NYで個展、ブランドとコラボも。ある日突然絵を描き始めた自閉症の息子をサポートし続けた父
一枚の絵との出合いが、自閉症の息子「がっちゃん」の才能を開花させました。長男が自閉症と診断されるとすぐに、その療育のために家族でアメリカに移住した、ある一人のパパ。前編に引き続き、環境を与え、無理強いすることなく、息子と接してきたパパが起こした奇跡のお話をお届けします。
息子にとって絵を描くことはコミュニケーションそのものです
長男が自閉症と診断されるとすぐに、その療育のために家族でアメリカに移住。帰国後は親として納得できる居場所を創りたいと発達障がいをもつ子どもたちのための放課後デイサービス(支援学校、支援学級、通級、不登校の生徒のための学童のようなサービス)を立ち上げた佐藤典雅さん。
「自閉症は大変だけど、不幸ではない」という佐藤さんは、あわてず、常に冷静に息子であるがっちゃんを見守り続けてきました。
2年前、突如として絵を描き始めたがっちゃんを佐藤さんはサポートし続け、2019年には初の個展、そして2020年3月には、ニューヨークでの個展を実現、がっちゃんは才能あふれるアーティストとして高い評価を受けました。
インタビュー後編では、9年間のアメリカでの療育生活を経て日本に帰国してからのお話です。持ち前のバイタリティーと行動力で、中学生になったがっちゃんのために親として納得できる居場所を作りたいと、放課後デイを立ち上げました。そしてがっちゃんが高校生になるタイミングで通信制サポート校の運営も開始。そのなかでがっちゃんのアーティストとしての才能は開花していきます。
——— 帰国してすぐに放課後デイを立ち上げたんですね。
がっちゃんのような自閉症の子にとって大切なことは、「いかに一生を楽しく過ごしていけるか」ということだと、私は思っています。だから、親として「どうしたらがっちゃんが楽しめるか?」という基準だけで施設を作ってきました。「がっちゃんが楽しければ、きっと他の子も楽しいだろう」という発想です。
実際に、帰国して、何カ所か施設を回ってみましたが、そういう意味でしっくりくる場所が探せなかったので、じゃあ自分で作っちゃえと(笑)。
——— そしてとうとう、放課後デイだけでなく通信制サポート校や就労支援、グループホームまで運営を始めました。
私は経営者である前に当事者、親でもあります。だからうちの経営方針は、「がっちゃん」が基準です。がっちゃんが高校生になるタイミングで、彼が無理のないペースでカリキュラムを決められる高校を作ったし、将来、就労支援やグループホームも必要になることも考えて、就労支援やグループホームの運営も始めました。
——— そして、高校生になったがっちゃんは、絵を描き始めます。
本当に突然のことでした。高校生になったある日、スタッフが遠足の時間にがっちゃんを岡本太郎美術館に連れて行ってくれたとき、がっちゃんが1枚の絵の前に立ち止まりずっと見ていたというのです。多動症でじっとしていられず何度も脱走を繰り返していたがっちゃんが!? 驚きました。
しかしもっと驚いたのは、次の日にいきなり「ガク、絵を描く」と言い出し、その日から来る日も来る日も絵を描き続けています。
——— がっちゃんのなかで何かが目覚めたのでしょうか。
がっちゃんにとって幸運だったのは、絵を見る力のあるスタッフがそばにいたこと。彼に絵の才能があることと気付いてくれたことです。
がっちゃんの言語能力は幼稚園以下です。その彼が、絵を描くことで表現したり、コミュニケーションがとれたりすることに気づいたのではないでしょうか。それも突然。
自閉症のあるなしに関係なく、大人は子どもにいろいろな活動の機会を与えると同時に、その芽が出た瞬間を見逃さない力が求められるんだと思うんです。多動症のあるがっちゃんが、生まれて初めて同じ場所で作業しても飽きなかったのが絵だったんです。絵ががっちゃんの人生を変えてくれました。今では月に20枚、年間240枚の絵を描いています。
——— そして1年後、個展を開くことになりました。
それもがっちゃんの意志です。突然「ガク、ミュージアム!」と言ったんです。「これは展示しろ」ということだと思って、世田谷美術館に電話をしたら、偶然にもがっちゃんの誕生日前後1週間に空きが出たというんです。またまた幸運が降ってきました。
そして半年後、今度は「ガク、ニューヨーク!」と言いました。さらに幸運だったのは、コロナの自粛ギリギリのタイミングで、ブルックリンでがっちゃんの個展を実施することができたということ。そこで彼の絵がバッグのLeSportsac(レスポートサック)の目に止まって、来年の夏にはコラボ商品が販売される計画もあります。今、レスポ本社にはがっちゃんの絵が飾られているんです。
親が子どもにしてあげられることは限られている
ーー 佐藤さんのサポートの賜物ですね。
障害あるなしに関係なく、親が子どもにしてあげられることって実はものすごく限られていると思うんです。まずはその子の特性を見極めて、いろいろ試しながら得意分野を見つけて、それを始めるきっかけを与えることが大切です。そしてそれが見つかったら、全力で後押ししてあげることが重要なんです。
親に言われたからではなくて、本人がどのくらい好きか、どこまでそれを自分で追求できるかが重要なんですよ。「好き」は、誰にも勝てませんからね。
—— たまひよの読者はまさに子育てに奮闘しているママ、パパです。何かにひと言伝えるとしたらどんな言葉をかけますか?
今、もっている既成概念や価値観を捨てて、「オープンマインドでいなさい」ということでしょうか。「子育ての期間は不安でデリケートな時期だけど、今からそんなにエンジンをふかしていたら、これから先の長い人生の途中でガソリンが切れちゃいますよ」とうちの学校の保護者にもよく話します。今の悩みは子どもが大人になってみたらそれほど重要ではないことがほとんどなので、どうぞ1度、立ち止まって俯瞰して見渡してみるといいと思います。
取材・文 米谷美恵 写真提供/佐藤典雅
お話を終えて
佐藤さんにお話を聞いたのは7月始め。7月29日(水)〜8月2日(日)に東京都世田谷美術館区民ギャラリーで開催されるがっちゃんの個展の準備に忙しいなかでした。がっちゃんの絵について語る佐藤さんは、父であり、アーティストがっちゃんのプロデューサーであり、何より一番のファンなんだなと感じました。
佐藤典雅さん
Profile
子ども時代の大半をアメリカで過ごす。グラフィックデザイナーからBSジャパンのコンテンツ企画、ヤフー・ジャパンのマーケティング・セールスを経て、東京ガールズコレクションとキットソンのプロデューサーとなる。株式会社1400グラムの代表として様々な企業のコンサルを行なう。プライベートでは、息子が3歳のときに自閉症だと診断され、アメリカでの療育プログラムを受けるためにロサンゼルスに引っ越す。9年間のアメリカでの生活を経て、日本での自閉症に対する受け皿をつくりたいと、放課後デイアイムを設立、その後、一条校(学校教育法一条で定められた正規の高等学校)の通信制サポート校ノーベル高等学院を設立。卒業生は高校卒業証書を取得することができる。