イケメン部長のまさかの行動に…【小説「ご懐妊!!」Vol.14】
『ご懐妊!!』Vol.14
スターツ出版文庫の大人気小説『ご懐妊!!』が、たまひよWEBにて連載中。「たまごクラブ」でもおなじみの産科医・大浦訓章先生のひと言解説もお見逃しなく。
●これまでのあらすじ
広告代理店で仕事に打ち込む佐波。悩みといえば、上司のイケメン鬼部長・一色が苦手なことくらい。それなのに、お酒の勢いで彼と一夜を共にしてしまい、後日、妊娠が判明!不安と途惑いの中、佐波はある決心をし部長に「赤ちゃんがいます」と告げたところ、部長の答えは「結婚」。途惑いながらも前進しだした佐波は…。
三ヵ月
帰宅するため、部長の車に乗り込む。エンジンをかけながら彼が言った。
「心臓、動いてたな」
「はい。部長の言った通り、元気に」
「悪い。俺、ようやく実感が湧いた。おまえが苦しんでるって、頭でわかってたのに」
部長の苦し気な言葉が意外で、フォローしたくてわざと明るい声を出す。
「私なんて、心拍聞くまで堕ろそうと思ってました」
「おまえひとりに背負わせてた気がする。罪滅ぼしに、ちょっと付き合え」
彼が車を発進させた。
えー? 私、部屋着だし、車で酔ったら嫌だから、遠出はしたくないけど……。
部長の車は出発してすぐに、とある駐車場に滑り込んだ。正確には駐車場じゃない。最大手ファストフードのドライブスルーだ。
驚いている私を尻目に、彼はさくさく注文を済ませてしまう。
ちょちょちょちょっと待って! なに買ってんの? しかも車という密室に、その匂いのキツイ食べ物を入れてしまおうというの? どこが罪滅ぼし!?
部長は店員から受け取った紙袋を、あろうことか私の膝の上に載せた。そして、車を発進。
ぎゃあああっ! なんたる暴挙!
「部長っ! なに買ってんスか!!」
私は半ギレで叫ぶ。ここ数日で一番、腹に力の入った声だ。
「まあ、いいから。開けて食ってみろ」
「無理ですよ!!」
「ものは試しだ。やってみろ」
部長は言いきった。どこから来るのよ、その自信は。
とはいえ、悲しき部下の習性かな。上司には逆らえず、私は今にも捨てたいと思いながら紙袋を開けてみる。
ポテトがたっくさんだぁ……。ひとつ取って嫌々口に運ぶ。
ん?
ゴクンと飲み込む。
ん? あれ?
もうひとつ取って食べてみる。
あらら!? たっ、食べられるんですけど!?
「部長……なんでか食べられます……」
「お! やったな! ……実はおまえが点滴をしてる間に、ネットで調べたんだ。つわりの妊婦が食べられるものナンバーワンが、フライドポテトだったんだよ」
「はぁー? なんでこんな揚げ物が!?」
「現に、おまえは食えてるじゃないか」
確かにそうだ……。信じられないけど、食べられるし、この油っぽさが胃に心地いいのよ。
部長はさらに車を逆方向に走らせる。池袋(いけぶくろ)駅のロータリーまで来て、車を一時停止させた。詳しく言わないけれど、誰かと待ち合わせをしているらしい。
五分も経たないうちに、私もよく知っている人が、駅構内から人波に交じって出てきた。副部長の和泉さんだ!
彼女は部長の車に近づいてくると、後部座席に乗り込んだ。
「お待たせ!」
「和泉さん、すみません。休日に」
「いいのよ。旦那と息子は朝から釣りに行っちゃって暇してたから。それよりウメちゃん、大変だったね」
和泉さんは……私と部長のこと、知ってるの? 私が問う前に、部長が答える。
「さっき、電話で話した」
「驚いたわよ! つわりのときに飲める水分を教えてほしいなんて。聞いたら、ウメちゃんのお腹にいるのは自分の子だとか言いだして」
「和泉さん……すみません。あのとき、ちゃんと言えなくて……」
「いいの、いいの。社内恋愛だと言いづらいってもんよ。それより、これ!」
和泉さんが紙袋に入れて手渡してきたのは密閉容器で、中身は輪切りのレモンがぎっしり。その上になにか、かかっているみたい。
「ハチミツレモンですか?」
部長が運転しながら、ちら見して尋ねる。
「そう! 私の妹も水が飲めないくらいのつわりでね。ハチミツレモンをミネラルウォーターで割ったものだけが、喉を通ったの。作ってきたから、ウメちゃんも試してみて」
和泉さん……あなたってもしかして、神様?
「ありがとうございます! 飲んでみます!」
ありがたすぎて涙が出そうだ。私は受け取った容器をぎゅっと胸に抱きしめた。
「和泉さん、助かりました。ネットで調べても、飲める水分ってのがまちまちで。家まで送ります。練馬(ねりま)区でしたよね」
「いいわよ。その辺で降ろしてくれたって、バスで帰れるもん。それより、ウメちゃんを長時間連れ出しちゃダメでしょ」
和泉さんはしきりに遠慮したけど、私の体調ももちそうだったし、休日に出てきてもらって申し訳ないので、おうちまでお送りした。
「本当にありがとうございました」
車を降りる和泉さんに、あらためてお礼する私たち。和泉さんがニコッと笑った。少しふくよかな彼女が笑うと、丸い頬にくっきりとえくぼが浮かぶ。
「なんだ、並ぶとお似合いじゃん。気づかなかったなぁ」
私はたぶん真っ赤な顔をしていて、横を見ると、運転席の部長は渋い顔だ。
でも、その頬が赤いのは隠せないですよー。
そのあと、部長は私を送り、帰っていった。引っ越しの準備を先にしておくって。明日にはマンションの契約を終え、また来てくれるとのこと。
私はというと、その日からポテトとハチミツレモン水を主食に暮らした。
二、三日に一回、病院に吐き気止めの点滴に通い、水曜日からは短縮勤務で会社に復帰。吐き気は続いていたし、食事もまだろくに摂れなかったけれど、どうにかこうにか日々をこなす。
やがて、ポテト以外にゼリーやトマトジュースが口に運べるようになった頃、妊娠三ヵ月が終わろうとしていた。
つづく
【小説「ご懐妊!!】次回をお楽しみに
大浦先生アドバイス
つわり中はジャンクフードやアイスクリームしか食べられない人、炭酸水しか飲めない人などさまざまです。つわりのときは栄養のバランスを考えるよりも、食べたいものを食べてください。飲みたいものもカフェインのないもので、自分にあう物をさがしてみてください。
ただ、つわりで気を付けるべきことに、ビタミンB1の欠乏から発症する脳症があげられます。ビタミンB1は必ずとるように気をつけてください。また、ビタミンB6はつわりを軽くする作用があります。ほかのビタミンは摂りすぎには注意しなくてはいけませんが、ビタミンBは尿として排出されるため、多めに摂っても大丈夫です。
著者/砂川雨路 イラスト/くにみつ 監修/大浦訓章先生
この小説はスターツ出版文庫から刊行されている『ご懐妊!!』より掲載しています。たまひよWEB版は産婦人科医大浦訓章先生の監修のもと一部改訂しております。
砂川雨路
Profile
群馬県出身。東京都在住。著書に、『愛され新婚ライフ~クールな彼は極あま旦那様~』『クールな御曹司の本性は、溺甘オオカミでした』(ベリーズ文庫)、『僕らの空は群青色』(スターツ出版文庫)などがある。現在、小説サイト「Berry's Cafe」「ノベマ!」にて執筆活動中。『ご懐妊!!』(スターツ出版文庫)は現在3巻まで発売中。テキストリンクなどもはれる。
大浦 訓章先生
Profile
南流山レディスクリニック院長 慈恵医大卒。産婦人科准教授、同大付属病院総合母子健康センター産科部門長、東京母性衛生学会理事、日本周産期新生児学会評議員・副幹事長、日本周産期新生児学会新生児蘇生法委員などを歴任。現在、周産期メンタルヘルス学会評議員、女性スポーツ研究会理事、2020年産科婦人科学会、医会産科診療ガイドライン作成委員、2023年同評価委員。「たまごクラブ」でも監修をつとめる。
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