月入学の可能性や問題点について、教育学博士で教育現場に詳しい諸富祥彦先生に話を聞きました。
9月入学は、専門家の間でも賛否両論! コロナ禍で、教育現場は振り回されています
9月入学は、実は以前から議論されていましたが、専門家の間では、賛否両論あり意見が分かれています。
「9月入学のメリットであがるのが“国際化”です。アメリカ、カナダ、イギリス、フランスなど世界の多くの国では9月入学が主流になっています。しかし今回のように、突然“来年度からの導入”を議論されると、日本の教育現場や幼稚園、保育園などは大混乱を起こします」(諸富先生)
教育に関する研究を行う国内最大規模の日本教育学会では2020年5月、「9月入学よりも、いま本当に必要な取り組みを」と提言を出して、9月入学には反対しています。
その背景には、
①新型コロナウイルス感染症の拡大による休校の長期化や、外出自粛により子どもたちや保護者の不安は増大し、孤立やストレスなどの問題が起きている
②学習の遅れや学力格差拡大への不安や心配が高まっている
③コロナ禍で困難な生活状況におかれた子どもや、退学を検討している学生が増えている
などです。
また学校側も、異例の事態続きで厳しい状況に陥っています。
「先生たちは、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて3月から、突然、休校状態になりました。しかし緊急事態宣言が解除されたあとは、学習の遅れを取り戻すために必死です。心身ともに疲れて、7月ごろからうつを発症する先生が増えるのではないかと心配しています。今、教育現場に必要なのは、9月入学の議論ではないはずです」(諸富先生)
9月入学になっても、留学する子は増えない可能性が!
9月入学のメリットとしてあがるのが“国際化”です。諸外国と足並みをそろえて9月入学にすることで、海外留学がしやすくなるといわれており、「いいよね!」と思ったママやパパもいるのではないでしょうか。
文部科学省の調査では、日本人(社会人も含む)の高等教育機関(大学、大学院など)への長期海外留学は、2004年がピークで、その後は減少傾向になり、近年は年間5万5000人~6万人ぐらいの横ばい状態が続いています。その代わり、大学生にも高校生にも多いのが、1カ月未満や3カ月未満の短期留学です。
「長期の海外留学は、お金がかかります。たとえば留学先として人気が高いアメリカでは、専攻科目や立地、公立、私立などで授業料は大きく変わりますが、4年制大学の学費の目安は年間300~500万円と、日本よりも高額です。そのほか食費、住居費などもかかり、とくに都市部は物価が高いので、日本では800円ぐらいのランチ代も、2000円ぐらいが相場です。そのため年収1000万円の家庭でも、子ども1人に長期の海外留学をさせるのは経済的に大変です。今の日本の経済状況では、9月入学になっても長期の海外留学が増えるとは思えません」(諸富先生)
政府は、今後も9月入学の議論を続けて行く方針
日本では東京大学で、国際水準の教育や社会環境作りをめざして一部の学部や大学院で9月入学を取り入れています。しかし大学全体の取り組みではありません。
政府は2020年度、2021年度の9月入学導入は見送ったものの、今後も議論は続ける方針です。
2022年度以降、9月入学はあり得るのでしょうか。
「私は、9月入学は今後も導入されないと思います。海外留学については前述のとおりですが、9月入学が導入されてもメリットはほとんどありません」(諸富先生)
また今回9月入学は、長期的な休校による学習の遅れを解消するための手段として検討されたのが始まりですが、9月入学が見送られると、学習の遅れはどうなるのでしょう。
さらに9月入学の議論では「決まった時期に全員を卒業させる、これまでの教育は多くの弊害を生んでいる」という意見もありました。
日本経済団体連合会では、2020年5月に提言を出し「大学教育に関しては、入学時期だけでなく、卒業時期、在学年数なども一律ではなく、多様な選択肢について考察を進めていくべきである」としています。
コロナを機に、これまでの教育は見直されるのでしょうか。
「まず学習の遅れを取り戻すならば、公立校でもオンライン授業を本格化したほうがいいと思います。これまでの一斉授業は、平均的なレベルの子に合わせた授業であって、勉強が苦手な子や逆に勉強ができる子にとってはマイナス面があります。
勉強が苦手な子にとっては、理解できない授業を1日中受けていたら“どうせわからないから”と自己肯定感は低下します。しかしオンライン授業ならば、少人数制でレベルに合った授業が可能で、学力向上につながるでしょう。
また卒業時期、在学年数などの多様化に必要なのは学生自ら学ぶ意欲と力です。とくに勉強ができる子にしたら、一斉授業は、そうした自発的な学びの妨げになり得ます。
ただしオンライン授業だけでは、人間関係の学びは深まらないので、バランスが大切です」(諸富先生)
お話・監修/諸富祥彦先生 取材・文/麻生珠恵、ひよこクラブ編集部
9月入学は、まだ議論が続くようですが、ママやパパにとっては「もし9月入学になったら!?」と心配はつきないと思います。「下の子の妊娠計画を立てたいけれど、どうしたらいいの?」と悩んでいるという声も。でも、9月入学が導入されたら“早生まれ”という言葉もなくなるかも知れませんね。
諸富祥彦先生(もろとみよしひこ)
(明治大学文学部教授・教育学博士)
Profile
1986年筑波大学人間学類、1992年同大学院博士課程修了。英国イーストアングリア大学、米国トランスパーソナル心理学研究所客員研究員、千葉大学教育学部講師、助教授を経て現職。臨床心理士、上級教育カウンセラー、学会認定カウンセラーなどの資格を持ち、長年に亘ってスクールカウンセラーを務める。近著に「教師の悩み」(ワニブックス)。