赤ちゃんの命を支える最後の砦、地球上で最も忙しい産科病院のリアル
『マザーランド 世界一いそがしい産科病院』というフィリピンのドキュメンタリー映画が話題です。1日平均で60人、ピーク時には100人もの赤ちゃんが生まれる地球上で最も忙しいといわれる産科病院「Dr.ホセ ファベラ記念病院」が舞台で繰り広げられる出産の様子が描かれています。
このドキュメンタリー映画を日本に紹介したのは、アジアのドキュメンタリーに特化した動画サイト『アジアンドキュメンタリーズ』。代表の伴野智さんは、優れたドキュメンタリーを配信することで、アジアの現実を日本の視聴者に届けたいと話します。
フィリピンの現実を浮き彫りに
ーーー 何台も並ぶ診察台、分娩が始まってからの入院手続き、2台ぴったりくっつけたベッドの上で2、3組の母親が新生児を世話をしている様子、あまりにも日本と違う様子にとても驚きました。
伴野智さん(以下:伴野、敬称略):「Dr.ホセ ファベラ記念病院」は、フィリピンの中でも特に貧しい若い妊婦たちを支える最後のセーフティネットとして機能している公立病院です。1日平均60人以上が出産、日本のように病院がすべての世話をしてくれるわけではありません。自分でできることは自分でするのが原則ですが、ときには自分の子どもではない赤ちゃんに母乳をあげている様子なども描かれています。
この作品で監督をしているラモーナ・S・ディアスも「Dr.ホセ ファベラ記念病院」を訪ねたときは衝撃を受けたと聞きました。
ーーー ラモーナ・S・ディアス監督はどのようなかたなのですか?
伴野:ラモーナ・S・ディアス というフィリピン系アメリカ人のベテラン女性監督です。2012年に施行された家族計画を義務づける「責任ある育児とリプロダクティブ・ヘルス法」(注)に興味をもっていたラモーナは、フィリピンにおける女性の出産や健康、性について研究、ドキュメンタリー映画を作ろうと考えていました。ラモーナは、そしてこの病院、妊婦たちのありのままの姿を撮ることで、良い面、悪い面含めたフィリピンの現実を浮き彫りにしたかったのだと思います。
貧困に負けない、楽観的なフィリピン人の側面は昔の日本を思い出させる
ーーー 作品の中で、7回目の出産を終えた女性が避妊手術をする一方、避妊器具使用を勧められた若い女性が母親に反対されているという理由でそれを拒む姿が描かれていました。
伴野:フィリピンではカソリックの教えが大きな影響力をもっていて、長い間、避妊や中絶などが否定されてきたという事実がありますからね。私たち日本人が考えている以上に、宗教が日常を形作っているんです。
それもあってか、フィリピンでは「貧しいから子どもをあきらめよう」などと考える人はほとんどいません。作品の中で描かれている、妻や産まれた子どもに夫が会いに来る交通費もないような貧しい家庭でも子どもは生まれているんです。子どもが生まれることで家族ができて家が栄えるみたいな感覚があって、経済的な問題と子どもが生まれることは別の話なのかもしれません。
ーーー そもそもの価値観が私たち日本人と違うんですね。
フィリピン人の貧困に負けない、ある意味、楽観的で前向きな部分を見ていると、今はもう忘れてしまったけれど、昔の日本もこうだったのだろうなとこのドキュメンタリー映画は気づかせてくれます。そしてそれはとても大切なことだと思えるんです。
次回は、 ドキュメンタリー映画『マザーランド 世界一いそがしい産科病院』を通じて、フィリピンの家族の形を考えます。
注:
「責任ある育児とリプロダクティブ・ヘルス法」は、「主に貧困世帯の女性を対象に望まない妊娠や出産時における死亡のリスクから女性を守ること、および健康な家族計画を推進することを目的としている。
参考文献:「ヘルシーライフスタイル マニラ版」日本貿易振興機構(ジェトロ)
文・米谷美恵
伴野智さんプロフィール
株式会社アジアンドキュメンタリーズ(https://asiandocs.co.jp) 代表取締役社長 兼 編集責任者。2018年8月に動画配信サービスを立ち上げて以来、ドキュメンタリー映画のキュレーターとして、独自の視点でアジアの社会問題に鋭く斬りこむ作品を日本に配信。ドキュメンタリー作家としては、ギャラクシー賞、映文連アワードグランプリなどの受賞実績がある。
『マザーランド 世界一いそがしい産科病院』予告編