【小児科医リレーエッセイ 29】育児の気づきや悩み、考えた先にある日突然子育ての世界が変わることが
「日本外来小児科学会リーフレット検討会」の先生方から、子育てに向き合っているお母さん・お父さんへの情報をお届けしている連載です。今回は、神奈川県・横田小児科医院院長で日本外来小児科学会・会長でもある横田俊一郎先生からのメッセージです。
初めての育児でのお母さん・お父さんの心配ごと
育児の中にはわからないことがたくさんあります。初めての育児で赤ちゃんがよく泣くので、おなかがすいていると思って頻繁に母乳やミルクを与えているのに、それでも泣きやまない。こんな相談を受けることはよくあります。「とても元気で体重もよく増えています。いくらあげてもすぐにおなかがすいてしまう。太りすぎてしまうのではないでしょうか」とお母さん・お父さんは心配しています。
「いつも便がゆるくて下痢しかしない」「寝る時間が少なくて寝不足になるのではないか」などという相談もよくあるものです。いろいろ調べても何も異常は見つからず、赤ちゃんはとても元気です。
「気づき」と自分で考えてみるということ
このような場合、小児科医にすぐに相談に行くのも大事なことですが、まずはご自分で子どもの様子をじっくり見ることも大切です。だいぶ前の話ですが、解剖学の教授だった有名な養老孟司先生を取材したテレビ番組を見ていたときのことです。養老先生は昆虫が大好きで、自分の部屋に山ほど標本を持っています。以前のものと同じにしか見えない新しい標本を何日も見ていると、ある日突然その標本と以前のものとの違いがわかって新種の発見に結びつき、それによって世界が変わるような気持ちになることがある、という話をされていました。
こういう体験はだれにでもあるように思います。私が現役での大学受験に失敗し予備校に通い始めたときのことです。有名な英語の先生が最初の授業に登場すると、何も言わずに黒板に「This newspaper consists of 6 pages.」と書いたのです。そして、「君たちはこれを、“この新聞は6ページより成る”と訳すだろうが、これからは“この新聞は6ページである”と訳しなさい。」と最初のひと言を発しました。
この言葉を聞いて、英語を訳すというのはこういうことだったのかと、突然視界が開けたような気持ちになったことを今でも忘れません。ひとつ一つの単語を日本語に置き換えるのではなく、全体を読んで英語で伝えようとする内容を日本語に置き換える、これが英文和訳なんだと気づいたのです。中学校から6年間学んできたのに、何を勉強してきたのだろうとその時思いました。でも、6年間の勉強が無駄だったというわけではなく、6年間の積み重ねの中で解決できないものがあったからこそ、この「気づき」があったのだと思います。
赤ちゃんはいろいろな理由で泣きます
子育てにも同じようなことがあるのではないでしょうか。子どもを育てているとどうしても行きづまりがあるものです。一生懸命であればあるほど、先が見えてこないことがあります。自分が何をやっているのかわからなくなったり、むなしくなったりもします。
母乳やミルクを飲みすぎてしまう赤ちゃんについては、赤ちゃんが泣いたときにはおなかがすいているという思い込みが、お母さん・お父さんの心配をさらに助長させています。赤ちゃんはおなかがすいたときだけではなく、眠かったり、抱っこしてほしかったり、部屋が暑かったりなどいろいろな理由で泣くという、あたり前の理由をうっかり忘れてしまっている可能性もあります。しかも、生後2カ月くらいまでの赤ちゃんは、口の近くに来たものにはなんでも吸いつく原始反射があります。おなかがすいたかどうかにかかわらず、与えられれば飲んでしまいます。飲んでいる間は泣くことはできないので、お母さん・お父さんはやっぱりおなかがすいていたんだと考えてしまうわけです。
たくさん悩んだ先に訪れる「気づき」
このように赤ちゃんと接するうちに、「これはそういうことなのか」と分かってくる問題もありますが、なかなか解決しないことももちろんあります。しかし自身で悩んだ結果、いい解決法が見いだせる場合もあるかと思います。それがまた、子育ての大きな喜びなのではないでしょうか。あまりにも食べないと思い悩んでいた子が、食事を楽しく食べることだけを心がけていたら、小学校に入って急に食べるようになったりすることはよくあります。
「気づき」はたくさん悩んだ人にしか訪れないのかもしれません。だからこそ、まず自分で考えてみることが大切です。インターネットの情報を調べることも悪くはありませんが、それだけに頼らず、どうしても行き詰まって困った時には、私たち子どもの医療や保健に携わっている人たちに相談してください。私たちは、日々子育てで奮闘しているお母さん・お父さんの、そんな「気づき」のきっかけを作る手助けができればと思っています。
文/横田俊一郎先生(横田小児科医院 院長)