1カ月健診後、赤ちゃんに次々と大きな病気が判明。難病「先天性気管狭窄症」と闘う12~13時間の大手術【体験談】
生後9カ月の谷口実優ちゃん(仮名)には、生まれつき気管が狭い「先天性気管狭窄症」、肺動脈(心臓から肺につながる太い血管)が正常と異なる走行で肺につながっている「肺動脈スリング」、肺胞や気管支などに形成不全が見られる「右肺低形成」、心臓の一部である心房中隔に穴が開いている「心房中隔欠損症」といった大きな病気が4つあります。
これらの病気がわかったのは生まれてから。1カ月健診で見つかった「卵巣滑脱ヘルニア」の手術後、次々と大きな病気が判明しました。小さな体で大手術を乗り越えた実優ちゃんの闘病生活について、ママの谷口葵さん(仮名)に話を聞きました。(写真は、入院中の生後4カ月の実優ちゃん)
先天性気管狭窄症の手術のために、救急車で地方から東京の病院へ
「先天性気管狭窄症」「肺動脈スリング」の手術をするため、実優ちゃんは2021年6月1日、東京都立小児総合医療センターに4時間半かけて救急車で搬送されました。実優ちゃんが4カ月のときです。
PICU(小児集中治療室)に入院して、さらに詳しく2日間ほどかけて検査をしたところ「心房中隔欠損症」と「右肺低形成」という病気も見つかりました。
「実優の場合は、心臓にある右心房と左心房を分けている壁に6㎜の穴が開いています。しかし穴は、成長とともに閉じる可能性があるので、今のところ手術はしなくてもいいそうです。
また右肺低形成は、肺のはたらき全体を100%とした場合、実優の場合は右の肺のはたらきは13%ぐらいで、残りを左の肺でカバーしているとの説明でしたが、これは手術ができないそうです」(葵さん)
実優ちゃんが、東京都立小児総合医療センターで受ける手術は「先天性気管狭窄症」「肺動脈スリング」の2つです。
「手術について先生は、かなりていねいに説明をしてくれました。私も夫もネットで調べたりしながら、先生に何度も質問を繰り返しました。実優を見ると、にこにこ笑っていたし、おもちゃで遊んだりもしていて“こんなに元気なのに、本当に手術をしなくてはいけないの?”と何度も悩みました。
手術の同意書には、リスク説明の紙が何枚もついていて不安でした。先生も“手術はかなり大変なもので、成功するとは断言できない”との説明でした。
今は元気に笑っていても、この先、どうなるかわからない…ということが先生の説明でわかっても迷いがありました。夫が“先生を信じよう。実優を信じよう”と言ってくれて、やっと心が決まりました」(葵さん)
手術は人工心肺を使うという大変な手術でした。「先天性気管狭窄症」「肺動脈スリング」という難しい手術をしたあと、「人工心肺の離脱ができるかが大きなポイント」と説明されました。
「手術の日は、朝8時50分に実優が運ばれて行くのを見届けて、手術が終わったのは深夜12時。実優に会えたのは深夜2時でした。
私と夫は、その間ずっと待合室で待っていました。待っている間は、私も夫もあまり会話もしませんでした。私は祈るような思いで、音楽を聞きながら涙を流していました。本当に涙が止まりませんでした。
手術が終わり、先生からの説明の第一声は“人工心肺はずせましたよ”。本当に本当にほっとしました」(葵さん)
地方から東京へ。2カ月の入院期間で不安だったのは、ママやパパの滞在費
実優ちゃんが東京都立小児総合医療センターに入院している間、ママやパパが宿泊していたのが、病院の近くにある「ドナルド・マクドナルド・ハウス ふちゅう」です。
「実優の東京での治療は当初2~3カ月ぐらいかかると言われていました。
低価格のビジネスホテルやマンスリーマンションを利用しても、食費などを入れると私1人でも月15万円以上はかかってしまう…。経済的に心配でした。その時の主治医の先生がドナルド・マクドナルド・ハウスのことを知っていて、“申し込んでみたら?”とアドバイスをくれました」(葵さん)
ドナルド・マクドナルド・ハウスは、病気の子どもとその家族のための滞在施設です。1人1日1000円の利用料で、経済的負担をサポートしてくれます。
「実優は2カ月で退院できました。パパも手術前から育休をとって2週間は一緒にいて、退院時には家族3人で自宅に帰りました。
退院時の実優は身長63㎝、体重5500gぐらいになっていました。1カ月の治療・入院費が自費の場合は950万円という明細書を見たときにはびっくり! 医療費助成制度に感謝しました」(葵さん)
実優ちゃんの現在の経過は順調ですが、気管は手術で広げることができても、気管支はまだ細いままなので、風邪や新型コロナ、インフルエンザなどには気をつけないといけません。
「9カ月の今は後追いしたり、つかまり立ちもできるようになりました。
生まれたときは想像もしなかったことが次から次へと起こりましたが、実優が私たちに健康でいることや、家族が一緒にいることって当たり前ではないんだよ。特別で幸せなことなんだよと教えてくれた気がします。
毎晩、実優がすやすや寝ている寝顔を見ると涙が出てきます。大変だったことを思い出すからというのもありますが、実優がいる今の生活をとにかく壊したくなくて…。“実優が元気でいてくれたら、ほかは何もいらない”と思っています。“今日も無事に過ごせて、ありがとうございました。明日も、無事に過ごせますように”と心の中で祈るのが、私の日課です」(葵さん)
実優ちゃんの病気は、チーム医療だからこそ救える
【下島先生から】
先天性気管狭窄症は、気管の一部が生まれつき細くなっているため、多くは新生児期、乳児期にゼーゼー呼吸や呼吸困難などの症状が見られます。目立った症状のないまま、ほかの手術や検査の時にたまたま見つかることもあります。風邪などの諸症状をきっかけに、急激に呼吸困難が悪化することがあり、重症例では窒息に至ることもあるので注意が必要です。治療は狭い気管を太くなるように手術で形成します。
肺動脈スリングは、先天性気管狭窄症に合併しやすい肺動脈の走行異常で、左肺動脈が気管の周囲を取り囲むように走行し、気管や気管支を狭くしてしまうこともあります。治療はふさわしい走行に肺動脈をつなぎ治す手術を行います。
実優ちゃんの場合は、肺動脈スリングの影響が強く右主気管支が狭くなっており、それに加えて右肺低形成もあったため難しい症例でしたが、無事に手術が終わり、これからの生活において窒息のリスクを減らすことができました。
命にかかわる重症かつ希少な病態であり、治療は小児外科、心臓血管外科、集中治療科、麻酔科、循環器科、呼吸器科、感染症科、医療工学技士、看護師ほか多くの職種によるチーム医療が重要です。
お話・写真提供/谷口葵さん、監修/東京都立小児総合医療センター外科部長 下島直樹先生、取材協力/ドナルド・マクドナルド・ハウス ふちゅう、取材・文/麻生珠恵、ひよこクラブ編集部
葵さんによると、東京の病院に転院するとき、不安だったのは手術のことはもちろんですが、経済的なことも悩みの種だったと言います。実優ちゃんの入院や手術費用は、小児慢性特定疾病医療費助成制度があるので、ほぼ負担はありませんが、つき添いの大人には滞在費などの負担が重くのしかかります。これは大きな病気を抱える子どもをもつ家族の共通の悩みです。病気と闘う子どもをもつ家族を支える滞在型施設「ドナルド・マクドナルド・ハウス ふちゅう」は、1日1人1000円で利用することができます。
運営はすべて寄付・募金とボランティアの活動によって支えられています。詳細は財団ホームページから確認できます。
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