コロナ禍の育児、ある小児科医がはじめたママの孤独や悩みに寄り添うオンライン医療相談サービスの可能性

妊娠中の母親・父親学級の回数が減ったり、お産入院中の面会が限定されたり、乳幼児集団健診の場が少なくなるなど、コロナ禍での、妊娠・出産・育児への影響は計りしれません。また地域や自治体によって状況は異なりますが、3密を避けるために、実際にママ友とつながれる場も減っているようです。2016年より、オンラインでの医療相談サービス『小児科オンライン』を始めた小児科医・橋本直也先生に、Withコロナでの子育ての問題やオンラインに期待できることについて聞きました。
実は新型コロナの前から、妊娠・出産・子育てに関する社会の課題は変わってきていた
橋本先生は『小児科オンライン』のサービスに加え、『産婦人科オンライン』のサービスも行っています。そこには「子育ての孤立」という社会の課題を解決したいという思いがあったといいます。
「新型コロナの前から小児科医の役割は少しずつ変わってきていたと考えています。予防接種・ワクチンの開発・普及により重症の胃腸炎や髄膜炎などの病気はかなり減り、代わりに目立ってきたのが、アレルギーや発達障害、不登校やいじめなどの問題です。
この10年で、10代の自殺は横ばいからやや増加の傾向があり、妊産婦の死因の1位は自殺となり、虐待の報告数も毎年過去最高を記録。DV相談も増えました。小児科医の責務はもちろん‟子どもを守ること“ですが、子どもを守るためにはママやパパが元気でないといけないという思いが強くありました」(橋本先生)
2016年に立ち上げたサービスは、現在、千葉県市原市、山梨県富士河口湖町など約20の自治体の妊産婦・子育て支援サービスとして導入され、利用されています。利用者からは、どんな相談が寄せられるのでしょうか。
「全国的に自治体の育児相談会は、コロナ前のようには実施できない状況になっていて“子どもの発育・発達が気になるけれど、相談先がなくて…”と悩むママやパパが多いようです。
“言葉がなかなか出ないけれど、様子を見ていて大丈夫ですか?”“〇カ月だけど、つかまり立ちができません”といった発育・発達に関する悩みが増えています。
その代わり、コロナ禍で外出する機会が減ったりしているためか、急な嘔吐(おうと)、下痢、発熱などの症状や感染症に関する相談はずいぶん減っています」(橋本先生)
コロナでママ友と出会う場が減り、一人で悩みを抱えるママも
『小児科オンライン』のサービスは相談日を予約してLINEのチャットで相談する方法や、予約なしで相談内容を送信し、24時間以内に小児科医が回答する方法などが選べます。これらに寄せられる相談は、子どものことだけでなく、ママ自身の悩みも増えているといいます。
「新型コロナの流行前から“イライラすると、つい子どもに当たってしまう” “子育てに自信がもてない”など悩みを抱えているママは多くいました。しかしコロナの影響で、育児相談の場が減ったり、子育てイベントなどが中止になったりして、気軽に相談できる機会や、ママ友だちと出会う場が減っています。そのため一人で悩みを抱え込んでしまうママが増えているようです。
ママ自身の悩みは、小児科医に相談してはいけないと考えるママもいるようですが、それは違います。ママの心が弱っていると、子育てにも影響が出ることがあるので、気軽に小児科医に相談してください。“LINEだから相談しやすい”“文字を入力しているうちに気持ちの整理ができた”というママもいます」(橋本先生)
「近くに小児科医がいない!」医療の地域格差による不安を解消
日本には、保育園や幼稚園があっても小児科がない自治体があります。また小児科があっても、夜間は小児科医がいない自治体もあります。
「小児科医療の地域格差問題を抱えている山口県長門市、美祢市で2020年6月から2021年3月まで『小児科オンライン』の実証試験を行ったところ、利用者からは“子どもの体調の気がかりをLINEで気軽に相談できるからいい”“双子で小児科に連れて行くのが大変だけど、小児科オンラインで相談すると、本当に受診が必要か相談できるから助かる”などの意見がだいぶ寄せられました。
社会全体でデジタル化推進が叫ばれていますが、オンライン相談は子育ての領域・医療の領域でもママやパパの不安を解消するために有効な手段だと思っています」(橋本先生)
コロナ禍、注目を集めたオンライン診療の状況は!?
橋本先生に、昨年来話題になった「オンライン診療」について考えを聞いてみました。
「私たちの『小児科オンライン』は、あくまでも医療相談サービスなので診療はしません。
国が進めようとしている『オンライン診療』が適切に広がれば、日本の医療がさらに充実することになると思います。大切なことは、対面診察、オンライン診療、オンライン相談それぞれの長所、短所を客観的に把握し、どのバランスで国民に提供すべきかを俯瞰(ふかん)して制度設計を行うことだと思います。医療資源は限られています。その限られた医療資源をなるべく地域や社会経済的な格差なく、平等に届けるか、オンラインという新しい手法を手に入れた今、既存の概念にとらわれずに再考すべきタイミングに来ていると思っています」(橋本先生)
取材・文/麻生珠恵、ひよこクラブ編集部
国立成育医療研究センターなどのチームが調べたところ、2015年から2016年、妊娠中から産後にかけて自殺した女性は102人にのぼります。うち92人が出産後の自殺です。またいじめ、不登校、教育格差など、子どもを取り巻く問題も複雑化しています。こうした混沌(こんとん)とした時代のなかで『小児科オンライン』『産婦人科オンライン』が問題解決の一助になるかもしれません。