「自己嫌悪で泣き出す人も…」追い詰められた多胎児ママを救うために動いた母たち。「人にしかできないサポート」の重要性
子どもが双子の場合、外出の困難さにから引きこもりになるママが少なくありません。自らも双子のママである中原美智子さんは、双子を乗せて楽しくお出かけできる自転車「ふたごじてんしゃ」を開発し、双子ママたちに届けるという目標を実現しました。ところが、満足感を味わう間もなく、双子育児の新たな課題に直面することとなります。
前編では「ふたごじてんしゃ」の開発・誕生とそれに込めた中原さんの思いについてお伝えしました。後編では、「人にしかできないサポートをする」ためにNPO法人を立ち上げた中原さんの、新たな双子育児支援の方法と、コロナ禍での活動などについて紹介します。
2000人以上の双子・三つ子のママ・パパと話して見えた「居場所」の大切さ
多胎児(双子・三つ子)のママは100人に1人と言われます。数としてとても少なく、双子育児のリアルな経験や思いを共有できる人が身近にいないのが現状です。
それだけに “ふたごじてんしゃ”の試乗会やイベントは、他の多胎児ファミリーとつながれる貴重な機会。普段、誰にも話すことができない双子育児の悩みなどを、相談したり打ち明けられる場所となっていきました。
“ふたごじてんしゃ”を開発した中原美智子さんも、イベントや試乗会を通して、2000人以上の双子や三つ子のママ&パパとさまざまな話をしてきたそうです。
「ママたちの口から出てくるのは、孤独でむなしいという思いや、双子育児をうまくこなせない自分への自己嫌悪など、自転車とは関係のない深い悩みや話がほとんどです。自分自身を認められないと、子どもの存在も認めるのが難しくなります。なかには虐待まがいのことをしてしまったと泣いている人もいました」(中原さん)
当時、中原さんは社会福祉士の資格を取るための勉強もしており、ママたちの個人的な悩みや相談にもじっくり耳を傾け、一緒に考え続けました。その中で、あることに気づいたと言います。
「 “ふたごじてんしゃ”があっても、行き先に居場所がなければ孤独は変わらないということです。最初は公園に行くだけで満足できますが、次は誰かと会って交流したいという欲求が芽生えます。その時に双子サークルなどママ達が行ける居場所がないと、出かけても孤独感はつのるばかりです」(中原さん)
ママ達の話を聞くほどに「自転車というツールだけじゃあかんねんや。人じゃないとできないことがある!」という思いが強くなっていったと言う中原さん。その思いを、いつも試乗会を手伝ってくれる双子ママ&パパたちに話したところ、「一緒に手伝いますよ」と言ってくれた人がいました。そして、思いに賛同してくれた仲間とともに「NPO法人つなげる」を立ち上げたのです。
双子ママが双子ママをサポートできる仕組みづくり
「つなげる」で最初に取り組んだのは “つなげるピアサポーター養成講座”の開設でした。
“ピア”とは“同じ境遇の人”という意味。“つなげるピアサポーター養成講座”は双子・三つ子(多胎)のママ・パパを対象にしたもので、多胎育児で悩むママやパパのお話を共感をもって聴くことを学ぶ講座です。
「双子ママ達が社会や人とつながりを持ち続けるために、双子サークルなどの居場所が必要だと思いましたが、どんな双子サークルでもいいわけではありません。私も過去にいくつかの双子サークルに行ったことがありますが、残念ながら派閥やカーストみたいのがあって、輪に入れないと情報がもらえないサークルもありました」(中原さん)
また、他のママからは、「子育てひろばに行った時、多胎育児に理解がない人から、“双子だから愛情が半分ずつになってかわいそう。落ち着きがなく悪い子になるかも”など、ひどいことを言われた」という話を聞いたことも。これではママ達が安心できる居場所にはなりません。
一方、一緒に「つなげる」を立ち上げた仲間が主宰するサークルは、オープンな雰囲気で人気がありました。そこまで頑張って来たママを温かく迎え入れるスタッフの姿勢が、安心感と共感を呼んでいたためです。
「そういうサークルを増やすためには、サポートスタッフを育成することが大切」と感じ、“つなげるピアサポーター養成講座”を始めたのでした。
現在までに、この講座で約30名の「つなげるピアサポーター」が誕生し、多くが全国の多胎育児家庭がオンラインで話せる場所の維持やサポート活動などを行っています。また、この講座を通じてつながった人の中には、双子サークルの運営やイベントや交流会を開くなど、幅広いサポート活動を行う人も多くいます。
「もしも今、周りに双子育児のしんどさをわかってもらえず、孤独を感じているママがいたら、まずは“つなげる”ホームページにある無料のLINEオープンチャット“ふたごのへや”に参加してほしいです。ここでは全国の双子ママ達が、好きな時間に自由に出入りしておしゃべりしています。また、会員制ルーム“ふたごのいえ”なら、トークも流れずゆったりとチャットを楽しむことができます。
最初はただのぞいてみるだけでいいんです。とにかく“悩んでいるのはあなただけじゃない”ということを知ってもらえたらと思います」(中原さん)
緊急事態宣言でさらに追い詰められる多胎児ママたちに物資を!
株式会社ふたごじてんしゃとNPO法人つなげるの両輪で、双子ママたちへの幅広いサポートをスタートさせた中原さん。ところが2020年はじめ、新型コロナウイルス感染症が世界を席巻し、ママ達の生活が一変します。
「最初は、わりと軽く考えていたんです。双子は外出が大変で、多くの双子ママはもともと家にこもりがちです。緊急事態宣言が出ても、生活はあまり変わらないんじゃないかって。
でもそれは、とんでもない勘違いでした。“つなげる”で全国の双子ママにアンケートを取ったところ、いろいろな物資が手に入らなくなって困っている人や、仕事がなくなってお金が手に入らなくなった人、心身ともに疲弊しているママ・パパがとても多かったんです」(中原さん)
以下は、「つなげる」が2020年4月に実施した緊急アンケート「新型コロナの影響によるふたご家庭の困り事を教えてください」に寄せられた双子ママたちの声のごく一部です。
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「オムツが買えず、やっと見つけたお店で双子分を購入し帰宅途中、他人から“あんたみたいなのがいるから必要な人の手元に届かなくなるのよ! ”と罵声を浴びせられ不愉快 だった。シングルマザーで双子育児中の私にとって、コロナの影響で日々恐怖でしかない」
「双子の上に小2の子がいる。上の子に公園で運動させてあげたいけれど、抱っこひもでサッと出られる単胎児と違って、短時間でも双子用ベビーカーを出したり手間がかかる。玄関先でなわとびをしていて“見て”と言われた時も、単胎児なら抱っこして見に行けるが、そうもできないのでリビングに置いて行くことに……」
「オムツや食事などすべて2倍なので、いつもネットスーパーや生協を利用していたが、買えなくなった。実店舗で購入し、持って帰らなくてはならない。 近くの薬局ではオムツの取り扱いも無くなり、日々の使用分を購入するのも大変」
「たまに面倒見てくれる母に感染リスクで来てもらえず、ワンオペになり苦痛」
「双子というだけで、預けるのも2枠空いてないとダメ、金額は2倍ということで、簡単に預けることを考えられません」
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これらの声を受け、中原さんはすぐに双子ママたちが必要としている物をリストアップ。SNSなどを通してさまざまな企業や人に寄付を募り、送られてきた支援物資を「つなげる」の仲間と協力して、全国のママ達に送りました。
「箱詰めや発送は、もちろん全て手作業です。江崎グリコさんから寄付してもらった液体ミルク4万8000本を発送し終えた時は、さすがにみんなヘロヘロに(笑)。でも、粉ミルクを調乳がいらない液体ミルクに変えることで、ママたちがちょっとでも休むことができれば、少しでも気持ちが穏やかになってもらえたらと思います」(中原さん)
すべての多胎児ママが心地よく、自分らしく生きることができる社会を作りたい
双子育児のサポートに精力的に取り組み続ける中原さんには、実現したい目標があると言います。それが上のイラストです。双子だけでなく、さまざまな多胎児ママが心地よく、自分らしく生きることができる社会を実現すること。 「ふたごじてんしゃ」は左下の赤丸の部分で、実現したいことのまだほんの一部なのだそうです。
「よく“中原さん頑張ってますね”と言われて“全然できてないねん”って答えると、“どうしてそんな自己肯定感低いんですか”って聞かれるんですけど、これ全部をやりたいからなんです。“つなげる”を通じて、人だからこそできること、人じゃないとできないサポートを、仲間と共にこれからもどんどん広げていきたいと思っています」(中原さん)
2011年に双子の我が子を自転車の乗せて転倒した時は、自分がその後、「ふたごじてんしゃ」を開発し、NPO法人を立ち上げることになるとは、つゆほども想像していなかったと振り返ります。
「“ふたごじてんしゃ”も“つなげる”にしても、“なに妄想ゆってはるんやろ”と冷ややかに見られていた時期がありました。でも、到達したい場所に旗をたて希望をもって歩き続けたことで、良い出会いに恵まれ、今があると感じています。
だからもし今、“これがあったらいいねん”“こんなことしたいねん”と思うことがある人は、たとえ周りに賛同してくれる人がいなかったとしても、その火種を消さないでほしいんです。
〇〇がないから私には未来がないというのではなくて、困難なことがあってもその中に自分にしか気づかない何かが絶対あります。それを解決することがきっと誰かの役に立つんだと、今も私は自分に言い聞かせながらやってます。まだまだ余裕もないしすごく大変なんですけど、そう思いながらやっていることがすごく楽しいんです。
出口が見えないトンネルに放り込まれたような気持ちになることがあっても、必ず出口はあります!だから大丈夫。一緒に進もうよと、多くのママに伝えたいです」(中原さん)
写真提供/中原美智子 取材・文/かきの木のりみ
中原さんが最終的に目指すのは「命の誕生を当たり前に喜べる社会であること」。そのためには、自分の存在を自分で喜べることが必要で、それがあって初めて、子どもたちに対して「産まれてきてくれて、ありがとう」って思えるんじゃないかと中原さんは言います。
そういう社会はきっと、誰に対しても今よりもっとやさしいはず。それを目指し、中原さんの活動はまだまだ続きます。
中原美智子さん
32歳で長男、39歳で双子を出産。
日本で唯一の、6歳未満が2人同乗可能な三輪自転車『ふたごじてんしゃ®』を発案。多胎育児の環境をよりよくするため、NPO法人つなげるを2018年に設立。社会福祉士、株式会社ふたごじてんしゃ代表取締役、日本多胎支援協会 理事。
2021年末にこれまでの活動記録をつづった書籍「ふたごじてんしゃ物語(仮)」を出版予定。
「双子や年子を安心安全に自転車に乗せて送迎・お出かけを考えている方はいつでもふたごじてんしゃにお問い合わせください、また多胎育児にちょっとでも不安がある方は、『NPO法人つなげる』のつなげる公式LINE(ふたごのまち)へぜひアクセスしてください」と中原さん。