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500gで生まれた男の子・奏ちゃん 母が撮るNICUでの成長と現在【写真家 田尾沙織インタビュー】

*写真は、2カ月ごろに病院で。人工呼吸器がマスクから、鼻に通すチューブに変わり、顔がよく見えるように。体重も900g台になりました。

1000g未満で生まれた赤ちゃんを「超低出生体重児」と言います。超低出生体重児は、臓器の未発達、免疫力が弱く感染症にかかりやすい、視力・聴力障害など、さまざまなリスクを抱える可能性が高いです。広告撮影などで活躍する写真家・田尾沙織さんも、5年前、わずか500gの男の子・奏ちゃんを出産。今秋、奏ちゃんの軌跡をつづった「大丈夫。今日も生きている」を出版しました。田尾沙織さんに、出産から今日までの話を聞きました。

25週4日で出産! 医師からは「妊娠28週が赤ちゃんに障害が出るか出ないかのライン」と言われ…

写真家・田尾沙織さんが出産したのは2015年10月30日。妊娠7カ月(25週4日)で、赤ちゃんの体重はわずか500gでした。

――早産の予兆から出産について教えてください。

田尾さん(以下敬省略) 妊娠が判明した1回目の妊婦健診で、医師から血圧が少し高いと言われました。その後、妊娠3カ月の2回目の健診で、上の血圧が200mmHgまで上がり、急きょ、総合病院の産科に転院。1週間ほど入院しました。でも自覚症状はまったくなかったし、これまで私は健康が取りえだったので「えっ!? 私が?」と実感がわかなかったのが正直な気持ちです。

――退院後の経過は順調でしたか。

田尾 退院後は、血圧の薬は服用していましたが、体調は良好。いつも通り仕事もしていました。
しかし妊娠7カ月の定期健診のとき医師から「赤ちゃんが小さいから、今日か明日にも入院して」と言われて、そこから急展開で…。入院した翌日「赤ちゃんが昼間は元気だったのに、心拍が弱ってきている」と言われて、急きょ帝王切開になりました。私自身、心がついていけなくて…。漠然と考えていたのは、以前、早産の説明を受けたとき医師から「28週が赤ちゃんに障害が出るかどうかのラインです」と言われた言葉でした。私は25週と4日で出産したので「大丈夫かな」と不安でいっぱいで、涙が止まらなかったです。

赤ちゃんは手のひらに乗るほどの大きさしかなく、医師は「72時間が山」と宣告

田尾さんが赤ちゃんと初めて対面したのは、まだ手術台に横たわっているとき。保育器に入っている赤ちゃんは、全身が真っ赤でとってもやせていて、てのひらに乗るぐらいの大きさでした。

――出産後、すぐ赤ちゃんを触ったりできましたか。

田尾 医師に「触っていいですよ」とは言われたのですが、あまりに小さくて、最初はどこを触っていいのかもわからなかったです。
恐る恐る手に触れたら、私の人さし指の第一関節に手のひらがすっぽりおさまってしまって…。でも小さくてもすごく元気でした。足をバタバタ動かしていて“おなかのなかで、こうして蹴っていたんだな”というのがわかりました。

――医師からは、赤ちゃんの状態はどのように説明されましたか。

田尾 「赤ちゃんは72時間が山で、それを乗り越えても、まだいくつも山があります。すべての臓器が未熟、呼吸器・肺自体が未成熟、母乳を消化できるかわからない」と言われました。その言葉を聞いて私は、「1日でも遅く、1gでも多く産んであげたかったのに…。早く産んでごめんね」と、一生分と思うぐらい泣いて自分を責めました。

生後10日目、自力排便ができずに腸の手術を! 入院は256日にも

*写真は、3カ月半ごろ。これまでは口から胃に管でミルクを送っていたけれど、哺乳びんから母乳やミルクが飲めるように。体重は1400g台で横ばい。

赤ちゃんは、すてきな人生を奏でられますようにという思いを込めて“奏介”と命名。病院では、みんなに“奏(そう)ちゃん”と呼ばれて、かわいがられました。

――先生の言葉通り、いろんな試練があったようですが…。

田尾 まずは7日目にNICUの面談室に呼ばれて、医師から「自力排便ができずに、おなかが張っています。このまま胎便(たいべん)が出ないと腸が破裂する危険性がある。でも手術するには体が小さ過ぎて見極めが難しい」と言われました。
結局、3日後に腸の開腹手術をしました。詰まった胎便(たいべん)を取り除く手術で、手術時間は5時間か7時間。時間も覚えていないぐらい、長い1日でした。
4カ月になると「目の血管がうまく発達していなく、失明の危険性があるから」と未熟児網膜症を治療するためにレーザー手術を受けました。入院は256日にもおよびましたが、先生の言葉通り、いくつもの山がありました。

――長い入院生活のなかで、いちばん、心に残っていることを教えてください。

田尾 初めてのカンガルーケアが忘れられません。カンガルーケアができたのは2カ月過ぎで、体重は807g。「体調が安定しているから!」と1週間ぐらい前から、カンガルーケアのことを言われていたのですが、当日は待ちに待ったという感じでした。まだ奏ちゃんには、酸素の管がついていたけど、あのとき肌で感じた重さやぬくもりは、一生忘れません。

「当たり前のことが、私にはできない」と落ち込む毎日。でも、まわりと比べることをやめて気持ちが前向きに

*写真は、1歳過ぎ。退院して4カ月が過ぎたころ。病院は真っ白な世界だったけど、突然、色があふれる世界にやってきて、奏ちゃんはいろんなことに興味津々。絵本も大好き!

小さく生まれた赤ちゃんのママは、不安にさいなまれたり、ついまわりの子と比べて落ち込んだりすることもあります。しかし田尾さんは、そうした不安は奏ちゃんの成長と共にやわらいでいったと言います。

――先ほど、奏ちゃんが生まれたとき「一生分と思うぐらい泣いて自分を責めました」と言っていましたが、暗いトンネルから抜け出したきっかけなどを教えてください。

田尾 暗いトンネルに光が差すまで時間はかかりました。たとえば私が退院するときも、退院前の産後健診で、名前を呼ばれて診察室に入ると、赤ちゃんを連れていないのは私だけ。「当たり前のことが、私にはできない」と思い、何度も落ち込みました。
でもまわりと比べることをやめて、わが子だけを見るようにしたら、しだいに気持ちが前向きになれました。500gで生まれた奏ちゃんも、5歳になった今では体重13kg。体重だけで見ると、2歳半ぐらいの子の平均体重ですが、奏ちゃんからすればすごい成長です。「伸びシロがいっぱいある!」と前向きになれます。

――小さく生まれた赤ちゃんの情報収集は、どのようにされていますか。

田尾 小さく生まれた赤ちゃんは、それぞれ違う病気や障害を持っていたりすることが多いので、単に出産週数や出生体重だけで比べるわけにはいきません。またうちは入院期間が長かったこともありますし、退院後も1歳になるまで定期的に病院で面談がありました。
今は、発達を促すために療育に通っていて、心配なことなどは療育で相談しています。

――赤ちゃんが小さいと、親子で孤立してしまうことはないでしょうか。

田尾 私の場合は、同じ時期に生まれてNICU(新生児集中治療室)やGCU(回復治療室)で知り立ったママたちと、今でも交流が続いていて、年に1~2回、子連れで水族館に遊びに行ったりしています。
また仕事を再開して、2歳から保育園に通っています。ママの気持ちと赤ちゃんの状態が安定したら、どんなカタチでもいいので、外に出る機会を作ったほうがいいと思います。家にこもっていると、不安や悩みが大きくなりがちです。

お話・写真提供/田尾沙織さん 取材・文/麻生珠恵、ひよこクラブ編集部

奏ちゃんは、今5歳。保育園の年中クラスです。最近は、ジャンプをして「トイレ!」と教えるようになりました。ジャンプをするたびにトイレに誘っていたら、成功率がアップして奏ちゃんもますますヤル気に! 田尾さんは「まわりの子より成長は遅いのですが、確実に成長している」と言います。トイトレも言葉の発達も「ママやパパにわかってもらえる!」という喜びが、奏ちゃんの成長を後押ししています。

田尾沙織さん(たおさおり)

Profile
写真家。2001年、第18回写真ひとつぼ展グランプリ受賞。写真集は「ビルに泳ぐ」(PLANCTON)など。雑誌や広告などで幅広く活躍する。近著に、わが子の出産・入院・成長をつづった「大丈夫。今日も生きている」(赤ちゃんとママ社)

●大丈夫。今日も生きている

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