妊娠中から産後に気をつけたい ママのメンタルケア

妊娠中から産後にかけて、ママの体は大きく変化します。でも体の変化と同じくらい、大きな影響を与えているのが「心」の問題。今回は、ママたちのメンタルケアに注目し、日々寄り添っている産婦人科医の齋藤知見先生に、妊娠中から産後のママたちにどんなメンタルの問題があるのか、実例もまじえて聞きました。
妊娠中から産後のママの心の不調は 本人にも周囲にも見えにくい
妊娠・出産・産後の時期は幸せいっぱいな過程のように思われますが、実はメンタルの問題を抱えて悩んでいるママたちは少なくありません。
私は産婦人科医ですが、現在、周産期メンタルヘルス科というところで、妊婦さんやパートナー、産後のママ・パパの心のケアの仕事をしています。なぜ、産婦人科医でありながら、ママたちのメンタルケアの仕事をしているのか、その理由は、大きく分けて以下の2つがあります。
①ママやパパは赤ちゃんを産んで終わり、ではない
産婦人科医や助産師などの医療スタッフとママとの接点は、妊娠中は妊婦健診、出産、お産入院、産後は産後1カ月健診などがあります。ただ、妊婦健診では、ほとんどが妊婦さんの体調のチェック、おなかの赤ちゃんの様子をチェックすることに時間が割かれ、心の問題をケアする時間がゆっくり取れないこともあります。産後も1カ月健診までのかかわりがメインですが、実は1カ月健診以降も、ママやパパの困りごとが出てくることが多くあり、必要なケアが届きにくいのです。
②ママ自身も心の不調に気づいていないケースがある
妊婦さんや産後のママたちが体の不調を訴えることはよくあります。それに対して医学的に正しいアドバイスをしても、表情が晴れないママたちがいます。また、順調な妊娠経過やお産であったにもかかわらず、不安そうなママ、あまりうれしそうではないママにも出会いました。
そうしたママたちは、心にモヤモヤを抱えていたり、何かひっかかりを感じていることがあります。なぜ気持ちが晴れないのか、ママ自身が気づいていないことも多いのです。そのようなママたちの心を放っておくと、育児が楽しめなかったり、不安の種がふくらんだりしてしまう可能性があるので、近くにいるスタッフはアンテナを研ぎ澄ませ、ママたちの心の声を聞く必要があります。
頑張り屋のママたちが陥りやすいメンタルの不調
最近の妊婦さんの多くは、仕事をしながら妊娠生活を送っています。仕事は、やればやっただけ成果が出たり、努力が報われたりすることが多いもの。一方で、妊娠、出産、育児は、自分の思い通りには進まず、完璧に行うことが難しいものです。
これまで頑張ってさまざまなことを自分の力で乗り越えてきたママたちほど、思い通りにならない育児に圧倒されてしまったり、努力不足だと感じて自分を責めたりしてしまうかもしれません。適度に息抜きをしながら、完璧ではなくても、ものごとを楽しむ余裕を持つことができるように、ママたちに寄り添っていくことがとても大切です。
ママたちが心の相談に来るきっかけとは?
妊婦健診や産後入院中にママと接する中で、かかりつけ医や助産師などのスタッフが気になるママに声をかけて、話を聞くことがあります。メンタルの相談は敷居が高いと思われがちですが、最近は「産後うつ」などママのメンタルケアが話題になることも多いせいか、ママ本人が相談に来るケースもあります。
また、パパなどの家族が異変に気づいて、相談に来られるケースもあります。ママが一人で悩みを抱え込んでいたり、人に頼ることが苦手だったりする場合は、なかなか本人を連れて相談することが難しい面もあります。
さらには、相談をするのに経済的な壁がある場合や、そもそもどこに相談していいのかわからない、といった問題もあります。ママたちが気軽に相談できる雰囲気づくりと、施設の充実、そして妊婦健診などの機会を使って、できるだけ医療スタッフとコミュニケーションをとることもとても重要です。
「赤ちゃんをかわいく思えない」ママが、カウンセリングで劇的に変わったケースも
具体的に、どんな相談があったのか、実際の例をまじえて紹介します。
【「赤ちゃんをかわいいと思えない」】
赤ちゃんをかわいいと思えないことで悩んでいる方は少なくありません。でもそのことは人に相談しづらいと感じ、自分の胸に留めて人知れず悩んでいる方が多いこともわかっています。赤ちゃんが生まれてからだけでなく、妊娠中から胎動を不快に感じる方もいます。
「生まれたらかわいいと思えるようになるかもしれない」と期待しても、実際、産後に赤ちゃんを目の前にして、思うようにお世話をすることができず、「こんな私がママになって申し訳ない」と落ち込んでしまうこともあります。
ママ自身の母親との関係に問題があるケースもあれば、極度の完璧主義のために育児に手を抜くことができずに子どもをかわいがる余裕がなくなってしまったケースなどもありました。
このようなケースでもカウンセリングを重ねるうちに、ママ自身が考え方の癖に気づくことで変わっていきます。たとえば完璧主義のママの場合は「赤ちゃんが大事だからこそ完璧にしたかったんだ」「私は赤ちゃんを愛していないわけではなかった」と気づき、自分を肯定できたことで劇的に変わっていきました。勇気を持って相談に来てくれたことで、変わることができたのです。
このほかにも、「家族を持ちながらどうやって仕事をしたらよいか」という不安を通して、仕事との向き合い方や仕事をする意味について思考を深める方もいます。数回話すだけで気持ちが整理される方もいれば、しばらくカウンセリングを重ねて、前向きな気持ちが戻ってくることで、問題解決に向けて歩みを始める方もいます。誰かに話すことによって、今まで気づかなかった視点が持てるようになります。いずれにしても、ママ自身が「気づく」ことで変わっていくのです。
コロナ禍で孤独を感じるママも
コロナ禍の中での妊娠で、妊婦健診もママ一人、母親学級もオンラインになってほかの妊婦さんと知り合うことができない、立ち会い出産もできない、お産入院中も家族と会えないなど、孤独を感じるママたちもいます。コロナ禍だからこそ、医療スタッフはできるだけ妊婦さんや産後のママを一人にせず、コミュニケーションをとろうと努力しています。
日ごろ、ママたちの相談を受けるなかで、コロナ禍の問題が直接的にメンタルヘルスの問題に影響を与えたというデータは多くありません。ただ、コロナ禍でなくても、もともと人に頼りにくい、対人関係でストレスを抱えやすい方は、コロナ禍での環境の変化がそれに追い打ちをかけてしまう傾向があります。身近なパパに相談することも大切ですし、妊婦健診などの機会を上手に使って、どんなささいなことでも産科医や助産師などのスタッフに勇気を出して相談してみてください。
監修・お話/齋藤知見先生 取材・文/樋口由夏、たまごクラブ編集部
「妊娠・出産」でママ・パパが不安になるのは当たり前のことですし、初産であればなおさらです。今まではとくに問題と思わずやり過ごしてきた考え方の癖や悩みが表面化する時期でもあります。以前に比べて、妊娠中や産後のママのメンタルケアには関心が集まっています。心配や不安なことがあれば、どんなささいなことでも産科医や助産師さんを通じて相談してみましょう。
●記事の内容は記事執筆当時の情報であり、現在と異なる場合があります。
齋藤知見先生(さいとうともみ)
PROFILE
産婦人科医。総合母子保健センター愛育クリニック周産期メンタルヘルス科副部長。順天堂大学産婦人科学講座非常勤講師を経て、2022年4月より現職。こころの診療科きたむら醫院非常勤医師、北村メンタルヘルス研究所研究員。専門外来では妊娠中〜産後のお母さん、家族に周産期カウンセリングを行なっている。