自然妊娠で三つ子を授かるも不安で涙が止まらない・・・。超ハイリスクな妊娠・出産【三つ子育児体験談】
兵庫県に住むharuさん(36歳・看護師)は夫のヨシくん(37歳・営業職)、花子ちゃん(8歳)、三つ子の太郎くん・次郎くん・三郎くん(5歳)の6人家族。2017年に二卵性の三つ子を自然妊娠したというharuさん。妊娠中の驚きや出産のときのことについて話を聞きました。全3回のインタビューの1回目です。※名前はすべて仮名です。
超ハイリスク妊娠と言われ不安しかなかった
2017年2月中旬に妊娠が判明したのち、妊娠11週の妊婦健診で医師から「三つ子ですね」と言われたharuさん。その言葉はかなりの衝撃だったと言います。
「それまでの健診で双子の可能性があるとは言われていました。ですが、まさか三つ子とは・・・。自然妊娠の三つ子はかなり珍しいので医師も動揺している様子でした。三つ子、と聞いた瞬間、小児科の看護師である私の頭の中には、帝王切開、麻酔のリスク、弛緩出血、低体重・・・ハイリスク妊娠の情報が目まぐるしく駆け巡りました。
医師からは、『超ハイリスク妊娠だからNICUがある病院でしか産めません。紹介状を書くから翌週までに産院を決めるように。仕事もしないでください』と言われました。私自身、多胎児は単胎児に比べて流産や早産の可能性が高いことを知っていました。だからこそ、自分が無事に健康に三つ子を産めるのか、不安でたまらなくなり、医師の話を聞きながら涙がこぼれて止まりませんでした」(haruさん)
多胎児は低出生体重で生まれることが多く、単体児に比べると身体的な障害や、発達遅延などがある可能性が高い、という医療的な知識があったharuさん。当時2歳だった花子ちゃんに加えて3人、計4人の育児をするのにさらにハンディを抱えてしまったら・・・と不安になることが次から次へと出てきます。
「当時2歳だった上の子のことも気になりました。今まで一人っ子で花子中心の生活だったのに、いきなり3人のお姉ちゃんにしてしまう。三つ子の育児と同時に、これまでと同じように花子にも愛情を持って育てることができるのか、悲しい思いをさせてしまわないか、と不安でした」(haruさん)
そんなとき救いだったのは夫のヨシくんの言葉です。
「三つ子を妊娠していると知った夫は『本当に?おれたちDNAレベルで相性いいなぁ!すごいことやで!』と喜んでくれました。そのマイペースさが救いでした。三つ子をできるだけ長くおなかにいさせて、無事に産んであげたい、と思えるようになりました」(haruさん)
haruさんは自宅から車で40分くらいでNICUの設備がある病院での出産を決めます。妊娠16週で子宮口を糸で結ぶシロッカー手術を受け、看護師の仕事をお休みすることになりました。
三つ子を育てる覚悟を決め、妊娠中に情報収集
妊娠13週のときに、三つ子は3人のうち2人は一卵性双生児で3人とも男の子だとわかりました。haruさんは「元気に生まれてきてくれれば性別はなんでもいいけど、1人くらい女の子がいてもいいじゃないかと思った」と笑います。
haruさんは、三つ子を妊娠中は16週までは仕事をし、それ以降は自宅で安静に過ごしていました。
「自宅安静の期間には、三つ子が生まれたらできなくなると思って、娘や自分の写真を整理しました。そして出産で万が一自分の命にかかわることになったときのために、私の写真を一冊のアルバムにまとめました。それくらいの覚悟で三つ子を出産すると決めました。
また、体調がいい日には多胎児サークルや多胎児フリマに参加し、三つ子の子育ての情報や育児グッズの下調べもしました」(haruさん)
日に日におなかが大きくなるにつれてひどくなる背中や腰の痛み。3人の胎動も激しく睡眠時間も2〜3時間になってしまったそうです。妊娠7カ月のころのharuさんのおなかは、花子ちゃん妊娠時の臨月くらいまでに大きくなりました。
「妊娠30週に入る前日に、医師に『いちばん小さい子の体重の増えが横ばいなのが気になるので入院して体調を管理しましょう』と言われ管理入院することになりました。胎児の心拍などを計測するノンストレステスト(NST)のときも、花子のときは30分もかからなかったのに、3人分では2時間くらいかかる日もあって、あお向けでの体制もしんどくて腰の負担も大きかったです。
管理入院中から出産までは花子のことが気がかりでしたが、夫のヨシくん、実家の母や義理の母、保育園などにサポートをお願いしました」(haruさん)
管理入院中には三つ子を出産したあとの手続きの申請のことや、利用できる支援サービスなどについて調べておいたそう。
「産後はきっと調べる時間もないと思ったので、看護師仲間のママ友に相談していろいろ教えてもらい、知識として準備しておきました。また、自分と同じような立場の人に役立ててもらえたらいいなと思い、お金のことや利用できる制度について調べたことをブログにまとめたりもしていました」(haruさん)
3人が次々におなかから出てきて、「本当に三つ子だ!」と実感した
haruさんはその後、妊娠34週の2017年8月に帝王切開で三つ子を出産することが決まりました。夫のヨシくんは休みを取って、手術室前で待機してくれたそうです。
「1人目の太郎が『はじめまして』と出てきても、まだ自分のおなかにあと2人の赤ちゃんがいるとは信じられない気持ちでした。太郎の1分後に次郎、2分後に三郎と、次々におなかから出てきてやっと『本当に三つ子だったんだ・・・』と実感しました。4人出てきたらどうしよう、とも思いました(笑)
3人ともカンガルーケアもさせてもらったら、そのかわいさとぬくもりに妊娠中の不安が吹き飛ぶくらい感動! 3人に『34週までおなかにいてくれてありがとう』と感謝しました。
3人は34週の早産で生まれたものの体調も安定して呼吸障害などの異常もありませんでした。そのため保育器ではなく3人で1つのコットに入れられてNICUに運ばれて行ったのは驚きました」(haruさん)
太郎くんは 体重1992g、身長42.8cm。次郎くんは体重1618g、39cm。三郎くんは体重1684g、43cmで生まれました。その後haruさんは、産後6日で退院します。
「太郎、次郎、三郎は、NICUとGCUで過ごしていました。先に退院した私は、毎日3時間おきに搾乳をして、三つ子のもとに届ける毎日。面会は1日15分ほどでしたが、少しずつ成長する様子が見られ、無事で生まれて育ってくれている喜びで胸がいっぱいでした。一卵性だった次郎と三郎は黄疸があったので光線療法を受けました。いちばん大きく生まれた太郎は呼吸が下手で、哺乳中に息をすることを忘れて一時的に酸素濃度が低下することがありましたが、2〜3日でそれも無くなり、処置をしてくれた医療スタッフに感謝しています。
3人が入院している間には、私の体調が落ち着いてから夫と花子と3人でお出かけや外食をしました。三つ子が退院したら、しばらく花子との時間が持てなくなってしまうだろうから、花子ができるだけ寂しい思いをしないように思い出を作りたかったからです。
太郎、次郎、三郎は出生後1カ月、出産予定だった40週のころに、無事3人一緒に退院することができました」(haruさん)
お話・写真提供/haruさん、取材・文/早川奈緒子、たまひよONLINE編集部
当時を振り返って「お医者さんに『三つ子です』と言われたときほど、今後の人生で驚くことはないと思う」と笑うharuさん。しかし医療的な知識があったからこそ、三つ子の妊娠中は不安でたまらなかったそうです。今は「3人が並んでいる姿を見るととってもかわいくて幸せを感じる」と笑顔で話してくれました。
●この記事は個人の体験を取材し、編集したものです。
●記事の内容は2023年3月の情報で、現在と異なる場合があります。