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「私たちのところに来てくれてありがとう」電話での男の子誕生の知らせに、喜びでふるえた【養子を迎えた夫婦】

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長谷川拓也さん(仮名・41才)・由香さん(仮名・47才)は、不妊治療の末の死産という悲しい経験ののち、民間の養子縁組あっせん機関のアクロスジャパンを介して、生後5日目の拓海くん(仮名)を家族に迎えました。先日、家庭裁判所から審判が届いたばかりです。「特別養子縁組制度で親になる」と決断してから、実際にお子さんを迎えるまでの道のりについて聞きました。
(上の写真は、拓海くんを迎えて7カ月目に撮影したもの)

「不妊治療でできることはもうない」と夫婦で確認し、養子縁組へと心を1つに

――特別養子縁組について民間の養子縁組あっせん機関に問い合わせをするまでのいきさつを教えてください。

由香さん(以下敬称略) 2010年に結婚したときから、いずれは親になるのだと考えていました。でも、なかなか妊娠しないので、2016年3月から不妊治療を始めました。1年間治療を続けて2017年3月にやっと妊娠に至り、「これで親になれるね」と2人で喜んだのもつかの間、11月に死産してしまって…。

拓也さん(以下敬称略) 子どもを望む気持ちはもちろんありましたが、妻の心身への負担が大きいことのほうが心配だったので、2人で話し合った末に、一度不妊治療を休むことにしました。

由香 私は子どもがほしいという気持ちが強くて、2018年2月に治療を再開したんですが、期待する結果が得られず行き詰まっていました。そんなとき、不妊治療クリニックの相談員から、「特別養子縁組で子どもを授かるという方法もある」とアドバイスを受け、民間の養子縁組あっせん機関を紹介してもらいました。

――すぐに連絡したのでしょうか。

拓也 養子縁組も1つの方法だと頭では理解していました。でも、すぐにそちらにシフトチェンジすることはできず、不妊治療を続けながら2人で何度も話し合いました。そして、まずは民間の養子縁組あっせん機関の話を聞いてみようと問い合わせのメールを送ったのは、2019年7月ごろのことでした。

由香 電話で初回のオリエンテーションを受け、特別養子縁組制度について理解できたので、研修・実習を受講することに。9月には養親(ようしん)になるために法律で決められた課程を受け終え、実習は11月に行い、家庭現地調査へという段階まで進みました。でも、まだ凍結した受精卵が残っていたので、養親研修と並行して不妊治療も続けていたんです。担当者にそのことを相談すると、「こちらはいったんお休みにしましょう。まずは治療に専念してください」と言っていただきました。

拓也 その後、何度か治療を行い、凍結していた最後の受精卵でも妊娠しなかったことが判明したとき、「もう不妊治療を続けるという選択肢はないね」と2人で確認し合いました。不妊治療でやるべきことはやったと私も妻も納得できたので、それからは特別養子縁組で子どもを授かるという道に、まっすぐ進むことができました。

特別養子縁組は子どもが幸せになるための制度。親となる責任を感じました

寝室用のベビーベッド。家庭現地調査のとき「コンパクトなものなら寝室にも置ける」とアドバイスを受け、用意したそうです

――養親になるためには、特別養子縁組制度の内容などについて学ぶということですが、研修を受けたことで2人の意識で変わったことはありましたか。

由香 特別養子縁組を考える人の多くが、不妊治療を経験しているのではないかと思うのですが、「あんなに大変な不妊治療を受けてまで子どもを望んでいる私たち夫婦が、子どもを授かれないなんて世の中は不公平だ」と、自分たちの気持ちを中心にして考えてしまうところがあるように思うんです。私たち夫婦にもそんなところがありました。
でも、養子縁組制度は子どもが幸せになることをいちばんに考えてつくられたもので、制度の中心にいるのは子ども。その次に実親がいて、養親は実親に代わって子どもを幸せにする義務と責任を負うんだと、研修によって深く理解しました。「世の中のかわいそうな子どもを引き取って育ててあげる」なんて考え方は間違っているってわかったんです。

拓也 研修を受けた日は、帰宅後にその日の内容について話し合いました。そうすることで、お互いの気持ちを確認し合えたし、少しずつ親になる心の準備をしていくことができたように思います。新生児実習についても、「どうすれば手際よくお世話できるか」など、本当にいろいろと話しましたよ。一緒に研修を受けたことで、夫婦のきずなが深まったように感じています。

――家庭現地調査の際どのようなアドバイスがありましたか。

由香 わが家はメゾネットタイプの賃貸住宅で、ベビーベッドはリビングがある2階に用意するつもりでした。そのことを話すと、担当者から「1階の寝室にもベビーベッドを置いたほうが便利ですよ。お世話するのにもいいですし、日中に過ごす場所と夜寝る場所の区別ができて、赤ちゃんの生活リズムが整いやすくなるんです」と。その視点はまったくなかったので、とても勉強になりました。アドバイス通り、1階と2階にベビーベッドを置いています。

拓也 夜泣きを はあまりせず、夜はよく寝てくれるのは、1階のベッドは寝る場所と理解しているからなのかな…と思っています。

「生まれたよ!」の電話を受けたときのことは、感激しすぎて記憶があいまい

――研修を終え、マッチングした赤ちゃんが現れるまでの待機期間は、どのようなお気持ちでしたか。

拓也 最初のうちは「いつごろ連絡がくるのかな」とワクワクしながら待っていました。ところが、そうすぐには連絡がなくて、3カ月を過ぎたころから「ひょっとして忘れられているのでは…?」と不安のほうが大きくなっていきました。
夫婦ともにそんな落ち着かない日々を過ごしているうちに6カ月が過ぎ、ついに待ちに待った連絡が来たんです。

由香 電話を取ったのは私ですが、コロナ禍のリモートワークで夫も自宅にいたので、すぐにスピーカーに切り替えて2人一緒に話を聞きました。生まれた子を迎える意思を伝え、5日後に入院育児実習を行うという説明を受け、電話を切りました。
私は電話口で「拓海くんが生まれたよ!」という担当者の声を聞いた途端、喜びでふるえてしまって、実はそのあとのことをあまり覚えていないんです。

拓也 電話のあと担当者が、拓海の写真と動画を送ってくれました。顔を見た第一印象は「ガッツ石松に似てる!」。なので「ガッツ」と呼んでいました(笑)

――登録した民間の養子縁組あっせん機関では、養親候補として登録するときに男女2つずつ名前を提出しているそうですが、どのような思いを込めて名前を考えましたか。

拓也 男の子の名前には、僕の名前の漢字一字を使いました。「ひらく」という意味がある字なので、自分の人生を切りひらいていってほしいという願いを込めています。実は、この字は僕が父の名前からもらったもの。親子3代で名前を受け継ぐのっていいなと思ってつけたんです。血がつながっていなくてもつながりは作れる、と考えたこともあります。

――拓海くんとの生活が始まるのを前にして、夫婦で話し合ったことはありますか。

拓也 死産の経験があるだけに、「元気で健康に育ってくれればそれだけで十分だよね」と、待機期間からずっと話していました。それは今も変わりません。

由香 結婚してから10年以上、「親になりたい」「子どもを育てたい」という気持ちを抱き続けていたので、「私たち夫婦のもとに来てくれてありがとう」という感謝の気持ちでいっぱいでした。そして「2人で守っていかないとね」と話し、あらためて親の責任を感じました。

【アクロスジャパン・小川さんより】夫婦でよく話し合い、気持ちを切り替えたうえで取り組むことが大切

不妊治療で死産というつらく悲しい経験をされた分、子育ての喜びはひとしおではないでしょうか。不妊治療と並行してこの制度を知ったことで、ご夫婦ともに時間をかけ、しっかり話し合って気持ちの切り替えができたと思います。


お話・写真提供/長谷川拓也さん、由香さん 取材協力/アクロスジャパン 小川多鶴さん 監修/林浩康先生(日本女子大学人間社会学部社会福祉学科教授) 取材・文/東裕美、ひよこクラブ編集部

長谷川さん夫婦は、不妊治療と養親研修を並行して行い、不妊治療をやりきったと夫婦で納得できたところで、次のステップへと進みました。養子を迎えて親になるには、夫婦が気持ちを1つにし、十分に納得したうえで進めていくことがとても大切になるようです。

※記事の内容は記事執筆当時の情報であり、現在と異なる場合があります。

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