働く妊婦にこそ知っておいてほしい災害時の対策と、体調変化の4つのポイント【専門家】
2023年2月6日に発生したトルコ・シリア大地震で、生まれたばかりでへその緒がついた赤ちゃんが救出された映像が記憶にある人も多いのではないでしょうか。妊娠中の人は「もし今災害が起きたらどうすれば・・・」と危機感を覚えた人もいるかもしれません。妊婦の防災、災害への備えについて、助産師で上智大学総合人間科学部看護学科助教でもある光武智美先生に話を聞きました。
妊娠期に必ずやっておきたい防災対策
おなかに赤ちゃんがいる妊娠期に大地震などの災害が起こったら・・・?ただでさえ体調が変化しやすい妊娠期に、災害時の不安な気持ちがストレスになり、体調に影響をしないように準備をしておくことが必要です。
――防災用品などの家庭での備えとは別に、妊娠期だからこそ災害時に備えて準備すべきことはありますか?
光武先生(以下敬称略) いくつかあります。まずは「母子健康手帳を常に持ち歩く」ということです。あたり前かな、と思ったら、意外に携帯していない妊婦さんが多いようです。体調が変化しやすい妊娠期は、通勤時も旅行などのときも母子健康手帳を持ち歩くことが大切です。
たとえ妊婦健診で順調だと言われていても、妊娠中は何が起こるかわかりません。万が一のときに母子健康手帳があれば、救護にあたる医療者も状況を把握することができます。妊娠期間中はいつも母子健康手帳を持ち歩くようにしましょう。
また、「水を携帯する習慣をつける」ことも大切です。妊婦さんにとって水分補給が大事なことは知られていますが、持ち歩く習慣をつけることが防災につながります。水分が不足すると体調も悪くなる上に、早産兆候が出てしまうこともあります。
成人女性が1日に必要な水分量は1.5リットルと言われますが、バッグの中に最低でも500mlの水分を持ち歩くことを習慣にするといいと思います。職場にもペットボトル飲料を数本置いておくと安心です。
――通勤時、移動時などに持っていたいもの以外に、備えておいたほうがいいことはありますか。
光武 スマートフォンのバッテリーが切れてしまったときのために、家族や産院の連絡先を母子健康手帳やカードなどに控えておくほか、電話以外の連絡方法を共有しておくことも大切です。
大震災などの災害時には電話回線がパンクしてつながらなくなる可能性があります。家族の安否がわからず精神的に不安定になると、母体によくない症状が出てしまいかねないので、電話が不通になったときに家族とどう連絡をとるかを決めておきましょう。
また、被災をして体調が悪くなったときには、まずはかかりつけ医に連絡をして指示をあおぐ必要があります。災害時に電話がつながらなくてもWi-Fiが使える場合にSNSなどでの連絡ができるかどうかなどを産院に確認しておきましょう。災害時の連絡先がHPなどに記載されているところもあります。
大災害の発生時は産院自体が被災している可能性も考えられます。
かかりつけ医だけでなく、自分の居住地と職場、それぞれの場所で災害拠点病院(※災害発生時に災害医療を行う医療機関を支援する病院)の場所と連絡先を調べておくと安心です。大きい病院でなくても、地域に開業している助産師も相談に乗ってくれると思います。
自治体によっては、妊産婦は災害時要援護者の避難支援制度を受ける場合には事前登録が必要なこともあるので、居住地や職場のある地域で災害時にどんな支援が受けられるか調べておくといいでしょう。
非常時に体の異変を感じたら?判断の目安のポイント4つ
――災害が起きたとき、いつもと違う環境でストレスを感じて体調に異変を感じたら、どうすればいいのでしょうか。
光武 電話が通じる状況であれば、まずはかかりつけの産院に連絡して指示をあおぐことが第一です。すぐに連絡をしたほうがいいのか、様子を見て大丈夫かの目安は、「胎動」「子宮収縮」「出血」「破水」の4つのポイントがあります。
――胎動がどんな状態だったらすぐに受診をしたほうがいいのでしょうか。
光武 妊娠20週を過ぎるとほとんどの妊婦さんが赤ちゃんの胎動を感じるようになります。臨月になると胎動が少なくなる、と表現されることがありますが、医学的にはあまり正しくありません。赤ちゃんが大きくなっておなかがせまくなるにせよ、赤ちゃんは生まれる直前まで手足や頭を動かすものです。赤ちゃんの動き方がいつもと違うな、やけにおとなしいな、というときは医療機関に連絡してください。
――「子宮収縮」「出血」「破水」についてはどのような状態だったら異常だと考えればいいのでしょうか?
光武 妊娠週数によって異変があったときの対応方法が異なります。自分の妊娠週数を把握しておくことがなにより大切です。36週までのおなかの痛みは切迫早産の可能性があります。おなかが張っても少し安静にして落ち着くのであれば大丈夫ですが、おなかがかたくなって痛い場合にはすぐに医療機関に連絡をしましょう。
また、37週をすぎてからのおなかの痛みは陣痛の可能性があります。痛みの間隔を測ってメモをしておき、規則的におなかの張りと痛みを繰り返す場合にはお産の準備をして医療機関に連絡しましょう。
36週以前の出血は、ママと赤ちゃんの命にかかわるトラブルの兆候として起こることがあります。色や量、回数などをチェックして医療機関に連絡を。37週以降の少量の出血はおしるしの可能性があります。この場合は少し様子を見ていてOKです。
また破水の場合は、週数にかかわらずすぐに医療機関にかかってください。
平常時も災害時も「お産は希望通りにならない可能性がある」と知っておいてほしい
――防災というと物の備えを連想しますが、妊娠中の体の変化を知っておくことも、赤ちゃんを守るために必要でしょうか。
光武 はい。もしも何も準備をしないままに突然災害が起こったとき、ママが強いストレスを感じるとホルモンバランスが崩れて、子宮の収縮が促され早産になってしまうこともあります。赤ちゃんとママの健康を守るためにも、“知識”の準備をしておくことも防災だと私は考えています。すべての妊婦さんに知っておいてほしいのは「お産は希望通りにならない可能性がある」ということです。妊娠中は平常時でも急激に体調が変化することがあります。予期せず帝王切開出産になることや、病院の分娩台以外の場所で出産することなどの可能性は、妊婦さんならだれにでもあります。
災害時に急に陣痛がきて出産となった場合、もっと早く避難をすればよかった、病院に行けばよかった、と自分を責めてしまいかねません。
どんな分娩方法であっても、赤ちゃんが無事に生まれることが何よりも大事。そのことをよく知っておいてほしいと思います。
――分娩の経過についても知識として持っておいたほうがいいでしょうか?
光武 はい、分娩経過を知っておくことも緊急時の大切な安心材料の一つです。コロナ禍で両親学級を行っていない産科も多かったかもしれませんが、オンラインで両親学級を行ったり、ホームページで情報を公開している産院もあるので、一度チェックをしてみましょう。妊婦健診の機会を利用して助産師さんに教えてもらうのもいいでしょう。どんなふうにお産が進むのかの知識をママもパパも持っておくようにしてほしいものです。)
妊婦さんがバッグに備えておきたいもの
――母子健康手帳や水は携帯するようにと聞きましたが、妊婦が持ち歩くバッグに入れておいたほうがいいものは、ほかにどんなものがありますか?
光武 産休に入るまでの間は、電車や車で通勤しているときや、職場にいるときに災害が発生する可能性があります。そんなときのためにいつもバッグに以下のものを入れておきましょう
●水(500mlペットボトル1本程度)
●母子健康手帳
●健康保険証
●家族や産院の連絡先をメモしたカード(母子健康手帳に書き込むのもOK)
●スマートフォンのモバイルバッテリー
●マスク(2枚ほど)
●除菌ウェットティッシュ
●生理用ナプキン(数枚)
●小銭(10円玉、100円玉を500円分ほど)
●笛(アプリをダウンロードしてもOK)
防災用のバッグを特別に用意するよりも、妊婦さんの場合は、いつも持ち歩くバッグに緊急時にも役立つものを入れておくと安心です。
お話・監修/光武智美先生 取材・文/早川奈緒子、たまひよONLINE編集部
光武先生は現在、医療器具がないようなところでも安全に出産ができるようなキットを企業と連携して企画しているそうです。「被災した場所で出産となるケースはかなりまれなことだとは思いますが、日本は災害大国ですからそこを想定した準備やしくみを作る必要がある」と言います。
●記事の内容は記事執筆当時の情報であり、現在と異なる場合があります。
光武智美先生(みつたけともみ)
PROFILE
助産師。上智大学総合人間科学部看護学科助教。博士(健康科学)。大学病院や産科医院、助産院などでの勤務、地域の赤ちゃん訪問やパパママ教室など幅広く活動。2012年より羊毛フエルト作家の小林氏とともに胎児人形を使った「いのちのおもさ展」「いのちの授業」の活動開始。2016年より現職。